第125話 お約束です

ヒラヒラとした薄い衣を纏い。その下に幾重にも着物のように衣を重ねる服。黒く艶やかな長い髪はサラサラと肩を滑り、両耳の上辺りには横髪を束ねるようにレースをあしらった白いリボンが結ばれている。


幼い顔立ちは、本来の年齢など絶対に想像できないだろう。天女か巫女かというような美しい少女の姿をしている。


そして、その声や仕草も可愛らしいものだ。


「はじめまして。この屋敷の主の瑶迦です」


指先を重ねる所作さえ美しく、お姫様だと誰もが認めるだろう。


瑶迦は、皆に蕩然とうぜんと見惚れられていることに気付くこともなく、品良く笑いながら目を細めた。


「こんなにたくさんの方に来ていただいて嬉しいわ。どうぞゆっくりして行ってくださいね」

「っ、ありがとうございます……」


辛うじて、時島が返事を返すことに成功した。


そこに、遅れて高耶と源龍がやって来た。すると、瑶迦は可憐な笑顔を更に弾けさせる。


「あ、高耶さんっ、それに榊の当代当主っ。いらっしゃい」

「こんにちは瑶迦さん。お邪魔します」

「はじめてお目にかかります。榊源龍と申します。少しの間、ご厄介になります」


源龍は緊張しているらしく、丁寧に頭を深く下げた。


「ふふっ。そんなにかしこまらないでくださいな。源龍さんとお呼びしても?」

「っ、もちろんです。瑶姫様」

「では、こちらも瑶迦と呼んでくださいね」

「そ、そんな……っ」


畏れ多いと思っている源龍は、困惑していた。仕方なく、高耶が助け舟を出す。


「瑶迦さん。急には無理かもしれませんからね。落ち着くまで待ってください」

「そう……無理強いはダメよね。分かりました。でも、早く呼べるようになってください」

「は、はい……」


高耶も源龍がそのうち慣れるだろうと特に気にしてはいなかった。そこで、ようやく部屋に校長がいることに気付いたのだ。


「っ、先生、どうして……」

「ふふふ。こんにちは、ご当主。その節はお世話になりました」

「いいえ。こちらこそ、快く協力していただき、助かりました。それにしても、どうされたのですか?」


穏やかな笑みを浮かべて、高耶のそばまでやって来た校長は今回ここまで来た理由を告げる。


「実は、ご当主に相談したいことがあって……何度も足を運んでいただくのもと思ったの。それで厚かましくもこちらにまで上げていただいて……」


振り返って、母の美咲や父の樹と笑い合う。


「校長先生が、高耶の知り合いで、仕事のことも知ってるなんて聞いたら、お話してみたくって。そうしたら、校長先生の実家も陰陽師の家系だっておっしゃるんだもの」


どうやら、美咲が連れ込んだ犯人のようだ。


「私も噂で聞く瑶姫様にお会い出来るなんて思わなくてっ。一族中に自慢できますわっ」

「……そうですか……」


本気で嬉しそうな校長に、高耶は力なく相槌を打つ。


「ふふっ。ほら高耶さん。そろそろ皆さんに座っていただきたいわ」

「そうですね。お茶の用意を……」


いつものように高耶はそちらへ回ろうとする。その理由は自分の今日の出で立ちに気付いてしまったからだ。


《それは橘がしておりますわ。それよりも、高耶さん。お仕事であったのは分かっていますが、またそのような色味の少ない服を……》

「っ、い、いえ。今回はさすがに汚れるかもしれなかったですし……」

《清晶さんがいればそんなもの関係ないはずでは?》

「……はい……」


高耶は必死で目を逸らしていた。やはり藤には弱い。


《お分かりならば良いのです。では……柊、松》

《高耶さんがお召し替えになります》


出てきたのは、ハキハキとキレの良い動きと返事をする二人の女性。そして、高耶へ駆け寄った二人はキラキラとした笑みを向けた。


《お久しぶりです! 師匠! 今日もカッコいいです!》

《僭越ながら、師匠のお召し物をお選びいたします!》

「あ……ああ……」


二人は、ここでは珍しい体育会系女子だ。そして、二人は綺翔に憧れている。


「【綺翔】……一緒に行くか?」

《行く》

「キショウさん!」

「ん?」


他の所からも声が上がった。俊哉だ。


《……》


綺翔が困っているので、ここはとりあえずと、高耶は珀豪と綺翔以外のここに居ない他の式達を喚ぶことにした。


「【天柳】【清晶】【常盤】【黒艶】ここは頼む」


そうして、半ば引き摺られるようにして高耶は綺翔、柊、松と共に部屋を後にした。


「あの子ったら、毎回こうなるのね」


美咲が呆れたように言えば、瑶迦がクスクス笑った。


「高耶さんらしいといえば、らしいと思いますわ」


そんな様子を、まだ状況の呑み込めない一同が困惑して見つめていた。


これに仕方がないと珀豪達が動き出すのだった。


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