第100話 これも修行ですから

優希が出てくるまでにはまだ時間がある。統二が早く来たのは、土地神に挨拶をするためだ。


「珀豪さん、良いですか?」

《うむ。主殿から聞いている。行こうか》

「はいっ」


どこに行くんだとか俊哉が不思議そうにしているが、それは清晶が説明してくれている。


統二と珀豪は、昨日に高耶が立っていたほこらの裏にやって来る。


《心を落ち着け、まずは感じ取るといい》

「わかりました」


陰陽師として認められるだけの力をある程度は持っている統二であっても、神の言葉を聴くほどには至っていない。


それができるかどうかが一流との差であり、できない者の方が断然多い。


教えられて、必ずできるというものでもないというのが、一般的な見解だ。実際はできる者自身、なぜできたのかというのが分かっていない。気付いたらできていたという具合なため、他人に教えられないのだ。


《主殿は、波長を合わせると言っていた。神のおられる場所は、この地ではない。故に精神のみをその場所まで近付ける必要がある》

「……」


目を閉じ、感覚を掴もうと心を落ちつけた。聴覚だけでなく全てを一度閉じ、自身の中に埋没まいぼつさせる。集中するというのが大事だと高耶に聞いてすぐ、その感覚を理解する手前まで来ていた。


《今回は我が少し誘導する。その感覚を覚えるのだ》


コクリと小さく頷き、背中に添えられた珀豪の手に全てをゆだねる。


すると、ふわりとする浮遊感ふゆうかんが襲った。


「っ……!」

《集中だ。大丈夫、主殿の力が残っているから、掴みやすいはずだ》

「……高耶……兄さん……の……っ」


わかった。すると、不意に見えたのだ。目を閉じているはずなのに、夢の中で見るようにその姿が見えた。


「っ!?」


美しい羽が見える。それがどういう姿なのかを言い表すことはできない。鳥のようで、獣のようだった。


《……あの術者に連なるものか……》

「っ、はい。微力ながらお力になれればと思い、参りました。どうか、私の式達も土地へ入ることをお許しください……」

《許そう……》

「ありがとうございます」


そうして、ふっと呼吸が戻ってくるような感覚で目を開ける。


《上手く挨拶できたようだな》

「はい……あっ」

《おっと》


くらりとしてよろめくと、珀豪が支えてくれた。足に力が上手く入らない。


「あ、あれ……膝が笑ってる……」

《仕方あるまい。神と相対したのだ。ほれ、優希も出てきているぞ》

「え?」


いつの間にか、時間が経っており、一年生の下校が始まっていた。寧ろ、もう残っているのは数人だ。


「あっ、トウジおにいちゃんっ」


優希が駆け寄ってくる。珀豪に支えられて立っている状態の統二に、優希が首を傾げた。


「トウジおにいちゃん……どうしたの? びょうき?」


そこに俊哉が近付いてくる。


「なんだ? 顔真っ白じゃん。貧血?」

「あ、いえ……僕がちょっと未熟だっただけです……」

「ん?」


少し落ち込む統二を、清晶が冷静に分析する。


《初めての神との対話ならまあ仕方ないよね。主様は簡単にやるけど、普通の人がやるのって、結構命がけだからね》

「なにそれ。そうなるって分かっててやれって高耶が言ったん? 冷たくね?」


統二はびくりと身を強張らせた。高耶は本当にこうなると分かっていたのだろうか。そうだとしたら、どうして自分にやれと言ったのか。


もしや嫌われているのではないかと思うと泣きたくなった。


しかし、そこで珀豪が指摘する。


《主殿は天才なのでな……こうなると予想されていないだろう。何より、あの神が神気を調整できていなかったのが原因だ》

《どういうこと? 主様がそんな急激に神気を回復させるとは思えないんだけど》

《それは我も思った……あれはあの神が焦っているためだろう……》

《焦ってる?》


なんだか会話が進んでいるが、どうやら高耶にも予想外のことが起きているらしいと分かった。


《何に……というのは分からん。だが、嫌な予感はするな》

《やめてよ……珀豪の嫌な予感とか、絶対面倒なやつじゃん》


そうなのかと統二はまだ冷えている体を抱きしめる。


「トウジおにいちゃん、ほけんしついく?」

「え? いや、大丈夫だよ」


そんなに顔色が悪いのだろうかと頬に触れる。手も冷たくなっており、少し震えているため、よく分からなかった。


「おいおい。本当に大丈夫か? あ、時島先生じゃん。ちょい中で休憩さしてよ。こいつ、高耶の従兄弟だって」


やって来た時島は統二を見て頷いた。


「貧血か? そのまま帰るのは辛いだろう。入りなさい」

「おっ、先生優し~」

「和泉……蔦枝がいたら叩かれてるぞ……」


珀豪達も一緒に学校の中に入る。


「……あれ……?」

《どうした》

「あ、いえ……先生なのかな……」


その時、校舎の中に見たことのある人が居たように思った。もしかしたら、自分の通っていた学校の先生だった人かもしれないなと思っただけで終わる。小学校の頃はそれこそ先生の顔などほとんど覚えていない。


前方では、当たり前のように和泉が時島と歩いていた。


「そういや、さっき校長が二人連れてったじゃん? 校長室空いてないんじゃない?」

「カナちゃんとユミちゃんのお母さんたちだよ?」

「ん? ああ。昨日、蔦枝に学校への保護者からの意見について頼まれてな。その相談をしている。知り合いならいいだろう」


そうして校長室に案内された。


途中すれ違った職員室から出て行く人に、大きな凝隷虫ぎょうれいちゅうが憑いていて思わず声を上げそうになった。


そこで、不意に校舎の上階から違和感を感じた気がした。


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