第195話 頭が痛いです

一気に集まった視線に思考を止めていると、カシャカシャと写真を撮られる音が耳に届いて慌てる。


「っ……優希、移動しようか」

「はい。お兄さま」

「……」


笑顔や仕草がどことなくいつもとは違う。そう。まるで瑶迦のように感じてしまう。恐らく、参考にしたお嬢様像が瑶迦なのだろう。


あれはお姫様だろうと、訳の分からない言い訳が即座に頭に流れた。


「こっちだよ」


蓮次郎の機嫌が一気に悪くなったように感じた。それを彼の背中から確認しながら、人除けの術をかけ始める。


本来は、見られていては発動しない術とされているが、高耶の場合は力の調整が出来るため、暗示レベルで効いてくる。


次第に視線は散っていき、一階を下りる頃には、視線から感じる圧迫感は消えていた。


「はあ……」

「ふふふ。高耶くんはやっぱりすごいねえ。あの状態から人除けの術を使えるなんてさ」


先ほどの不機嫌な雰囲気はどこへやら。蓮次郎はにこやかに振り向いてきた。


「力の調整が難しいですが、慣れればなんとか。最初の頃は気を付けないと、その場から消えたように見えますので」

「やったの?」

「ヒーロー大好きな、遊んでいる子ども達に協力してもらったんです」

「子ども? それ、一般の?」

「ええ。公園で」

「っ、ふはっ。なにそれっ。高耶くんって大胆なことするねえ」


夕方、母親が夜まで帰ってこない子ども達が公園に居ることは多い。そこで、遊び相手に入れてもらって、力の調整を勉強したのだ。


「中学の頃ですから、小学校の子たちと遊んでも不思議じゃないというのを利用しました。かくれんぼとか、『お兄ちゃんは瞬間移動できるんだぞ』とか言って」

「うわあ。高耶くん、それないわ~。普通考えないわ。それも修行とか?」

「まあ、そうですね。調整できて損はないからと。はじめたきっかけは、鍵っ子達に遊んでくれって絡まれたからですけど」

「っ、絡まれたのっ? 子どもに? ははっ。あ~、高耶くんって断れないから」

「……自分でもそう思います……」


頼まれたら基本、断れない性格だ。


はじめの子は、転んで怪我をして、手当てをしてあげた子だった。家に帰っても親がいないと、泣きそうになっていた子に、まだ調整が上手く出来ずにいたため『瞬間移動』として見せたのがきっかけだ。


何度も何度もせがまれた末に『これ、修行になるんじゃね?』という考えに至った高耶だ。


単なる『修行バカ』だった。


「けど、助かったよ。あれは不快だったからね。あの『私は今、非日常の中に居る!』っていう優越感? 浸ってる感じの目がね。昔から不快でたまらないんだよ」

「……分かります」


それを感じると同時に思ってしまうのだ。



『信じなかったくせに!』



視えないものだと、信じないくせに、それが視えた、触れた時にあっさり掌を返してくる者がいる。自分は特別なのだという優越感と共に、自分は今、他の者が感じられない世界に居るのだと悦に浸る。


そんなすぐに態度を変える者が、高耶達は苦手だ。次に何をするか分からないからとも言える。おかしな行動に移る者も出るからだ。


「ふふ。彼らがそうでないことを祈るよ。君に傷付いて欲しくはないからね」

「……きちんと切り替えは出来るつもりですが」

「うん。だから心配。君はいい子過ぎるからね」


心配してもらっていることは、最近よく理解している。けれど、痛みに慣れてしまった高耶には、どれが心配されることなのか、もうよくわからないのだ。


そんな高耶の心情を蓮次郎は横目で読み取ったらしい。


「充雪殿がいらしても、やはり君は一人だった。君は幼い頃から誰の庇護ひごも受けずに努力してきた。それは素晴らしいことだけどね。でもだからこそ、心配でならないんだよ。いつか、私たちの元からも去ってしまうんじゃないかってね……」

「っ……」

「ふふ。考えたことあったでしょ」

「……何度か……狙われることも多かったので……」

「そう……」


妖からも、本家からも狙われていた。早くに珀豪と契約できたことで、そこから式も増やし、守れるようにはなった。けれど、それでも不安はあった。


「それでも、俺には母を一人に出来なかった……傍に居ないことで手遅れになることも、子どもだからと守られるだけになることも許せなかった……臆病だったのでしょうね……」


握る優希の小さな手に力を入れないように、心を鎮める。過去に囚われないように。


「だから、もしも母が再婚を望んだなら……その相手に任せられたなら、離れようと思っていました。本家に呼ばれたと嘘をついてでも」

「私たちには通じないけど、まあ、親御さんには通じたかもね」

「ええ……でも、未だに離れられずに居ます。それどころか、母は俺の力も受け入れてくれました。少し後悔してもいるんです。話したことを。父になってくれた人はとてもいい人で、その人となら、母は笑っていられる。それがわかるから、今でも迷います……傍に居て良いのかどうか……」


何を言っているのだろうと自問しながら、長年溜め続けた言葉は、スルスルと口から吐き出されていた。


蓮次郎は高耶に嘘はつかない。それを理解しているから、甘えてしまっている。


「今日、その妹さんやお友達を見る前にその話を聞いていたら、問答無用で養子にでもしていたんですけどねえ」

「っ……」

「妹さんは君が大好きだって、全身から発してるし、そっちのお友達からは、高耶くんを拐おうとする誘拐犯でも見るような目で見られるし」

「……俊哉?」


蓮次郎が目で示した『お友達』は俊哉だった。目を向けると、ふんと鼻を鳴らす。


「だってよお。どう見たって、高耶をたらし込もうとしてるようにしか見えねえんだもんよ。何より、その人に連れてかれたら、高耶と会えなくなりそうだし」

「いや、そんなことは……」

「すごい! 正解だよ。だって、高耶くんを一般人の目に晒すとか、イラつくしね」

「ほら見ろ! 高耶! アレは飴玉くれてもついて行っちゃいかん種類の人だぞ!」

「いやだなあ。飴玉ごときで釣ろうなんて思わないよ。お家も使用人も用意してあげるからね? 私のことはお父様と呼んでくれる?」

「高耶! 絶対ダメだからな! なんなら俺が兄弟になるから! あ、俺が兄貴な」


ここまできて、高耶は近付いてきた俊哉の額をペチンと良い音をさせて弾いた。


「気持ち悪いわ!」

「え、俺だけ!? この場合、そっちの若作りなおっさんも同罪だろっ」

「立場が違うわ!」

「あ、そっか。俺の方が気安いってことだな。ふふん。どうだおっさん。まいったか」

「確かに妬けますねえ」

「どんどん妬け」

「おい。こら、俊哉。お前、ちょっと黙れ」

「え~。なんで?」


高耶はもう頭を抱えていた。


だって、この時気付いたのだ。女子達がヒソヒソしている。その会話を珀豪が拾って念話で教えてくれた。



『うそうそっ。なに。これ、ちょっとそういうこと?』

『どうしよう……っ、トキメクわ。これが噂に聞くBでLな関係ってやつ!? キュンってした!』

『おっさんと同級生の取り合い……レベル高いよっ。どうする? 智世~、これはもう片足突っ込んじゃう?』

『そ、そっちの世界に? ちょっ、ちょっと覚悟がまだ……』



扉を開いてしまったらしい。いや、まだ覗いているだけか。


「はあ……」

「お兄さま? おつかれですか?」

「う、ん。優希、それいつまで……」

「ずっとです。わたし、目がさめました」

「……そうか……」


キリッとされた。こっちも頭痛いと、高耶はまた大きくため息をついた。本題に入る前にこれでいいのかと目的地に着くまで自問を続けることになる。


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読んでくださりありがとうございます◎

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