第50話 シャンバラ地獄変、見渡す限りの焼け野原大作戦
そのときだった。
それまで瓦礫の陰でじっと考え込んでいたリルが、カッと目を見開いた。
「よし決めたぞ!」
「はい!」
安樹はリルの前に跪く。
リルの決断がどんなものであっても、黙って付き従うと心に決めていた。
「アンジュ、昔オマエが私に聞いたことがあったろう。最強の矛で最強の盾を突いたらどうなるか。あのときの私の答えを覚えているか」
「ええと、あの、質問してきたやつを矛で脅して黙らせるってやつですか」
「今回はアレ方式でいく」
「ええっ!」
黙って従うと決めていた安樹の口から、思わず驚きの声が漏れる。
「あの社の中にあるシャンバラの秘密兵器とやらを私がいただく。そして、その秘密兵器で父様を脅して軍を撤退させる。そうすれば、この国もキヤト族も傷つかず、シギにもギャフンと言わせられる」
「それは、そうですが……」
「大丈夫だ、私に作戦がある」
リルは得意気に薄い胸を叩いた。
安樹は不安そうに尋ねる。
「……聞いてもいいですか」
「うむ、急に決まった作戦だからな、名前は今考え中だ」
「いえ、作戦の名ではなくて。具体的にどんなも作戦なのかなあ、と」
「フフン、いいだろう。教えてやるからよく聞けよ。まず、私とおまえで神器の封印されている社に陣取る」
安樹の頭を、嫌な予感が頭をよぎった。
「次に、私が名乗りを上げるから、おまえは……そうだな、周りから私が良く見えるように私の足下で台になれ」
「……」
「最後に、そのまま神器を奪う。どうだ、いい作戦だろう」
予感は見事に的中した。安樹は慌てて異を唱える。
「それは作戦でもなんでもないじゃないですか! 絶対メチャメチャ抵抗されますよ!」
「大丈夫だ。逆らう奴がいたら皆殺しにするから。よし行くぞ! おまえら、離れずについて来いよ!」
リルはそう言って瓦礫から飛び出すと、混戦の中に飛び込んでいった。
その姿は、まさに赤き狼。
久しぶりに見る無敗の万人隊長だった。
「やれやれ、わしの孫は大変な嫁をもらったのう。じゃが、後れを取るわけにはいくまい」
田常は肩をすくめて懐からニ枚の盾を取り出した。
左右の手に握って叩き合わせると鈴のような金属音が響く。
今までみたこともない新しい盾だった。
「ここらで一つ新型のお披露目と行くかのう」
「新型?」
「五年前キャラバンで襲われたときに、墨家秘伝の白羽砕きが使えなんだろう。以来、キヤトの円月刀を砕くための盾を考えておったんじゃ」
その盾は円形で縁にグルリと鉄の鎖が取り付けられている。
その鎖の先には鶏の卵ほど大きさの鉄球がつながっていた。
「盾で円月刀を受けるとその衝撃で鉄球が動くようになっておる。どんなに切れ味鋭い刀でも腹を打たれれば脆いもんじゃ。さあて細工は流々、後は仕上げをご覧じろときたもんだ。悪いが、先に行くぞ! イズナ、わしとともに来い!」
「はい、どこまでもご一緒します」
そう言うと二人はリルの後を追って駆け出した。
「じっちゃん! イズナさんまで! しょうがないなあ、もう!」
安樹は木箱を肩に結びなおすと、戦いを避けながらリルを探した。
どんなに人が入り乱れていても、彼女をみつけるのは難しくない。
一番悲鳴が上がっているところ。
そこが、赤き狼の居場所だった。
「なんでこんなところに娘っ子が!?」
兵士たちは、突然現れた丸腰の少女に怪訝そうな顔を向ける。
でもそれはほんの一瞬のことだった。
一瞬後に兵士の表情は苦悶にゆがみ、その手足は有り得ない方向に捻じ曲がっていル。
シャンバラ兵も黒装束もない。
少女のそばに寄った人間は全て同じ目にあった。
血飛沫の飛び交う戦闘の最中だというのに、男たちはリルを恐る恐る遠巻きにし始めた。
彼女の周りにはしだいに人がいなくなり、ポカンとした空間ができている。
また離れたところでは、田常とイズナが黒装束を相手に絶妙のコンビネーションを見せていた。
田常の新型の盾は、刀を受けると鉄球が跳ねてその腹をへし折る。
そこをすかさずイズナの短刀がとどめを刺した。
劣勢だったシャンバラ兵たちが息を吹き返し、黒装束を押し返し始める。
「チィッ、相変わらずの化物ぶりだな、あのヤセ狼」
シギは、リルの戦いぶりに思わず舌打ちを漏らした。
そばにいた黒装束の一人が指示を仰ぐ。
「どうします。許可をいただければ鉄砲で狙い打ちます。いかに赤き狼といえど、鉛の弾を避けることなどできはしません」
黒装束の集団には、キヤト族ばかりでなくシャンバラの好戦派と呼ばれる勢力も加担している。
シギは、はやる手下を制した。
「いや、いまここで鉄砲の撃ち合いになるのは避けたい。狼のことは捨て置け。シズカさえ始末すればあとはこっちのものだ」
リルは、周りを囲む人垣に向かって脱兎のごとく駆け出した。
そのまま地面を蹴って軽やかに跳躍する。
呆気に取らる兵士たちは眼下に眺めながら、疾風のように神器の上に飛び上がった。
「ま、待ってください!」
安樹は混乱する兵士たちの間を縫って、おたおたとリルのもとにたどりつく。
「安樹、遅いぞ」
ようやく神器にのぼった安樹の背中を踏んづけながら、リルは大声で名乗りを上げた。
「シギの手先の三下に、シャンバラのへなちょこども、耳の穴かっぽじって、よぉく聞きやがれ! その昔、モンゴルの草原に天より命を授かりし灰色狼とその妻の真白なる牝鹿があった! 時を経て、草原に一頭の狼あり! 生まれいずるより人に先んじるを宿業とし、十四にして万人の馬賊の長となる! 戦場を日々の褥とし、滅ぼした国は九つ! 絶やした血筋は十と八つ! 逆らうものは赤子たりとも容赦はせず、ついたあだ名は、誰が呼んだか『キヤトの赤き狼』!!」
リルは満足げにあたりを見やる。
けれど中原にその人ありと恐れられた赤き狼の二つ名も、鎖国中のシャンバラにまでは浸透していなかったようだ。
シャンバラ兵たちは、あぜんとしたまま神器の上の少女をながめている。
キヤト族はキヤト族で、敵に回った元万人隊長を複雑な面持ちでみつめていた。
イセ侍従長がコメカミに青筋を立てながら、リルの足下に近寄ってきた。
「おい、小娘、貴様どうやって地下牢を脱け出した。いや、それはこの際どうでも良い。これは『地の神器』といってお国を守る大切な兵器なのだ。これ以上足蹴にするようなら、女子といえど容赦はできん。さっさと下りて来い。いまならきつくお灸をすえるだけで勘弁してやろう」
リルの眉がぴくぴくと動く。
「勘弁してやろう、か。おまえは優しい男だな。それに免じて今度はとっておきの作戦の名前を聞かせてやろう。クビを刎ねるのはその後にしてやる」
「なにぃ」
「これは、このキヤトの赤き狼様が神器とやらを強奪して、おまえの国とキヤト族を足元にひれ伏させる素晴らしい作戦だ! 立っている者は親でも使え、『シャンバラ地獄変、見渡す限りの焼け野原大作戦』!!」
「ふん、なにをバカなことを。いいか、神器というものはシャンバラ王族でなければ封印を解くことはできんのだ」
「いい加減なことを言うな、このハゲ!」
「ハゲではない!」
イセ侍従長と罵りあうリルの元に、田常とイズナがたどり着いた。
「リルディル様、この男の言うことはウソではありません!」
イズナが叫ぶ。
「神器の封印を解いてその内部に入れるのは、初代国王クロウと王妃セイの血を引くものだけです!」
それを聞いたリルは、気まずそうに頭を掻く。
「……いまさらそんなこと言うなよ。かっこ悪いだろ」
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