第203話 人が変わりました

翌日は、調査隊が出された。お狐様の居る場所に、あまり強い能力者が近付くのは本来良くない。よって、お狐様には触れないよう、霊穴の方を確認するために、調査隊は組まれる。


全国の霊穴の再調査も検討され、連盟はかつてないほど忙しく対応していた。それこそ、清掃部隊や神楽部隊からも人員を募り、新人達も使っている。


その中に、秘伝家の者たちが大量に投入されていた。だが、彼らにはかつての傲慢ごうまんさは見られない。


「荷物は持ちます」

「え、あ、はい。お願いします。その……秘伝の方は体力が違いますね……」

「ありがとうございます。任せてください」

「お、お願いします……」


周りが戸惑うのは仕方がない。彼は本家の嫡男。統二の兄の勇一だった。父親の秀一に負けず劣らずの傲慢な男だったのだが、今やただの礼儀正しい体力バカになっている。


「噂と違いますね……」

「前に見た時は、もっと傲慢な感じだったけどな……」


ここは、お狐様の問題のある部分からそれほど離れてはいない場所だ。山の雰囲気が悪いため、常盤が見つけた霊穴とは別にも霊穴が存在するかもしれないと別働隊として調査に出ているのだ。


勇一を含めて五人。その五人で、問題の場所以外を全て確認して回る。そのため、体力がある者というのが必須だった。


力もある清掃部隊から二人。行脚師あんぎゃしから一人。除霊と結界をと橘家から一人出されている。


彼らは直接高耶を知らないため、秘伝家の確執は噂程度しか知らなかった。だから、コソコソと情報を擦り合わせる。そこに不意に彼らへ勇一が声をかけた。


「言い忘れたことがあるのですが」

「え、あ、なんでしょうか」


改まって申し訳なさそうに勇一は告げた。


「お恥ずかしながら、当主に逆らったことにより、式が使えなくなっていまして……霊や妖への対処がこの剣と手足だけになります。なので、近距離での動きということで、驚かれるかもしれません」

「……え……」


術者達は式を使う。よって、近距離攻撃というのはまずしない。


「あ、そ、そうですか。秘伝の方は確かに、そうして戦うと聞いたことがあります。わかりました。気を付けてください」

「はい。皆さんの式の邪魔にならないよう気を付けます」


これは確認してもらって良かった。知らなければ巻き込んだりするだろう。能力は弱いとはいえ、清掃部隊の者も行脚師も除霊は出来る。


しばらく険しい山道を登り、嫌な気配を感じてそちらへ向かう。


「あの辺り、明らかに霊が多いですね」

「浄化しながら行きましょう」

「はい」


リーダーは橘家の者だ。守りの結界を張りながら、霊をそれぞれ浄化していく。


「秘伝の方。危なくなったらすぐに近くまで戻ってきてください」

「分かりました。お気遣いありがとうございます」


さすがは武道に通じる秘伝家。礼儀正しいなと、彼らは感心した。


朝日が昇り、日が暮れるまで、二日間に渡って調査した結果。あの山には小さいが三つの霊穴があるのが確認できた。


「こんな人里にも近い場所に、それも一つの山に三つもあるとは……異常です」

「封じはどうするのですか?」

「ここの霊穴については、問題となる霊穴に影響を及ぼす可能性があるので、同時にされるそうです。その際は橘の当主が動きます」

「当主自ら……大変なことになりそうですね」


当主が動くというのは、問題が大きいことの表れだ。誰もが不安に感じていた。


そんな中、勇一がおずおずと口を開く。


「その……お聞きしたいのですが……」

「はい」


ここは、五人だけしかいない。それも、調査が終了したということで、打ち上げ的な食事会の場だ。


高耶はあまりやらないが、能力者達は心に闇を作らないよう、ストレスを溜めず適度に発散できるようにと、連盟から仕事の後の食事会などを設定される。


長い調査中も、何日かに一度、良い場所で宿泊や食事ができるように手配されていた。


高耶は学生ということもあり、常に忙しく、更には当主として多くの仕事を抱えることになり、それらを辞退している。何より、家族との時間を優先していたのだ。


「当主が出てくる事態というのは、やはり、相当珍しいのですか?」

「え、ええ。あ、秘伝の御当主は、学生さんで歳も若いですから、かなり酷使されていると聞きますね」

「ウチの上司達も感心していましたよ。当主なのに全然偉ぶらないし、それでいて、難しい神がらみの仕事も難なくこなしていくって。でも、普通当主って、そうそう出てこないですよ」

「そう……なんですね……」


たった二日だが、会話も問題なくするようになり、遠慮なく情報も出してくるようになった。


勇一は少し顔を伏せて眉を寄せる。


他の四人は顔を見合わせ、気になっていたことを口にした。


「その……私たちも聞きたかったんですけど、式が使えなくなったって何ですか?」

「そんなことあるのか?」


当主に逆らったから式が使えなくなったと聞いて、四人は不安に思っていた。そんなことが起きるならば、気を付けなくてはならなくなる。


自分たちの式が使えなくなれば、ほとんど何の役にも立たなくなるのだ。ただ視えるだけというのは、彼らにとってとても恐ろしいことだった。


「ああ。不安にさせてしまいましたか……大丈夫です。普通は先ずあり得ません。噂では聞いていると思いますが、秘伝家の当主は先祖が決めます。ですが、やはり直系である本家に当主は在るべきと思い込んできました。先祖が適性があると認められる者が現れなかった場合、本家の嫡男が当主代理として立っていましたので……」


勇一は、幼い頃から嫡男は当主になるべき。当主なのだと思い込まされて育った。自分は一族の中で何よりも偉い者になるのだと。


父である秀一もそうして育ったのだ。凝り固まった考え方は簡単には変えられない。


「そんな中、久しぶりに出た祖先が認める素質ある者は分家の者でした。それは、本家としては許せないものです。先祖が認めると伝わっていても、どうやって伝わるのかは当人しか分からないというのも問題でした」

「何か、証とかはないのですか?」

「ある場所に、名と生まれの日付が刻まれます」

「なら、証明できるでしょう」

「……認めたくなかったのです……何より、その証の出る場所は、本家の中ですから……」


外にはバレない。だから、違うと言い張ることができた。この証は、高耶も見ていない。高耶を本家に入れなかったのは、これを見られることがないようにするためだった。


「本家の者としての意地ですね……さすがに我々の態度を見兼ねた当主の式神達が、本家に乗り込んできたんです……その式神達は格が高いようで、我々についていた式達は、逆らうのを怖がり、姿を現さなくなりました」

「格が高いって……それは、相当ですね……」

「そういえば昔、聞いたことがあります。秘伝の御当主の式は、あちらの大陸では精霊王と呼ばれるものだと。姿も違うって聞くし、冗談だと思っていましたけど、もしかして……」

「本当ってこと? それ、ヤバいね」

「逆らっちゃダメじゃん」


それぞれの属性のトップが全部揃っているとは、さすがに察していないが、手を出しては不味いことは理解した。


「あ、秘伝の家が倒壊したっていうのは……もしかしてそれ?」

「はい……今思い出すと、本当に恐ろしい光景でした……」

「え? なんで家が壊れたこと知ってるの?」

「隊長達が建て直しを請け負ったみたいで、上の方の人たちが、出かけて行ったんだよ。『これで御当主に少しでも恩を返すんだ!』ってテンション上げ上げで」


異常な熱気があったという。


「で? その御当主には謝ったの?」

「え……」


言われて、勇一は目を丸くした。


「そんな驚くこと? だって、噂で聞く御当主って、良い人みたいだし、謝ったら許してくれるんじゃない?」

「そうだよ。謝ったら、式も使えるようになるかも」

「……考えたこともなかった……」

「「「「えー……」」」」


礼儀正しく出来るのに、謝らないとかどういうことだと首を捻る。


「じゃあさ。ちょうど良いじゃん。今回のやつ、秘伝の御当主も出てくるって聞いてるし、ちゃんと謝りなよ」

「……会っていいのだろうか……」

「会わなきゃ謝れないじゃん」

「そうそう。俺らもフォローしてやるよ」

「うん。今日のこととか、すごかったですって。反省してるんでしょ?」

「それはもちろんっ」

「なら、謝ってみようよ」

「……そうですね……あの……よろしくお願いします」

「「「「任せてっ」」」」


こうして、高耶へ謝るという課題が勇一に課せられたのだった。


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