第119話 補う方を選ぶ
高耶は清掃部隊の代表らしき二人を前に困惑していた。
「あの……その、今回もここをお任せしてしまいますが、よろしいでしょうか……」
なんだか
本当に綺麗な土下座だ。
「もちろんです!」
「ご当主様のご依頼でしたら、すぐにでも!」
「あ、いえ……日射病とか怖いですから、涼しくなってからで構いません。夜の方が動きやすいでしょうし……ただ、できましたら明日かその次の夜には
彼らも陰陽師なのだ。後片付け専門の部署にいるというだけで、実力もある人達が集まっている。
家を継げない次男や三男、分家の者が多く、それでも力は問題なく使えているようだ。
そのため清掃の間、一般には見られないように場を
ただ、こうした場所のゴミがいきなりなくなっては不審に思われることもあるため、少しは昼間に触っていることが分かるようにわざと作業光景を見せる時もあった。
「こちらのゴミ処理は、夕方から一晩かけてやらせていただきます」
「今晩中には全て終えますので、ご安心ください」
「無茶はしないでくださいね。夜でも暑くなってきていますし……」
「なんとお優しい!」
「お気遣い感謝いたします!」
感動された。
彼らも式を持っている。だからこそ、人の手でやる数倍の速さで処理が出来るのだが、パッと見ただけでもトラック何台分になるのかと思えるゴミの量だ。無理しそうに思える。
「いえ……大変なお仕事だと思いますので……」
実際にとても面倒な仕事だ。こういったゴミの処理の場合、特に川などに捨てられたゴミの中には、犯罪に関係した物もある。
盗難にあったカバンや、自転車は比較的よくあるものだ。そういった可能性のあるものは選別し、処理するゴミとは別に警察へ届けることもある。
この選別も陰陽師ならではで、思念を読み取っていくのだ。だからこそ、高耶は彼らが手に取りやすいように、清晶に少しでも泥などの汚れを落としてもらっていたのだ。
「ご当主は既に洗浄までしてくださっています。これでかなり助かっているのです」
「運ぶのはトラックですからね。重さが少しでも軽減されれば、それだけ往復する回数も減らせます。何より、選別の時に汚れを落とす手間が省けますっ」
「よかったです。余計なことをと怒られるかと……」
「「それは絶対にありえません!!」」
「……そうですか……」
にじり寄ってくる彼らを、清晶が間に入って必死に食い止めてくれていた。
「で、では、ここはお願いします」
「「お任せください!」」
彼らはもう一度深く頭を下げた後、勢いよく立ち上がって土手を駆け上がって行った。仕事の段取りに行くのだろう。本当に足は痛くなさそうでほっとする。あのズボンはとても興味深い。
「すごい勢いで戻っていったねえ」
「あれが清掃部隊の人ですか……」
近付けずにいた源龍と統二がやってきた。
《なんなのあの暑苦しいの……あの年で落ち着きなさ過ぎじゃない?》
清晶はホッとしながらも呆れていた。
「あの部隊はどうしても力自慢の活発な人が集まるからね。あれでも落ち着いてる方だよ?」
《何それ……主様、近付いちゃダメだからね。主のこと、すっごい気に入ってるみたいだったし、あんな体になったらヤダ》
「さすがに、あそこまで体を作ると仕事にも影響が出るから気をつけるぞ?」
だが、あの筋肉量は憧れないこともないと思ったのも嘘ではない。
「そういわれてみれば、充雪殿もあれほどではないね。武道家って感じなのに」
今更ながらに、源龍が不思議そうに高耶の体を見つめる。
高耶はそれこそ、オタクに見られるくらい体格も平均的だ。一見して武術をやっているようには見えない。充雪も大柄ではなかった。だが、良く見れば衣の上からでも引き締まった体をしていることだけはわかる。
「本家の人も、大柄な人は少ないよね?」
「そういう体質らしいんです。元々、陰陽術を取り入れたのも、そういう体に頼らなくても良いようになればという考えもあったそうで」
最初に陰陽武道とした充雪の父の夜鷹は特に小柄な方だったという。
「気功とかも応用してみたりと、そういう、ちょっと劣ってしまった部分を補おうとしたんだと思います。ただ、その体質のお陰で多くの秘伝を継承しやすいというのも確かですし『補えば良い分の余裕はあえて残しておく』というのが秘伝の教えの一つです」
「余裕か……確かに、その部分を埋めてしまうと減らすのは難しいよね」
例えば身長。難なく手を上げれば届く高さの身長になっておくよりも、ジャンプしたりして届くのならばそれで良いという考えだ。
その補う力を陰陽術でカバーできるようになればそれで十分だった。
「小柄なら通り抜けられる道もあります。何かを補って大きくなることはできますが、小さくなるようにと減らすのは難しいことの方が多いので」
「秘伝って、高みを目指しているわけではないんだね」
武を極めるのならば、てっぺんをと思われても仕方がない。だが、違うのだ。
これには戻ってきた充雪が答えた。
《一つのことでてっぺんを取るよか、全部のことでてっぺんに立ちたいだろうが》
「……欲張りなんですね」
その通りだと苦笑するしかない。
《まあ、そうだな。けど、質より量って言ってるわけじゃねえ。全部極める! これが秘伝を名乗る条件だ》
「……」
胸を張る充雪の言葉に、高耶は呆れ顔で補足する。
「ただの負けず嫌いなんですよ」
《っ、そ、それを言っては台無しだろうがっ》
「負けず嫌いなのは悪いことじゃないだろ? ただし『ここまでで極めたと限界を決めるな』じゃなかったか? 『より上を目指すために多くを学び、それを生かす』んだろう?」
これが、秘伝に伝わる正確な理念だ。
《っ、ぐぬぬ……すまん……》
「今は統二も聞いてるんだ。誤解させる言い方はダメだからな?」
ここでは、統二にも充雪が見えるように術を発動させている。だから、充雪の言葉もきちんと聴こえていた。
そこで、不意に高耶はメールが届いたのに気付いて離れていく。それを見送って充雪は反省していた。
《おう……やっぱこういう所……親父殿に似てるぜ……》
「高耶君は真面目ですね」
「僕がいるから……」
《うむ、本家の者達は、これをもう正しく伝えられてはいないからな……だからこそ、色々と問題を起こす。それに辟易しているのも確かだ。統二にはそうあっては欲しくないんだろう》
「兄さん……」
この理念は当主だからとか、そういうことは関係のない話だ。それこそ、秘伝を名乗るからには、理解していなくてはならないことだろう。
だから、統二には間違って欲しくない。正しい理解をと高耶は願っているのだ。
《本家のやつらは聞く耳持たんしなあ》
「……他家のことをとやかく言うのはと思うんですが……良いんですか? それで」
《良くはないが、今代は優秀でな。尻拭いして回れるから大したもんだ》
「……やっぱり良くないんじゃないですか。私なら嫌ですけど」
当主が責任取って回っているなど、普通はあり得ない。
《今回のことについては、おぬしも他人事ではないだろうが》
「……な、なるほど……その上、他家である高耶君に迷惑をかけていますね……いやあ、高耶君は本当に優秀だなあ」
「さすがです、兄さんっ」
源龍は苦笑い。統二はますます高耶への尊敬の念を強めていく。
そこに、高耶が戻ってきた。
「ん? どうかしました?」
「いや……高耶君には本当に頭が下がるなって……」
「兄さんがすごいって改めて実感していましたっ」
「……そう……」
当然だが、高耶には何がなんだかわからなかった。
「それで? メール、誰からだったんですか? また別の仕事とか?」
統二が尋ねると、高耶は微妙な表情を浮かべた。
「仕事というか……二葉君が渡したい物があるらしい」
「二葉君……あ、何か探してるって言ってました」
「ああ。鬼渡から渡された物らしい。ここは清掃部隊に任せることになったし、先にそっちの確認をしよう」
高耶は水神の居る方へ丁寧に頭を下げると、
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