第54話 天翔ける鉄の船

 シズカ女王を先頭に、安樹、リル、田常、イセの五人は天守閣に向かう階段を上っていた。

 長い白木の階段周囲の壁面には、色鮮やかな壁画が飾られている。

 壁画に描かれているのは、見目麗しい男女が緑色の肌をした七人の小人を連れて旅をする姿だった。

 しかしそこに描かれた火乃神は、その風貌がおおよそ神らしくない。

 頭髪は一本もなく肌は緑色で、顔と体のバランスが明らかにおかしかった。


「ひょっとして、これは『七子七難』ってヤツか?」

「はい、ここの壁画には、シャンバラ建国の歴史が描かれています。リルディル様、よくご存知ですね。どこかでお聞きになったのですか」


 シャンバラの伝説については、前にイズナから話を聞いていた。

 しかし田常の前でその名前を出すのははばかられて、リルは口ごもる。


「ああ、まあな」


 そんなリルに、安樹が助け舟を出した。


「アマテラスというのは、神話の神様の名前ですよね」

「ご存知でしたか」

「ええ、子供の頃に、家にあった絵本で読んだ気がします。ウチには子供の読む本なんてそれしかなかったから、私はそれで字を覚えたんです」


 それを聞いたシズカ女王は、振り向いて安樹のかおを覗き込むと思いつめたような声で尋ねた。


「安樹様のお父様とお母様は、どのようなお方なんですか?」

「えっ? 私の両親ですか?」

「おい、女狐。貴様、何を勝手に人の男に話しかけてるんだ」


 二人の会話にあわてて割って入るリルを、安樹がなだめた。


「まあ、いいじゃないですか。でも申し訳ないんですけど、私は母の顔も父の顔も覚えていないんです。母は私を産んで三月で、私を置いていなくなりました。そのときに置いていったのが、その神話の絵本だと聞いています」

「……そうですか」


 そうして一行は、シャンバラ城の最上階たどり着いた。

 天守閣への入り口は封印が施されていて、王族以外の人間が中に入ることはできなくなっている。

 シズカは祝詞を唱え始めた。


「高天原に神留座す。神室伎神室美の詔以て。皇御祖神伊邪那岐の大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給いし時に生座る祓戸の大神たち。諸々のまが事罪穢れを祓い給え清め給えろ申す事の由を天津神国津神、八百万の神達共に聞こし召せと恐み恐み申す」


 すると、天守閣の扉が音も無く左右に開いた。

 扉の中に鎮座していたのは、トンボの羽のような翼がついた一艘の船だ。

 リルが呆れたように尋ねる。


「こんな船で、どうやってシギを追いかけるんだ。海はおろか、河だって流れてないだろ」

「この船は、普通の船ではありません。『アマテラス』は天翔ける船です」

「天翔けるって、もしかして、この金属の塊が空を飛ぶって言うのか?」

「はい。天空を舞う白銀の翼、それが天の神器『アマテラス』です。その速さたるや、この城から国境まで四半刻かかりません」


 安樹は、まじまじと天守閣の中に鎮座する天の神器をながめた。

 大きさこそ地の神器『スサノオ』より小さいものの、胴体から翼に至るまでが金属で作られていて、見た目にもかなり重量感がある。


「それはどう考えても有り得ないだろ!」


 思わずリルが反論の声をあげた。

 こればかりは安樹も同じ気持ちだ。

 たしかに遠い昔にシャンバラには空を飛ぶ船があるという話をきいたことがあるが、どう考えてもこの鉄の塊が空を飛ぶはずがない。


「あの……シズカ女王様、失礼ですが、この神器はどうやって飛ぶのでしょうか? 鳥のように翼が羽ばたく作りには見えませんし」


 恐る恐る尋ねる安樹に、シズカ女王はきっぱりと答えた。


「それは、わらわにもさっぱりわかりません」

「我々とて、この『アマテラス』を実際に飛行させたことはないのだ。当たり前であろう、もし万が一途中で墜落しようものなら操縦者の命はない。あたら国民の命を危険にさらすものではないという女王様の慈悲深い御意志である」


 イセ侍従長は、さも感慨深そうに女王を補足した。

 リルは呆れて言った。


「私の命なら危険にさらされてもいいってのか! ばかばかしい! 安樹、帰るぞ! シギを倒すのは何か別の手を考える!」

「はあ、姫様がそうおっしゃるのなら」


 階段を下りようとするリルと安樹の背に、声をかけるものがあった。


「わしは行くぞ」


 田常だった。


「例え一人でも、わしは行く。行ってイズナと話をせねばならんのじゃ。わしももう歳じゃからのう、いまさらどんな危険があろうと恐れはせん。じゃが、このままでは……死んでも死にきれん」


 老盾作りの拳がプルプルと震えていた。

 シワだらけの瞼の間から涙がにじんでくる。


「じっちゃん」「じい様」


 そんな田常を見て、安樹は思わずリルの顔を覗き込んだ。


「……姫様」

「ええい、もうしょうがない! 行くよ、行きゃいいんだろ! おいシズカ、こいつの操縦の仕方を教えろ。それから、どうやってシギの地の神器をやっつけるんだ。武器があるのか?」

「操縦法はアマテラスが教えてくれます。安樹様なら、すぐに覚えられるでしょう。武器は……」


 シズカ女王はまた口ごもる。

 いつものように侍従長が言葉を引き継いだ。


「スサノオは前面からの攻撃にはめっぽう強いが、上部の装甲にはさほどの強度はない。大丈夫だ。アマテラスでなら絶対に破壊できる」

「だから、どんな武器があるんだと聞いている。いくらシギに追いついても、攻撃できなければ意味がないだろう」

「武器はない。だが、中に脱出装置がある」


 イセに言われて、リルは目を丸くした。


「それって、天の神器を地の神器にぶつけろって事か……」

「……他に方法があればよかったのですが、リル様、お願いします」

「まったく、おまえはやっぱり可愛い顔してメチャメチャきついこと言うな。わかった。やってみよう」


 覚悟を決めたリルが胸を叩く。

 シズカとイセはホッとしたように顔を見合わせた。


「脱出した後のおまえたちは、すみやかに我が軍が回収する。安心しろ。万一、キヤト族のど真ん中であって、私が命に代えて助け出そう」

「フン、あてにはしないでおくさ」


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