第193話 親友の立場

それは、高耶が奥へと消えた後だ。


瀬良智世は、信じられない光景をいくつも見たこともあり、事情を知っていそうな俊哉に詰め寄った。


「ちょっと! さっきのアレなんなのよ? 蔦枝君って何者!?」

「お、おいおいっ。そんな近寄るなよ。怖えよ」


恋人同士でもないのにと言えるほど近付いたことに、瀬良智世は自分でも驚いて後ろに飛び退く。


「っ、ご、ごめんっ、わっ」


勢い余って、尻餅をついた。慌てて伊原久美が手を差し出す。


「大丈夫? 智ちゃん」

「う、うん」


そうして立ち上がって、改めて俊哉へ目を向ける。完全に困ったなという顔をしていた。


「言えないなら……別にいいけど……」

「いや。まあ、高耶も隠すつもりなら、ここにお前ら置いとかねえよ。別に絶対の秘密って訳じゃないって言ってたし、結構知ってる奴は多い。ただ……普段視えんもんが居るって知って大丈夫かとか、人は選んでんだってよ」


それらは、俊哉が高耶ではなく瑤迦ようかに確認したことだ。陰陽師として、秘伝の当主として仕事をする高耶が、俊哉は心配だった。だから、知ったからには力になりたかった。




『術者は孤独になりやすい』




それを瑤迦から聞いて、俊哉の心は決まった。自分だけは、こちら側から高耶を支えてやろうと。だから、瑤迦の所に遊びに行っては、疑問に思ったことを尋ねていく。そんな日々を最近は送っていた。


「後は、こういうオカルト系を信じないって奴には、あえて説明とかしないんだ。信じられねえ奴は、何を見ても聞いても信じねえからな。お前は? 陰陽師って信じるか?」

「私……」


にわかには信じられない話だ。『陰陽師』など、現実的ではない。子どもの頃に聞いたとしても、自分は信じられたかどうか分からない。


祖父である大和いづきは、その商売上、昔から『付喪神様』はいると信じているようだった。だが、智世は幼い頃から現実主義の父母の影響で、お化けとか、妖怪とか、超能力者なんてものを信じられなかった。


お陰で、父と実の親子であっても、いづきと智世の父は仲が悪い。物に思いが宿るなんてことさえ、信じない人なのだから。それが、智世にとっても普通だった。


いづきに懐いたのは、そういう話に関係なく、孫娘として可愛がってくれるからだ。お小遣いをくれるからだ。


「瀬良って、そういうとこ、昔っから冷めてんじゃん? 妖怪とかさ『ガキっぽ~い』とか言って、俺らをバカにしてたろ?」

「っ……」


していた。父母がそういう態度だったから。


「僕にもオタクキモ~って言ってたし? 現実主義だよな~」


彰彦まで加わって智世を責める。確かにそうして、男子をバカにしていたから。


「そ、そりゃあ……だって……現実的じゃないし……」

「お前、魔法のあるファンタジー映画とかも見ねえの?」

「映画は観るわよ? だって、作り物じゃない」

「全部が全部じゃねえよ。そんな、なんの根拠もなく、要因もなく出来るかよ。例えば不老不死とか。人類の夢だろうけど、そういう人が本当に居るって、俺は知ってる」


とても明るくて、優しくて、悲しい人だ。自由も利かず、いつも置いて逝かれるのだと寂しそうに笑った瑤迦を見た日は、夜に眠れなかった。


「っ、な、何言ってんの? 不老不死? そんなのあり得るわけないじゃない」

「『あり得ない』ってえのは、お前ん中の常識から出たもんだろ? けど、俺らの知ってる常識って、倫理的なもんも含めて全部、大多数の意見ってだけだ。それも、俺らの周りの世界のって付く。違う世界で、そこの常識で生きてる奴らもいる」

「……なによ。世界って……異世界の話でもしたいの?」


気の強い智世は、訳の分からない話過ぎて、イラついているようだ。


「それもあるかもしれんけど、俺が言ってんのは、俺らの世界とは別に、見えないものを相手にする高耶達みたいな奴の世界もあるってことだよ。それを信じられるかどうか。そう聞いてる」

「っ……あるって言うなら、あるんでしょ……」

「……」


俊哉は口を閉じた。


「な、なによ」

「……」


常にはない真剣な表情で、俊哉は智世を真っ直ぐに見つめた。


「……ただの興味本位なら、関わってくるな。高耶は、ずっと一人で生きてきた。ようやく、俺には打ち明けてくれたけど、いくら別に隠さなくていいことだって言っても、言わなかったのには理由がある」


俊哉だって、最初見たときは信じられなかった。けれど、それよりもショックだったのは、友人であるはずの自分にさえ、打ち明けてくれなかったということ。


たまたま、秘伝の当主としての高耶に出会わなければ、今もまだ知らなかっただろうという事実。それを知った時、はっきり言って泣きそうになった。


それから子どもの頃、ロクに遊べなかった理由がこれだと理解して、高耶の孤独を知った。




『別にコレ、秘密ってほど秘密じゃねえし、喋りたければ、喋ればいいぞ』




友達とかに話したらどうなるんだと尋ねた時に返されたその言葉。けれど、その中に確かに感じたのだ。傷付いた心を。


瑤迦に『ああいうの見ても、信じない依頼人とかいないんですか?』と軽い感じで問いかけた。言葉は軽いが、俊哉は真剣に知りたかった。


高耶はそんな人を相手にして傷付いたことはないのか。それを確認したかった。


答えは『ある』だった。


思えば、居合わせた叔父さんは信じていなかった。あまりの出来事に思考が停止していたが、それから有り得ない、有り得ないと呟いていた。あの人は多分、次も否定するだろう。


そんな人を丁寧にあしらっていた高耶。それを思い出して、確かにそれは『あった』のだと理解した。


「自分に見えてるものを信じてもらえない。自分の言葉を信じてもらえない。そんなことが何度もあったと思うんだ。高耶は……俺らが何も考えずに遊んでた頃から、ずっとその簡単に証明できない世界で生きてきたんだから」


そんな世界でさえ、子どもだからとバカにされたこともあるとも聞いた。高耶は、ずっと傷付いたいるはずだ。


「……ずっと……もしかして、小学校の時も? 子どもだよ?」

「子どもでも、関係ない世界なんだよ。言ってたぜ? あの頃は、まだ力が制御できてなくて、修学旅行とかお泊まり会とか行ってたら、間違いなくホラーナイトになってたって」

「な、なあ、俊哉? それ、マジで? ホラーナイトって楽しいやつじゃなく? マジもんの?」


彰彦の表情は引きつっていた。


「ゾンビはないかもしれんけど、落ち武者はあったんじゃねえ?」

「……」


誰もが口を閉ざした。


「だから、改めて言う。お前がただ興味本位でって関わろうとしてるんなら、今すぐ帰れ」

「っ……ちがっ……違う……本当に、本当にそんな力が蔦枝君にあるなら……っ、弟を……っ、弟を助けてほしい」


それは、いつもの智世とは違う。心からの叫びのような願いだった。


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