第48話 封印塔に集いし者たち

 長い通路を滑ってたどり着いたのは、深い穴の底だった。

 安樹は、リルを抱えたまま石の床に転がり落ちる。

 肩に痛みが走ったけれど、大丈夫。腕の中の宝物には傷一つ付けていない。


 起き上がって、グルリと周囲を見回した。

 辺りは真っ暗で、安樹の懐にあった光ゴケだけがぼんやりと二人を照らしている。目を凝らしても、壁や天井らしいものは見えなかった。


「ん……んんん」


 暗闇の中で、リルが目を覚ます。

 二つの瞳に光が戻ったのを確認して、安樹は大きく安堵の息をついた。


「姫様、大丈夫ですか?」

「大丈夫って、何が? ……あ、ああ」


 リルは先刻の水路での出来事を思い出したのだろう。

 いきなり安樹の首根っこを掴むと激しく揺さぶった。


「忘れろ!」

「はい?」

「さっき見たことは、全部忘れるんだ!」

「な、なんのことです?」

「だから、私がエビの化け物にあんなことやこんなことを……いいから忘ろ!」

「別に恥ずかしがるようなことじゃないですよ。あの化物は馬の脂が好物で、それを塗っていた姫様を襲ったんです」

「そうだったのか……アンジュ、あの……その、大丈夫だったからな。化物にいろいろとされちゃったけど……肝心なところは絶対に許してないから」


 そう言って頬を染めるリルを見て、安樹は思わず微笑んだ。


「もちろん、わかっています。姫様は純潔なままです」

「うん。私の初めてはオマエのためにとってあるんだからな……」

「……姫様」


 安樹はリルを腕に抱き寄せた。

 リルは何の抵抗もなく安樹の胸に身を寄せる。柔らかくて温かい身体の感触が伝わってきた。


「ああん」


 安樹が腕に力を込めると、リルの口唇から自然に嬌声がこぼれた。

 さきほどまでのブドーの触手攻撃に彼女の体は上気しているようだ。青白い光に照らしだされた彼女の表情は、ゾクリとするほど艶かしかった。


「おう、おぬしら無事じゃったか」


 突然、暗闇の中から田常が顔を出した。

 リルはあわててアンジュから身を離す。安樹もしどろもどろになりながら答えた。


「じっちゃん、じゃなくて、師匠もお怪我はありませんでしたか? イズナさんは?」

「うむ、わしはこのとおり大丈夫じゃ。イズナは出口を探しに行っておる。彼女の話じゃと、ここはもうシャンバラ城の地下ではないらしい。正確な位置はわからんが、シャンバラ城の隣にある鉱山の地下かもしれんそうじゃ」


 田常の言葉に、リルは歯噛みをした。


「城から脱け出したはいいけど、また道に迷ったのか。ちくしょう、こうしている間にもバカ親父の攻撃が始まるかもしれないってのに。あのエビども、絶対許さん。今度あったら素揚げにして喰ってやる」


「しっ! 誰か来るぞ!」


 田常に促されて目をやると、暗闇の向こうに赤い松明の光が見えてきた。

 三人は息を潜めてやってきた光をうかがう。

 現われたのは、シャンバラの兵士たちだった。シャンバラ兵たちの持つ松明が、長い列を作って階段を下りてくる。

 安樹たちは慌てて瓦礫の隅に身を隠した。


「追っ手でしょうか?」

「たぶん違うじゃろう。われらがここに来たのは単なる偶然じゃ。もし追っ手なら水路を通って城の外を探すはず」

「じゃあ、一体何をしに?」


 いぶかしむ田常と安樹の隣で、リルがいきなり大きな声を上げた。


「アレは、シャンバラの女狐じゃないか!」


 安樹はあわててリルの口を押さえる。

 幸いにして、兵士たちがこちらに気付く様子はなかった。


「姫様、お静かに」

「だってオマエ、あそこにいるのはシズカだぞ」


 兵士たちの行列の真ん中に、白い装束に包まれた少女の姿があった。

 長く黒い髪と透けるような白い肌。

 その小さな肩には大きな黒光りする鉄砲を抱えられている。

 間違いない。

 そこにいたのはシャンバラの女王、シズカ・チャクリンその人だった。その傍らには、イセ侍従長の姿もある。


「女王様は国境砦に行ったんじゃなかったのか? なんだってこんなところに?」

「まさか、この地下に立てこもって戦をやり過ごそうなんて腹じゃないだろうな」

「たしかに、ここなら城が制圧されても気付かれずにすむかもしれんのう」


 やがて、シズカ女王と三十人ほどの兵士たちはグルリと円形になった。

 彼らが手にしている松明の光に照らされて、あたりの様子が薄ぼんやりと見えるようになる。


 そこは、地下にあるとは思えないほどだだっ広いドーム状の石室だった。

 天井も高く二階建ての家が丸々建てられるくらいの余裕がある。安樹たちがいるのは石室の端っこで、シズカ女王たちは空洞のど真ん中に陣取っていた。

 そして兵士たちが作る円の中央には、黒い社のようなものが建っている。


「なんだろう、アレ?」


 リルの疑問に、背後から答えが返ってきた。


「あれは、封印塔と呼ばれるものです。私たちはどうやら神器の隠されている封印の間に来てしまったようですね」


 安樹は驚いて振り返る。

 いつの間にか、イズナがリルたちの背後に立っていた。


「シャンバラの女王は蛮族の襲撃を撃退するために、古より伝わる神器の封印を解く覚悟をしたようです。たしかに、でなければキヤト族の襲撃は防げないでしょう」

「ってことは、あの社の中にその神器ってのがあるわけか」

「鉱山にある封印の間には、神器の中でも最も強い破壊力を持つ『地の神器』があるといわれています。神器を封印する封印塔は特殊な金属で作られていて、王族でなければその封印を解くことはできないのです」


 イズナの説明を受けて、リルはいかにも納得したようにうなずいた。


「なるほど。それじゃあ、さっきから周りを取り囲んでいる怪しい連中はそれを阻むのが目的ってことだな」

「えっ?」


 今度は、イズナが驚く番だった。


「目を凝らしてよぉく見てみろ。黒づくめの連中が息を潜めてシャンバラ兵たちの周りを取り囲んでいるだろう。いくら黒装束でごまかしても匂いまではごまかせん。馬と草の匂い、やつらキヤト族だ」


 そう言われて安樹たちは目を凝らしてみる。すると円陣を組むシャンバラ兵の更に外側に、無数の人影が蠢いているのがわかった。

 安樹の脳裏の中に、迷い村で見た軍師シギの凶悪な顔が浮かぶ。


「シギは姫様に神器を破壊するように頼んできましたが、考えてみればあの軍師が他人頼みで手をこまねいているとは思えません。きっと配下にも同様の命令を下しているにちがいない」

「とにかく、このままではあの女王の命も危ないぞ。しかし困ったのう。女王を助ければ、神器の封印が解かれてキヤト族の兵士に犠牲が出る。かといってこのまま見過ごせば、シギとかいうヤツの思う壺じゃし」


 三人はどうするんだといわんばかりにリルの顔を覗き込む。

 しかし赤き狼は腕を組んだまま、じっと黙り込んでいた。

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