第56話 男の大きさ
ピピピピピガガガ、
突然、スサノオの内部に甲高い音が響き渡った。
「なんだ!?」
「おそらく、ムセンというものです。稲妻の力で友軍からの声を届ける装置とか」
「友軍? キヤト族か……いや、それはないな」
――シ、ピピピガガガ、シギのクソッタレ、ピピピ、聞こえるか
聞こえてきたのは人の声。
音質は割れていたけれど、独特の口調は間違いようがなかった。
キヤトの赤き狼、リルディルだ。
シギはスサノオの中にいるであろう女の声に向かって尋ねる。
「おい、スサノオ! こちらからも返答できるのか?」
「ハイ、左ぱねるノ緑ノぼたんヲ押シテ、まいくニ向カッテ話シテクダサイ。ぼたんヲ押シテイル間ハ、通信先ニ音声ガ届キマス」
教えられたボタンを殴るように押すと、シギは叫んだ。
「貴様、リルディルか! 一体どこにいる! いまさら何の用だ!」
――ピピピ、私から逃げられると思うなよ。既におまえの背中は捕らえた
「何をバカな! たとえおまえが千里風に乗ったとしてもこのスサノオには追いつけ、」
追いつけないと言いかけたシギに、イズナが叫ぶ。
「シギ様、上空に何かいます!」
「何、空だと……もしや」
シギは、慌てて砲塔の上にあるハッチをあけた。
太陽のまぶしい光が飛び込んでくる。
それと同時に、スサノオの音とは違うもう一つの振動音が耳に響いた。
「天の……神器か。まさかアレが、本当に空を飛ぶとは……」
――おまえの野望もこれまでだ、ピピピガガ、私を怒らせたことを後悔するがいい
スサノオの上空すれすれを銀色の翼を持った船が通り過ぎる。
巻き起こる突風にシギはおもわず頭を抱えてのけぞった。すると天の神器は、まるで獲物が弱るのを待つ禿げ鷹のように、スサノオの頭上を旋回し始めた。
「イズナ、何かないのか! ヤツラを打ち落とす武器はっ!」
「スサノオには対空装備はないようです。空から来る敵など有り得ませんから」
「チィィ、しかたない。全速前進だ。とにかくキヤトの本陣へ急げ」
シギはイズナに指示を出すと、冷静を装いながら音声発信のボタンを押した。
「フフン、アマテラスまで乗りこなすとは、さすがは赤き狼。いや、ひょっとして安樹の力かな。だが、知っているぞ。天の神器は単なる偵察用で武装はない。だからこそ、私はアマテラスに手をつけなかったのだ。教えてもらおう、丸腰でどうやって私に後悔させるつもりだ?」
――フン、武器など無くとも、この神器で直接おまえをぶっとばしてやる!
シギの背中をイヤな汗が流れた。
(まさか、体当たりをする気か? そんなことをしたら、自分らもただではすまんぞ!)
しかしシギの知っているリルディルは、どんな危険にも自分からわざと飛び込んでしまう狼女だ。
シギの声から冷静さが吹っ飛んだ。
「バカな! スサノオもアマテラスも、貴重な宝だぞ! それをぶつけたら、二つとも台無しになってしまうじゃないか! リルディル! いやリルディル様! バカなことはやめるんだ! このスサノオがキヤトにつけば、偉大なるハーンの世界制覇が確実なものになるんだぞ! キミはお父上の夢を壊す気か!? 安樹、君もいるんだろ! 聞こえているならリルディル様を止めてくれ! 君ならリルディル様を止められるはずだ! そうだ、代わりに良いことを教えよう! 君の出生の秘密、父上と母上のことだ! なっ!? 自分が何者か、君も知りたいだろう!?」
――ピピ、私は、私が誰だかよく知っています
今度は、安樹が答えた。
――私は盾。赤き狼の盾です。それ以外のなんでもありません。
シギは激昂した。
「バカなバカなバカな! 人間が盾なものか! おまえら大バカだ! おいイズナ、速度を落すなよ! なあに、わかっているぞ。あいつらだって死ぬ気じゃない。ぶつかる直前で脱出する気だろう。こちらが全速で動いていれば、そうそう衝突なんてさせられるはずがない」
無線機からの安樹の声は、シギを無視して叫んだ。
――イズナさん、聞こえていますか! 師匠、田常からの伝言があります。師匠から、あなたに伝えて欲しいと頼まれたんです。
田常の名をを聞いてイズナの体がビクンと跳ねる。
シギは操縦席のイズナに念を押した。
「イズナよ、戯言に耳を貸すな。われわれの悲願はシャンバラへの復讐だ。忘れるな」
――師匠からは、ただ一言「すまない」と。あなたに謝って欲しいとのことでした。私にはあなたの事情はわかりません。でも、イズナさんは言いましたよね。じっちゃんは誰よりも大きい男だと。私には、あのときのあなたの言葉がウソだったとは思えないんです。お願いです! 今からでも遅くありません! スサノオを止めてください! そして、じっちゃんと話し合って欲しいんです!
そんな安樹の言葉をかき消すように、シギは吼えた。
「騙されるな、イズナ! こっちの神器を止めれば、やつらは体当たりしてくるぞ! 速度を緩めるんじゃない!」
しかし、隻腕の軍師の言葉はイズナの耳には入っていなかった。
彼女の意識は、モニターに映る前方の景色に集中していた。
辺りは変わり映えしない砂漠地帯だ。
ただその中に、ぽつりと一人の男が立っていた。画像の荒いモニター画面越しでも、イズナにはそれが誰だかすぐわかった。
彼女のよく知っている男だ。
見た目は本当に冴えない年寄り。片足が不自由で、微妙に身体を傾かせて不恰好に立っている。
(なぜ、彼がここに?)
イズナは、頭に浮かぶ疑問を即座に解決した。
(それは、彼だからだ)
そうだ。
あの男はいつもそうだった。
彼は、自分の信念を貫き通す。
不可能を可能にする。
そして、かならず約束を守る。
私は彼と約束していた。
命尽きるまで、いつまでも共にあると。
だから、彼はここにいるのだろう。
(私は、彼の大きさに憧れ、また彼の大きさを憎んでいた)
密偵として迷い村に入り込んだイズナは、いつか自分が田常や仲間を裏切ると覚悟していた。
そんな汚い自分にとって田常の存在はまぶしすぎた。
田常と一緒にいるのは心地良かったけれど、かといって家族を引き裂いたシャンバラへの恨みも忘れることが出来ない。
彼女は、常に心に痛みを抱えていた。
(いずれ、こうなる運命だったのだ。ならば、すべきことは一つだけ)
イズナは、スサノオの速度を更に上げた。
近づきすぎた田常の姿が、死角になってモニターから消える。最後に映った彼の姿は、深々とイズナに頭を下げているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます