子の銃を以って、子の盾を陥《とお》さば如何
第53話 天の神器
数時間後。
安樹は、シャンバラ城にある薬師処のベッドの上で目を覚ました。
「アンジュ、大丈夫か!」
傍らにはリルと沈んだ表情の田常、そしてシズカ女王とイセ侍従長の姿があった。
「大丈夫です……なんだか、悪い夢を見ていました。イズナさんが裏切って、シギに神器を奪われて……」
突然、外から爆発音が聞こえてくる。
窓に目をやった安樹は、変わり果てた王都キサナドの様子に愕然とした。
真っ白だったシャンバラ城の城壁は煤に汚れ、ところどころが崩落している。
碁盤の目のようにきっちり整備された城下町もアチコチから煙が上がり、建物が黒焦げになっていた。
「夢じゃないんだ、アンジュ。神器はシギたちが奪っていった。シャンバラ軍がなんとか奪い返そうと追いかけているが、生半可な武器ではアレには歯が立たん。鉄砲でもダメなんだ」
「そうか……シズカ様、いったい神器とは何なんです? シギは一体何者なのですか?」
身体を起こすと、頭に出来た傷が悲鳴を上げる。
でも今は、そんな痛みに構っていられなかった。
「全てお話します。その上で、安樹様とリル様にはお願いしたいことがあるのです。ずいぶんと勝手なお願いですが……」
安樹の問いかけに、シズカは覚悟を決めたらしく口を開いた。
それは、シャンバラの建国に関わる話だった。
「伝説によると百年前、シャンバラ王家の始祖クロウとセイのは火之神から鉄砲の技術を授かりました。そして、その鉄砲の力を使ってシャンバラを建国したとされています。それだけでなく、二人は鉄砲以外にも数多くの宝を譲り受けていたのです。残念ながら、ほとんどのものは何に使うのかさえわからない我々の手にあまる代物で、代々シャンバラ王家はそれらを後世の民のために神器として封印していました」
それらの神器の中で、かろうじて使用することが出来るものが三つだけあり、王家のものはそれを三種の神器と呼んでいたのだそうだ。
その一つが、先ほど奪われた地の神器『スサノオ』だという。
「スサノオは見ての通り比類なき兵器です。シャンバラ王家には『神器は門外不出』という掟があり、歴代の王はその掟を守ってきました。しかし、王族の中には神器を用いて国土を広げるべきだというものたちも少なからずいたのです。そして、とうとうあの忌まわしい事件が……」
シズカの父で先代の国王ジケイには、たくさんの息子たち、つまりシズカの兄たちがいた。
しかしその息子たちが次々と不審な死を遂げたのだ。
事件はシズカの叔父ギチョウの仕業だった。
ギチョウはいわゆる好戦派に祭り上げられ、ジケイの血統を根絶やしにして王位を簒奪しようとしたのだった。
仲間の裏切りで逮捕されたギチョウは、王族であることを理由に死刑を間逃れたものの、罰として右腕を切り落され地下牢に幽閉された。
「しかし、好戦派の代表格だった叔父上には信奉者がおり、彼は地下牢を脱獄しました。それだけではありません。三種の神器の一つである、人の神器『クサナギ』を奪って国を出奔してしまったのです。その叔父上が、まさかキヤト族の軍師になっていようとは……」
唇を噛み締めながら、シズカ女王は続けた。
「今回、叔父上が奪った地の神器は、十年前の人の神器とは比べ物にならない大量殺戮兵器です。その力とキヤト族の軍勢が手を結べば、あっという間に世界は征服されてしまうでしょう」
安樹は、地下の石室で見た地の神器の姿を思い出していた。
馬に引かれるわけでもなく自走する大鉄塊。
しかも、その砲身からはすさまじい威力の弾丸が打ち出される。
「ただし、『スサノオ』を動かすには燃料として燃える水が必要ですし、弾も無限に搭載されているわけではありません。ですから、ギチョウはキヤト族と合流した後、必ず再びこのシャンバラに攻め込んでくるでしょう。何とかその前に『スサノオ』を破壊しなければ……どうかお願いします。安樹様、リル様、シャンバラを、いえ、この世界を救ってください」
シャンバラの女王は深々と頭を下げた。
だが、リルは腕を組んだまま天を仰ぐ。
「そう簡単に言われても、鉄砲も効かない相手にどうするんだ。だいたい、今から神器を追いかけたって追いつくことすら出来ないぞ」
地の神器は、あの巨体から想像もできない速さで国境へ向けて一直線に進んでいた。その速度は一刻で約百六十里だという。
これは、キヤト族の早馬にも匹敵した。
リルの言葉に、シズカは俯いたまま言った。
「神器に対抗するには神器を用いるしかありません」
リルの眉が跳ね上がる。
「ん? ということは……あるんだな。三種の神器の残り一つが」
シズカはためらいがちに答えた。
「はい、天の神器『アマテラス』。威力は『スサノオ』に劣りますが、速度なら『アマテラス』に勝てるものはこの世界に存在しません。本来なら、私が行くべきところなのでしょうが……」
言いよどむシズカをイセ侍従長が継いだ。
「女王陛下に万一のことがあれば、ギチョウを倒してもシャンバラは失われる。それに地の神器を奪われたのは、元はと言えばやせ狼と盾作りが原因なのだ。奪い返してくるのは、当然の義務であろう」
高圧的なイセの態度に反発するかと思いきや、リルは大人しくうなずいた。
「良いだろう。その天の神器とやらに案内しろ。だが、言っておく。私はおまえたちに頼まれていくんじゃない。私があの男を止めたいんだ」
シズカはかすかに微笑むと、今度は安樹に向かって尋ねる。
「安樹様も、よろしいですか?」
「私は、姫様とともに」
すると、部屋の隅で図面に見入っていた田常がポツリと言った。
「スサノオとやらの図面は頭に入った。こんな老いぼれでも、必ず役に立つはずじゃ」
イズナに裏切られた田常の憔悴振りは痛々しく、言葉を掛けることすらはばかられる程だった。
それもそのはずだ。親子以上に年が離れているとはいえ、あれだけ甲斐甲斐しく尽くしていたイズナの愛が、まさか最初からニセモノだったとは。
「わしも行くぞ。誰がなんと言おうと、もう一度イズナと話をせねば」
田常の瞳には、強い光が宿っていた。
「もちろんです、師匠。頼りにしています」
安樹は、祖父の手を強く握った。
「ようし、あまり時間もないことだし、そうと決まったら急ぐぞ。おいシズカ、とっとと天の神器とやらの封印されているところまで案内しろ!」
わざと景気良く音頭を取ろうとするリルに、シズカは首を振った。
「その必要はありません」
「何ぃ?」
「アマテラスの封印塔は、ここにあります」
そう言われて、リルは薬師処の中を見回した。
「ここって、ここにあるのは寝台くらいなもんだろ」
「そうではありません。このシャンバラ城自体が、アマテラスの封印塔なのです」
「ええっ!?」
驚く三人に向かって、シズカ女王は穏やかに微笑んだ。
「さあ、天守閣に参りましょう。アマテラスがそこで待っています」
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