第099話 やっぱり尊敬する兄なので

高耶と源龍が捕縛した男を連盟に引き渡したりと忙しくしている頃。


統二は今日の授業を終え、急いで帰る支度をしていた。


「相変わらず、優等生君は真っ直ぐ家に帰ってお勉強か? 一緒に帰る友達もいないとか寂しいやつ」

「……」


面倒なのに捕まっていた。


「バカ。言ってやるなよ。あれだろ? ノートとシャープペンがお友達なんだろ?」

「そこは消しゴム君を入れてやらんと」

「あははっ、悪い悪い」

「……」


こいつら暇なんだろうか。統二には、彼らがなぜ楽しそうに笑っているのかも分からない。親しくもない自分に一々近づいてくることも不思議でならない。


実は、こうやって思うようになれたのは、高耶のおかげだ。


統二はその雰囲気からか、小学校の頃からいじめを受けていた。


当時は嫌で嫌で仕方がなかったけれど、今思い返してみると大したことじゃない。ただこういう感じで複数人から嫌味を言われて、クラスのほとんどから無視される程度。


それでもあの頃は辛かった。だが、今では何を世界の終わりのように感じていたのかわからない。


「……今日は急ぐからお先に」

「あ?」

「「……」」


いつもなら相手にもせずに無視するのだが、今日は違う。むしろ、今日のような時のために無視してきた。


お陰で彼らは次の手を思いつかず、固まった。これ幸いと統二は急いで教室を出る。


「……はあ……やっぱり高耶兄さんはすごい」


統二は中学に上がっても変わらない現状に悩んでいた。家に帰れば高耶を悪く言う兄や父達の愚痴の相手。そんな状況では雰囲気を変えるとか無理だ。お陰でストレスは溜まる一方だし、その雰囲気がまたいじめに拍車をかける。


閉じこもっているという状況がどうしても影喰い達を呼び寄せてしまう。


「集まってくる影喰いを祓う練習に使うとか考えられなかったもんな……」


呼び寄せてしまう自分に嫌気がさし、それでも、家の結界によって一応は家に入ればそれらは消えたので問題はなかった。


一人で悩み続けていたある日。式が高耶の式神へ相談に行ったらしい。



『あの方でしたら、寄ってくる影喰いは術の練習台に使うらしいです。それと、一度自分と取り巻く環境を俯瞰ふかんして見てみると良いそうですよ』



それを聞いて教室で一人、やることもないのでやってみた。影喰いは一気に何匹払えるかを日々数えた。


そうするとどうだろう。少し心に余裕が持てた。自分を入れて周りを見るというのは意外と難しい。それに集中すると、周りの声が気にならなくなった。そして、全体を見えるようになった時、すごくバカバカしく見えた。



『人は周りの評価を気にする生き物です。自分の考えや行動に賛同されると嬉しくなるとか……自分は特別に認められているって思うんだそうですよ?』



そう。彼らにとっては、いじめがパフォーマンスのようなものなのかもしれない。そして、一人では舞台に上がれないチキンだ。


「ここまで心に余裕が持てないと無理だったかもしれないけどね……」


統二にはもう、今日の嫌味っ子三人もただの『構ってちゃん』にしか思えない。


「高耶兄さんに今いじめられてるって言ったら何て言うかな?」


その呟きに、囁きが返される。


《きっと『高校生にもなってそんなお子様がいるのか?』と言われますよ》


それは、統二の式神の声。鞄につけているとうでできた小さな飾りに宿っている木の精霊だ。


顕現させることは中々難しいが、こうして普段から言葉のやりとりはできるようにしている。だから一人ではないというのも落ち着けた理由かもしれない。


「高耶兄さんなら言うかもね。『そんなことを考えるくらいなら勉強すればいいだろうに』とか? あとは『ゲームとかもっと楽しい趣味を見つければいいのにな』って感じかな」

《なるほど。高耶様にとっていじめは他に趣味もない暇人がやるものなのですね》

「ふっ、そうだね。あれは他にやることのない暇人かもね」


そう思うとなんだか彼らがかわいそうに思えてきた。よく考えてみれば、別に暴力は受けていない。ならばちょっと、たまには喋り相手にでもなってあげようかなんて思えた。


「こんな気持ちで小学校に行くとかなんか変な感じだよ」


自分が小学生だった頃は行きたくなくて仕方がなかった場所。トラウマのある場所だ。けれど、そんな気持ちは今はない。それが不思議だった。


これから優希のお迎えだ。


《主様。お兄様からの課題をお忘れなく》

「そうだよね。土地神様に挨拶……頑張らなくちゃ」

《珀様がご指導くださるそうです》

「本当っ? 良かった……ちょっと不安だったんだ」


そうして、直接小学校へと向かった。


《一度お帰りにならなくてよろしいのですか?》

「うん。高耶兄さんが制服のままの方が良いって」


行くなら着替えずにそのまま行けと言われた。有名進学校の制服は強力な護符と同じだと笑って言われたのだ。


その時、後ろから声がかかる。人化した清晶だ。年齢的には中学生くらいに見える。髪や瞳は本来青みがかった色なのだが、黒に変えているらしい。どこから見ても普通の『人』にしか見えない。それは、術者の力量が大きい。


《あんまり独り言多いと危ない人に見られるよ》

「っ、あ、清晶さん……」

《さんじゃなくて君にしてって言ってるでしょ? 年上に見える人がさん付けしてたら変じゃん》

「そ、そうで……だね。清晶君」


敬語もおかしいと睨まれた。


どうもこの高耶の水の式神である清晶は『弟ポジション』らしく、同じポジションの統二を敵視しているように思える。


《清晶。そうツンケンするな。主殿が気にするだろう》


その後ろからやってきたのはいつものように人化した珀豪だった。最近は高耶の母である美咲が服をコーディネートしているらしく、革ジャンがとてもよく似合っている。


見た目は若いちょっとやんちゃ系なロックの入ったお父さんだ。髪も脱色した白銀に見えるだろう。瞳はカラコンで通る時代だ。


これが優希という可愛い娘を連れてスーパーで買い物するのだから、そのギャップに近所の奥様方はメロメロらしい。


《主様の前では控えてるし》

《まったくお前は……》


こうして反抗期真っ最中に見える清晶を呆れた顔で注意する様は、確かに面倒見の良いお父さんだ。


《すまんな統二》

「い、いえっ。気に入らないのなんとなくわかってるんで」

《ふんっ、主様は僕のなんだからなっ》

《お前のなわけあるか》


やっぱり嫉妬しっとだった。


そうして歩いていると、学校の門が見えてくる。そこで清晶が声を上げた。


《あっ、あいつ……確か主様の知り合いだ》

《そういえば、友人が行くかもしれんと言っておられたな》


それを聞いて昼にメールが入っていたのを思い出す。


「確か、メールで……えっと、高耶兄さんの友達の和泉さんですか?」

「ん? あ、もしかして高耶の従兄弟?」

「はい。秘伝統二です。はじめまして」

「おうっ、俺は和泉俊哉。高耶の親友だっ」


ドヤ顔をされた。こういう友人がいるんだと、ちょっと意外に感じてしまった。


《親友とか思ってんのあんただけじゃない?》

「ぶっ、ってか、あのユニコーン坊主じゃんっ」

《なんだよっ、ユニコーン坊主って! 失礼だぞっ》

《っ、ふっ……》

《ちょっ、珀豪っ、何笑ってんのさっ》

《いやいや、まさにその通りだと思ってな》

《くそっ、お前も笑ってんじゃんっ》

「えっ、ご、ごめんなさいっ」


ちょっと笑ってしまったのはごまかせなかった。


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