第55話 スサノオ無双
安樹が天の神器「アマテラス」の扉に手を掛けると、指先に微かな痛みが走った。同時に、白銀の船体がまぶしい光を放つ。
スサノオと同じ女性の声が聞こえてきた。
「遺伝子こーど解析終了。登録ぱたーんトノ一致率、99・999%。どあろっくヲ解除シマス」
アマテラスの扉が音も無く開く。
中に乗り込んだ安樹とリルと田常は、想定よりはるかに狭い室内に緊張の色を隠せなかった。
シズカに指示されて、安樹が操縦者席に着く。
「操縦者ハ席ニツイテ、操縦者名ヲ登録シテクダサイ。以降ノ操縦ハおーとぷろぐらむニテ、操縦者ノ指示ニシタガイマス」
「操縦者は墨安樹。これから地の神器スサノオを追いかけて、速やかにこれを撃墜する」
安樹がそう告げると、女性の声が復唱した。
「操縦者ノ登録ヲ完了シマシタ。操縦者ハ、ボクアンジュ。コレヨリ、地ノ神器ヲ追跡シ、速ヤカニコレヲ撃墜シマス」
「よし、いいぞ」
「ソレデハ、時間短縮ノタメ緊急離陸ぷろぐらむヲ作動シマス」
「え? なんだ? そのキンキュウなんとかって?」
問いかけるまもなく、天の神器の後方からまるで嵐が吹き荒れるかのような轟音がし始めた。
窓の外で、シズカ女王とイセ侍従長があわてて避難を始める。
それだけではなかった。
天守閣の城壁が倒れ、天井が開いて空が丸見えになる。どうやら、天の神器アマテラスはこのままここから飛び立つつもりらしい。
「緊急離陸ぷろぐらむトハ、封印塔ノ高度ヲ利用シテ急加速シ、通常離陸時ニ必要ナ滑走路ニヨル加速ヲ省略スルモノデス」
アマテラスは几帳面に返事をしてくれたけれど、その内容は安樹たちにはチンプンカンプンだ。
リルが叫んだ。
「どうでもいい、とにかく大急ぎで行け!」
「了解デス。総員、急加速ニヨル衝撃ニ備エテクダサイ。発進マデ、5、」
「ええっ、もう行くんですか?」
「4」
「腹をくくれ。どうせなら、早い方がいいだろ」
「3」
「頼むぞ、わしをイズナのところまで連れて行ってくれ」
「2」
「わかりました。みなさん、衝撃に備えて下さい!」
「1」
「よし、行けっえええ!」
「0」
アマテラスは、轟音とともにシャンバラ城の天守閣を飛び出した。そのまま真っ逆さまに落下する。
「ぶ、ぶつかる!」
大地に激突するのかと思いきや、機首がグイッと上がって急加速の衝撃が三人の身体を襲った。
これまでに体感した事のない、内臓をすり潰されるような感覚だ。
「うぉー、ホントに飛んだぞ!」
操縦席の後ろでリルが叫ぶ。
「スゲー、いい眺めだ。こりゃ、風になったみたいだな!」
しかし安樹には景色を眺める余裕などない。
こみ上げる嘔気を抑えるのが精一杯だ。
「よぉし、これならシギの阿呆にもあっという間に追いつくぞ!」
三人を乗せた天翔ける船はみるみるうちに上昇し、風に乗ってあっという間に青空の彼方へと消えて行った。
* * *
「ふん、これが地の神器か。乗り心地は最低だな」
スサノオの中央にある砲手席で、シギは一人語ちた。
シャンバラの秘密兵器であるスサノオの内部は、その巨体から想像もできないほどに狭小だ。
しかも、速度を上げるごとに激しい振動が車内を揺らしている。
「――しかし、」
街道の先に、石垣を崩したバリケードが組まれていた。
そこからシャンバラ兵たちが鉄砲の攻撃を浴びせかけてくる。
しかし、鋼の装甲で守られたスサノオの内部には鉄砲の衝撃すら伝わってこなかった。
シギは大砲の照準を前方に合わせると発射ボタンを押した。
轟音とともに砲身から砲弾が打ち出される。
砲弾は前方のバリケードに命中して、兵士ともども跡形もなく吹き飛ばしていた。
「攻撃力は、まさに最強だな」
砲手席の足元にある操縦席から、イズナが声を上げる。
「シギ様、まもなく国境の砦が見えてきます。いかがいたしましょう」
スサノオの操縦は、本体を操る操縦者と砲撃を担当する砲手の二人に分かれて行われる。
もちろんシギもイズナも神器の操縦など初めての体験だが、その操縦法は簡略化されており、わからないことがあっても機械の声が逐一教えてくれる。
シャンバラ城から国境までの半日間に、二人はすっかりその扱いに習熟していた。
「構わん。進路そのまま、全速前進だ」
スサノオの砲身が火を噴いた。
すると、砲弾は二里も離れた国境砦に命中する。
レンガ造りの砦が大きく崩れて落ちた。
立て続けに大砲が発射され、砦は虫に食われたような瓦礫の山と化していった。
「ハハハハハッ、見ろ! あんなに強固を誇った砦がまるで紙の様だ! これで、シャンバラもおしまいだな!」
突然の後方からの攻撃に、中に詰めていたシャンバラの兵士たちはただ成す術もなく逃げ惑うしかなかった。
シギの放つ砲撃はそんな兵士たちに容赦なく襲い掛かる。
スサノオは、砲弾で瓦礫となった国境砦に一直線に突っ込んで行った。鋼の巨躯に取りつけられた履帯は、瓦礫の山をなんなく乗り越えて行く。
崩れかかった砦の端に、逃げ遅れた大勢の兵士たちの姿があった。
「ざまぁないな! 普段からさぞかし自分たちが最強だとうぬぼれていたんだろう! だが、より強い武器を持った人間には手も足も出ないじゃないか!」
シギは砲塔を回転させて兵士たちを狙った。
この距離で直撃させれば、生身の人間なら骨も残らないだろう。
「シギ様、おやめ下さい」
イズナが言った。
「はぁん? 貴様、私に指図するのか?」
「いいえ、そう言うわけでは……しかし、砲弾には限りがあります。それに地の神器の稼動には燃える水が必要。燃える水がなくなれば神器といえどもガラクタと同じです。そうなる前に急いでキヤト族と合流し、シャンバラを制圧せねばなりません」
そう言われて、シギは鼻白んだように砲塔を戻した。
「それは確かにそうだ。よし、全速力で砂漠を越えて、キヤト軍の本陣へ向かう。だがな、まさかイズナ、おまえシャンバラの民に情けをかけようってワケじゃあるまいな」
イズナの顔が曇った。
「どうした? 浮かない顔だな。思い出せ。シャンバラがオマエの父や家族にした仕打ちを。我々の悲願だった復讐が今こそ果たされようとしているのだぞ」
「……」
「ひょっとして、リルディルたちを裏切ったことを悔いているのか? 田常とかいったな、あの盾つくりのジジイに情が移ったか?」
「そんなバカなことはありません」
「そりゃあ、そうだ。あのような老いぼれに惚れる女がいたら見てみたい。それにだ。もし私を裏切るようなことがあれば、オマエといえども容赦せんぞ」
「……わかっています」
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