第49話 暗闇の死闘


「高天原に神留座す。神室伎神室美の詔以て。皇御祖神伊邪那岐の大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給いし時に生座る祓戸の大神たち。諸々のまが事罪穢れを祓い給え清め給えろ申す事の由を天津神国津神、八百万の神達共に聞こし召せと恐み恐み申す」


 封印の間の中央では、シズカ女王が黒い社に向かって一心に祝詞を唱えていた。イセ侍従長をはじめ部下の兵士たちは、女王を囲んで地にひれ伏している。

 広大な石室に、凛とした声と榊の擦れる音だけが響き渡った。


「未曾有の国難に遠く火之迦具土神より賜りし第八の神器、地の神器の封印を解くを許し給へ!」


 シズカの額に、玉のような汗が浮かんでいた。

 祝詞を唱える声が徐々に大きくなる。

 それに反応して社の入り口に緑色の明かりが灯り、かすかに振動を始めた。


「目覚め給え! 祓い給え! 地の底より這い出し火之迦具土の刃! 第八神器、スサノオ!!」 


 女王の叫びに応えるかのように、地下の石室を地鳴りが包み込む。

 それだけではなかった。

 金属製の社が、左右真二つに割れはじめる。


「おお、神器の封印が解けるぞ!」


 イセ侍従長が、頭部を真っ赤に紅潮させて叫んだ。

 シズカ女王はただ一心不乱に祝詞を唱え続ける。


「高天原に神留座す皇親神漏岐神漏美の命を以て、天津祝詞の事を宣れ如此宣らば、罪と云う罪咎は不在物をと! 祓賜ひ清賜と申す事の由を! 諸の神等左男鹿の八の御耳を振立て聞食申す!」


 割れた社の真ん中から現れたのは、家一軒分はあろうかという大きな鉄の塊だった。

 その真ん中から鉄砲を大きくしたような砲身が伸びている。

 地面と接する面には鉄の帯で繋がった大小の車輪が取り付けられて、この鉄の塊はどうやら動くもののようだ。

 形としては城攻めの際に用いられる雲梯や衝車といった兵器に一番よく似ているけれど、それらと比較してもこの神器は圧倒的に大きい。

 そしてなんと言っても目に付くのは、中央に取り付けられた砲塔だ。

 細い鉄砲でもあの威力なのに、その十倍以上の太さの砲身から繰り出される攻撃は果たしてどれほどのものだろうか。


「こ、これが、地の神器スサノオ……なんという」


 シャンバラの兵士たちは、封印より解き放たれた神器の姿に言葉を失くしていた。


 ――その時だった。

 真っ暗だった封印の間が、いきなり煌々とした光に包まれる。


「な、なんだっ!」


 女王とシャンバラの兵士たちは、突然の輝きに思わず目を抑えた。

 同時に、頭の先から足の先までを黒い布で覆った謎の集団がいっせいにその姿を現した。光は、その黒装束の者たちが灯したカンテラの明かりだった。


「何が起こったんだ!?」「敵襲か!?」


 シャンバラ兵たちは、突然の出来事にうろたえるばかりだ。

 ただイセ侍従長だけが素早くシズカ女王を背中にかばうと、黒衣の侵入者を誰何した。


「おのれ、何奴だ! ……さては蛮族の手先だな。わがシャンバラの神器の秘密を知って、これを破壊しに来たのであろう!」


 すると、黒装束の頭目らしき男が進み出てきた。


「神器を破壊するだと!? 誰がそのようなもったいないことをするものか! こいつは、私がいただく! 何しろこの『地の神器』こそ、最強の武器! これさえあれば、ボドンチャル悲願の世界制覇ですら赤子の手をひねるようなモノだからな!」


 頭目の言葉を、侍従長は鼻で笑った。


「蛮族にしては目が高い男よ。だが残念だったな。シャンバラの神器は王族でなければ扱うことはできぬ。おぬしのような馬の骨には宝の持ち腐れだ」

「フン、宝の持ち腐れとは、どちらのことかな?」


 黒装束の頭目は、左手一本でゆっくりと自らの頭巾を外しはじめた。

 よくみると男の右手には義手が装着されている。


「これだけの強力な武器を持ちながら、狭い国土に引きこもり外の世界を見ようとしない。もしシャンバラの指導者に少しの勇気があれば、シャンバラの民は今よりも遥かに豊かになっていたはずだ。それがなぜわからぬ、シズカ姫、いや、今はシズカ女王、と呼ぶべきか?」


 頭巾を取った男の顔を見たイセ侍従長が叫んだ。


「おぬしは、ギチョウ! 王族殺しの大罪人が、よくもぬけぬけとこのシャンバラに舞い戻ってきおったな!」

「その名で呼ばれるのはずいぶん久しぶりだ。今私は、キヤト族でシギと呼ばれている」


 黒装束の頭目の正体は、軍師シギだった。

 シギは尊大な口調で言った。


「この私がシャンバラに戻るのは、当然のことだろう。なんといっても、私はこの国の王となるべき者なのだからな。世界の何処にいようとも、王はいずれ自らの国に帰還を果たす。それは当然の理だ」


 しかしシズカ女王は気丈な態度を微塵も崩さず、敵軍の軍師で、かつては殺戮公子と呼ばれた男に対峙した。


「叔父上は、シャンバラを戦乱に導こうとしている。そのような方に王位を譲るわけにはまいりません」

「私はおまえに王位を譲ってもらうつもりなどない。十年間、外の世界を見て、私は悟ったのだ。この平和ボケした国は一度滅びねばならぬ。しかる後に、新生シャンバラとして甦るのだ。そしてその新しいシャンバラの初代国王に即くべき人間は、私以外にはありえない」


 イセは剣を抜き放った。


「笑止千万! オマエのような極悪人がシャンバラの国王を騙るなど片腹痛いわ! 残る左腕も叩ききってくれよう! その上で、十年前に盗んでいった『人の神器』も返してもらうぞ!」


 女王に付き従う兵士たちも剣を抜く。

 シギの背後で、黒装束の男たちも円月刀を抜き放っていた。


「フフフ、これだけ近い距離では鉄砲も役に立つまい! 鉄砲におごったシャンバラ兵がその力抜きでどの程度戦えるか、見せてもらおう! キージップアナクサ!!」


 皆殺しにせよ《キージップアナクサ》! シギの号令で、シャンバラ兵を取り囲んでいた黒装束たちが一斉に襲いかかった。


 負けじとシャンバラ兵も剣を振るい、地下の石室はあっという間に両軍が入り乱れての乱戦になった。

 刀と刀が打ち合う甲高い金属音に混じって、肉を切り裂く鈍い音が聞こえる。

 剣を取っての戦いは、どうやらシャンバラの兵士には分が悪いらしい。

 一人イセ侍従長が奮戦していたけれど、圧倒的に黒装束のキヤト兵が優勢だった。


 シズカ女王の悲痛な叫びが響いた。


「侍従長、神器の復活までもう少し時間が必要です! この神器だけは叔父上の手に渡すわけには行きません! なんとしても守り抜くのです!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る