第205話 イベント前

日曜の朝九時過ぎ。


山の麓には、多くの者が集まっていた。お狐様の話が出てからすぐ、山の所有者とは話を付けており、連盟が買い取っていた。


お狐様の儀式がどう転んでも、一時的には管理しなくてはならない土地となる。連盟の術者が何度も入るのだ。気味悪がられても鬱陶しい。それを見込んで買い取りの希望を出したのだ。これにより、買い手もないからと所有者があっさり手を離していた。


遠巻きにこちらを見る人々へ目を向け、由姫津ゆきしんはくるりと自分たちの周りを見回した。


「この団体だけ見たら、なんかのイベント? って思われるわよね~」


長か伸ばした髪を三つ編みにして、間違いなく女と見間違われていることにクスリと笑う。


「まあ、そうだろうね。けど、津……本当にその格好で登るつもり?」


双子の兄のれいは、大人しそうな美少年。弟に振り回されて、いつも困り顔だ。それがまた良いのだと、特に年上の女性に人気だったりする。


「なによー。ちゃんと靴は考えたわよ? けど、久しぶりに高耶兄さまに会えるんだもの。気合いが入って当然じゃない」


女のような言葉遣い。けれど、まったく違和感はない。学校でも、女だと思っている者が大半だった。


由姫達の通っているエルティア学園は、女性徒の制服が二種類ある。上は男女揃いのジャケットだが、下がスカートと長めで下の方が少し開き気味のスカートパンツだ。


制服の色は濃い臙脂えんじと男女の別はない。よって、津はスカートパンツを愛用していた。お陰で、女子に混ざっていても違和感がない。


密かな人気があるとはいえ、幼い頃から男女と揶揄われた傷は消えてはおらず、自分たちからその輪に入って行くことはなかった。


そんな二人の元へ、統二が駆け寄ってきた。


「伶くん、津くん」

「「統二兄っ」」


瑶迦の所で会って以来、統二は二人と勉強会をする仲だ。


中学をサボりがちな伶と津は、家への反発心から、中々勉強にも集中できなかった。だが、統二には素直に高校受験をすることもあり相談したところ、勉強を見てもらえるようになったのだ。それから、メールなど交流が続いていた。


「二人が参加するなんて珍しいね」

「高耶兄さんに呼ばれたんだ」

「高耶兄さまに呼ばれちゃったから」


この二人。家からの要請では絶対に動かない。どちらかといえば引きこもりたいタイプ。出かけるのは好きだが、山奥や人が居ない場所が良い。そんな彼らを動かせるのは、現状高耶だけだった。


「何したの?」

「「……」」


二人は明後日の方を向いた。


しかし、この答えを知っている者が居た。


「その二人が、珍しくお節介を焼いたみたいだぜ」

「俊哉さん?」

「よっ」


現れたのは俊哉と、それに連れられてきた瀬良姉弟だった。智世も誠も、突然連れてこられて戸惑っているようだ。しかし、俊哉は気にしていない。


「統二も見学か?」

「え、あ、はい。というか、土日は可能な限り、高耶兄さんの仕事について行ってるんです」

「へえ。ってか、人多くね? これ、全員今日の参加者?」


いかにもイベント待ちですという大人数だ。出立ちからは、どんなイベントか想像できない。


「足下はしっかり山登り用だったりするのに、スーツっぽいのとか、着物とか、かと思えばしんなんていつもみたくオシャレに決めてるし」


俊哉も伶や津とは何度か顔を合わせている。そのため、当然だが津が男であることも承知していた。


「それ女物じゃんか。やっぱ、胸がねえと、腰んとこで詰めてあってもキュンとこねえなあ」

「俊哉兄のエッチ。そっちの人は彼女じゃないの? 幻滅されるよ」

「ちげえよ。俺には、綺翔さんっていう初恋の人が居るんだからな!」

「綺翔さん……綺翔さんって、高耶兄さんの式じゃない?」

「はあ!? ちょっ、俊哉兄! 高耶兄さまのものに手を出すんじゃないわよ!」


式神に恋をするなんて不毛なことはしない。それが術者だ。好みの容姿でも、そこは割り切っている。だから、二人も少し引き気味だ。


「ものって言うな! 綺翔さんは綺翔さんだ! どんな姿でも愛せる!」


これに統二が補足した。


「……ちなみに俊哉さんは、綺翔さんの本来の姿も、小さくなった姿も、人型も全部好きなの確かだから……」

「不毛……」

「不憫……」

「そんな目で見るな! 応援しろよ!」

「「……ガンバレー……」」

「投げやりっ」


こんなコントを、周りはクスクスと笑いながら受け入れている。目をそらしているのも、肩を揺らしているので、笑っているのは確実だ。


そうしていれば、当然目立つ。お陰で勇一が統二の姿を見てやって来た。


「統二……」

「っ、勇一兄さん……」


声をかけてきたことに困惑する統二。勇一の後ろには、四人の知らない青年達。秘伝の関係者ではないなと、それぞれの服装を見て確認する。


「何しに来たの……」


高耶が呼ぶはずがないと統二は思っている。だから、高耶の邪魔をしに来たのではないかと勘繰ってしまう。


「……統二……」


警戒されたことに、勇一はどう答えるべきか戸惑う。


「なになに? 兄弟喧嘩?」


そこに、高耶の腕を引っ張るようにして、橘蒼翔あおとがニコニコと割り込んで来たのだ。


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