第204話 再認識しています

儀式を翌日に控えたその日。


高耶は件の山に登っていた。今回の同行者は蓮次郎の息子と秘書だ。


「よく息を切らさずいられるねえ」

「そう言う、蒼翔あおとさんも、平気そうですけど」


橘蒼翔というのが彼の名だ。一般的に古くから何かを継承している一族では、名も子どもに同じ系統のものを付ける。


橘家も例に漏れず、蓮次郎の父親は慎次郎しんじろう、その父親は周次郎しゅうじろうと続いていた。


だが、蓮次郎はあの通り少々捻くれている所がある。これにより『別に合わせる必要ないじゃない? 何かが変わるわけでもなし』と古風な名前からガラリと変わり、現代のキラキラネームに手を出したらしい。


末っ子の彼の現在の年齢は三十二歳。上に二人の兄と一人の姉がいるが、一番蓮次郎と性格が似ているらしい。実年齢より若く見えるのも、父親の蓮次郎似だ。


「ふふ。意外でしょ? 見た目を裏切るのって、楽しいんだよ」

「……確かに楽しそうですね……」

「でしょ?」

「……」


やはり名で何かが変わるということはないようだ。しっかりと父親の性格も受け継いでいるのだから。


「ああ、この辺から区切ってるんだね」


これに、秘書が答える。


「報告では、左手側にお狐様を追い込んでいるとのことです」


お札と縄で区切り、結界を張っているのだ。間違っても、お狐様が霊穴に近付かないようにしてある。そして、そのお狐様が近付かないようにしている場所がもう一つ。


迷路のように張り巡らされた縄。それで囲うのは、発見された丸い石だ。それが行方不明になっていたお狐様の御神体だった。


秘書の男がその場所に案内してくれる。


「発見された御神体はこちらです」

「あれが? 綺麗な紅い玉だね。前に見たお狐様の御神体は、真っ黒だったけど、濃かっただけかな?」


高耶も示された先にある石を確認する。


「そうだと思います。私が見たことがあるのも、光を通したら血のように見える赤でした」

「へえ」


ここで口にはしないが、一度、瑶迦に聞いたことがあった。お狐様の最初の契約時には、巫女の血を差し出すのだと。それが御神体として玉になるのが一般的だと聞いたのだ。だから、この御神体も、最初の巫女の血から出来ている。


「ただ、時間的に危なかったかもしれません」

「どうゆうこと?」

「……継承の儀式では、あの玉に血を垂らすんです。そうすると、色が濃くなるんですけど……」

「それは聞いたことあるかも……あ~……もしてして、この綺麗な透き通ったみたいな赤は、それが抜けてるってこと?」


蓮次郎と同じで彼もとても察しが良い。


「はい……完全に色が抜けたら、お狐様は血を求めてその血族を襲い始めるのだと……」


だから、色は確認しなさいと、瑶迦に言われたことを思い出した。


「巫女の血が留める封印のような役割をしてるんだね。それでこれは、あとどれくらい保つのかな……」

「分かりません……ただ、今張られているのは、橘の結界ですよね? 橘の封印結界ならば、お狐様を近付けなければ、恐らくこのままではないかと」

「アレ自体ではどうにもならないってことかな?」


橘の結界術は高度で特殊だった。人の術は弾かず、弱めず、妖ものの力だけを弱めていくのだ。


「はい。アレは契約時にお狐様が切り離し、巫女の血で留めたものです。お狐様はある程度近付かないと、力を引き出せないと聞いています。ただ、放置すると巫女の力は少しずつ抜けていくので、それを留めることができていれば、時間は稼げます」


あの御神体には、お狐様の本来の力を預けてある。完全に切り離したもので、お狐様自身も力を注いだり、引き出したりするには、これに触れなくてはならないらしい。


だが、時間は稼げるだけだ。根本的な解決にはならない。それに、蒼翔は高耶の言葉から気付いたらしい。


「んん? もしかして、お狐様の力がアレから完全に抜けたらまずい?」

「まずいです。あそこから全てのお狐様の力が抜ければ、それは契約が切れたことを示します。あの結界ならば、巫女の血が核の部分を繋ぎ止められるでしょう。ただ……見たところ巫女の血自体がギリギリなので、時間稼ぎです」

「……うちの結界ではダメじゃない?」


橘の結界は、封じたお狐様の力も弱らせていくのだ。それでは、あの石から抜けていくことに変わりはない。


「ただ抜けるわけではなく、浄化ですよね? 核の部分は巫女の血と混ざっているので、そうそう消えませんし、お狐様の方へ戻っていく力が消えるわけですから、万が一、継承と契約破棄に失敗しても、少しその後の対処がしやすくなります」


いくら儀式のやり方が正確に分かったところで、きちんと儀式が成功するかと言われれば、無理がある。本来、継承の儀式などの後継者への引き継ぎは、何年もかけて教えていくものだ。更には、その間にお狐様との顔合わせも行われ、絆も結んでいく。


それを全てすっ飛ばすのだから、上手くいく保証などない。


「あの結界以外となると、状態封じでしょうか……完全封印系だと、繋がりが途切れたと勘違いされて、その時点でお狐様が動き出してしまいますし」


そう考えると、橘の封印結界が最善だ。


「はあ……本当にお狐様系は面倒なんだね……」

「はい……」


お狐様を無事に解放することが出来れば、やがて解き放たれたお狐様は力を失い、ただの妖ものとして消えていく。


一部、正しく祀られ、契約満了として契約を解けば、その地の土地神となるものもある。だが、現代ではあり得ないだろう。正しく祀るというのは、とても難しい。


更には、そうして土地神となったお狐様は、その後もしっかりとお祀りしなければ祟りやすい。祀られることを知っているからだ。


一方で、もし儀式に失敗して立ち向かうことになったならば、神に近いものとなっている強大な存在と戦わなくてはならない。


どうあっても、とてつもなく面倒だった。


「父上が今回の指揮は任せるって、あんなに簡単に任せてきた理由が分かったよ……霊穴の方が問題だからって、もっともらしいこと言ってたけど、間違いなく逃げたね」

「……避けたい気持ちは分かりますので……」

「高耶くんは本当にいい子だねっ。この件が終わったら、とっておきのレストランを予約しておくよっ」

「……ありがとうございます……」


労われるらしいが、残念ながら高耶はあまりご褒美に釣られない質だ。


とりあえず今日の目的である儀式の過去の情景を読み取ろうと、そちらへ足を向けたのだった。


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読んでくださりありがとうございます◎

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