第8話 幸せな思い出
彼女とは沢山の思い出の場所がある。
初めて泊りで出かけたのは伊豆半島への旅行だった。
特に旅先での目的も無く、東海方面から東京方面へゆっくり国道一号線を経由した。
車中で助手席に座っていた彼女は、ずっと笑顔が絶えなくて、キラキラした瞳が凄く印象的だった。
『ねえ!いつまでもこうやって手を繋いでいられるね♫』
彼女は思ったことをストレートに表現するタイプで、そして私も彼女の溢れる気持ちがとても嬉しかった(笑)
『うん!汗かきの俺だけど、S子の手は離さないよ(笑)』
そして昼間はファミリー向けの水族館を回って、夕方は海岸から沈む夕日を二人で眺めて楽しんだ。
『記念写真でも撮ろうか?』
海風が彼女の身体をすり抜けるように流れていた。
彼女の左手は赤い花柄の長いワンピースのスカートを、右手は麦わら帽子を上から押さえた格好で海を眺めていた。
『こっち向いて!撮るよー!』
海に浮かぶ夕日をバックに撮影をした、彼女の笑顔が素敵なフォトだった。
そして伊豆半島で観光をした後は民宿へ泊まった。
彼女はお喋りが大好きだったから私は聞き役になった。
『今日の水族館、イルカが可愛かった♪』
彼女の話しに合相槌を打ったり、時には私の主観で答えた。
そんな何気ない時間が私は好きだ。
彼女もきっと同じ気持ちで居てくれていると思っていた。
旅館の和室には二つの布団が敷かれていたが、私と彼女は一つの布団を共有して夜が更けるまで他愛もない話をしていた。
『明日は一緒に朝を迎えるんだね♪』
私と初めてのお泊りデートに、彼女は凄く喜んで見えた。
『俺のいびきがうるさくて、今夜は寝れないかもよ(笑)』
昔は恋愛など自己満足に過ぎないと心の中で思っていた。
だから相手の気持ちを深読みしたり気にするよりも、自分が好きでいればそれだけで良いと思った時期もあった。
『大丈夫!TETSUOのいびきならずっと聞いていられるから(笑)』
でも好きな人からこれほど愛情表現をされると悪い気はしない。
いや!それは彼女がパートナーだから、素直に受け止めることが出来る自分が変化したのだと。
『それを聞いて安心!俺もS子の歯ぎしりなら、ずっと聞いて居られる♪』
私も彼女の気持ちに応えたくて、自分の素直な感情を表現するように何時しかなっていた。
言葉にすることは本当に大切だと思うことがある。
特に感謝の言葉は、思った時に言うべきだとつくづく感じた。
それは言えなかった時の後悔を人生で経験しているからだ。
私の父親はすでに他界している。
寡黙で頑固な父親だったから、気軽に会話をした記憶がない。
だから父親へは感謝の気持ちを伝えることなくこの世を去った。
『育ててくれて、ありがとう』
そんな感謝の一言を言えぬまま、親父とは永遠の別れをしたからだ。
S子と共に過ごした時間の中で、私が彼女へ伝えきれなかった感謝の言葉も沢山あっただろう。
もしも彼女へ感謝の気持ちをしっかり伝えていたのならば・・・
でも、今では『幸せな思い出』だけが私の脳裏に焼き付いている。
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