第120話 二つの力を使い分けてます

日が高くなっていく時分。


まだ昼前だ。そして、土曜日ということでかなり人通りが多い。


それに少しだけ辟易へきえきしながら、高耶はスイスイと人混みを抜けていく。


「ちょっ、兄さん、待ってくださいっ」

「おじさんにもちょっとキツイんだけどね……」

「あ……」


高耶は仕事の時は一人で行動するのが当たり前過ぎて、同行者がいることをすっかり忘れていた。


「すまん、統二、源龍さんも大丈夫ですか?」

「はぁ……見失うところでした……」

「暑い……もう少し普段から運動しないとダメかなあ……」


統二は見失わないようにと必死だったらしく、ずっと上を向き気味に歩いていたことで、ようやく息がつけたという様子だ。


源龍の方はいつもよりもラフな格好をしているとはいえ、あまり肌を露出ろしゅつしないきっちりしたものだ。気温もあり、汗をハンカチで拭っていた。


道の端に寄り、人混みを避けながら少し休憩する。


「なんだか、兄さんの気配が薄かったんですけど、何か術なのですか?」

「ん? ああ……暗さっ……そ、そうだな。気配を少し薄くして人を避ける特殊な歩き方なんだ」


統二がそれは便利そうだなと感心する傍らで源龍は汗を拭うようにして引きつる口元を隠す。


「……今、暗さ……ううん。そっか。高耶君は常に色んな技術を使って生活してるんだね」

「え、ええ……覚えているとはいっても、それなりに使わないと腕は錆びますから」

「確かにね」


技術として定着はしていても、やはり使わないと感覚はおとろえていくものだ。それは、陰陽術にもいえる。


「高耶君が優秀なのは、こうやって常に他の人よりも技術を意識し続けている努力があるからなのかもね」

「兄さんって、休まないですもんね」

「そんなことは……」

「いえ、休んでいませんよ。学校がある日でもその後に夜遅くまで仕事してますよね?」

「……そう……かもな」


そういえば、この前はいつ休んだだろうか。確かに仕事をしない日はなかったように思う。一日中、家にいるということがまずなかった。


統二は高耶に色々学ぼうとしている手前、その行動を家族よりも気にしていたらしい。


「若いから出来るんだよねえ。無茶はダメだよ? それより、待ち合わせはどこなんだい?」


息も落ち着いた所で、今度はゆっくりと歩き出す。


「この先の公園です」

「駅前で待ち合わせかと思っていたよ」

「それだと、物によっては周りにも影響が出そうですから、この辺りで一番強い浄化力を持つ場所にしたんです」


もしもの場合、すぐに浄化できるようにと思ったのだ。


「この先の公園にそんな場所……もしかして、教会?」

「はい。あそこの教会は小さいですけど、前の公園の噴水の位置とか木の配置とか絶妙で、聖域になってるんです」

「……なるほど……」


源龍が気付かなかったのは、聖域が西洋の方の配置によって作られたものだからだ。西洋の魔術師やエクソシストなんかとも協力関係を持ってはいるし、連盟自体が合同となっているのだが、やはりそちらの知識にはとぼしいのだ。


やって来た公園の噴水前。そこに所在しょざいなさげに二葉が立っていた。


「待たせたね」

「あっ、いえ……秘伝も……」


二葉は、高耶について現れた統二を見て少し表情を曇らせる。


「ごめんっ。二葉君が嫌なら僕は離れてるよ」

「いや……別にいい」


目を合わせようとはしないが、完全に拒否もしなかった。


「まず、持って来た物を見せてくれるか? 先に対処できるものかどうか見ておきたい」

「はい……これです」

「小さな水晶?」


源龍が二葉が取り出した布に包まれていたものを見て困惑する。


親指ほどの小さな赤い水晶のようなものに見えた。


「これを、本家の庭に放り込めば、家の者に災いが降りかかるって言われて……」

「……これは怨念石おんねんせきだ……災いの種とも言われている」

「これがっ? っていうか、彼は持ってて大丈夫なのかい?」


西洋魔術の呪具の一種だ。破滅させたい家の庭に埋めれば、そこから根を張り様々な災いを家にもたらす。


そうそう出来るものではなく、源龍も資料でしか知らない物だったため、かなり驚いている。ただ、こういった物は仕掛けた者もただでは済まない。


「大丈夫ではないですね。ただ、俺が渡した護符を持ってるんで、今は影響はないです」

「護符? 兄さん、そんなもの、いつ渡したんですか?」

「ん? 連絡先渡したの見たろう」

「え……もしかして、あれが護符なんですか?」

「ああ。携帯ケースに入れていたから、常に持っているだろうし、良かったよ」

「……」


二葉は、救出された後に、統二の式神である籐輝とうきによって綺麗に浄化された。その後、高耶の護符をもらったため、この呪具の影響を以降受けなくて済んだのだ。


高耶は二葉の手にあるそれに向けて力を込める。


「っ、え……」


ピシッと中に亀裂きれつが走った。すると、赤かった水晶は透明に変わっていく。


それを摘み上げ、高耶は肩がけ鞄から出した小さな袋に入れた。


「よし、これで儀式の時に一緒に供養してやれば問題ない」

「……高耶君……一家丸ごと呪えるくらいの力のある物だったんだよ? 普通は護符如きで防げるものでもないし、即効で無効化できるようなものでもないと思うんだけど?」


源龍はもはや、暑さで吹き出していた汗が冷や汗に変わっていた。お陰で気温の暑さは気にならない。


「いや、まあ、陰陽術でこれに対応するのは難しいかもしれませんけど、俺は魔術系も問題なく使えますから」

「……まさか、護符も魔術系で作ったの?」

「ええ。学校で感じたのは陰陽術と魔術が中途半端に作用していたので、もしやと思いまして、そちらに対応できるものを渡しました」

「そっか……混ぜるんじゃなくて、高耶君は使い分けられるんだ……」

「そうですね。あれは混ぜてはダメなやつです。根本的な部分が違いますから」

「……へえ……」


高耶には何を源龍が驚いていて、引き気味になっているのかがわからない。


「すごいですね兄さん。魔術にまで手を出す人は、陰陽術と融合させようと考えるから困るって師匠に聞きましたけど、本当にダメなんですね」

「ああ。困るよな」

「……そうだったんだね……」


これは高耶にきっちりと教えてもらおうと、密かに決意する統二と源龍。


だが、高耶には当たり前の認識過ぎて二人の視線に首を傾げるのだった。


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