第46話 地下水道の怪
ほどなく一行は、四方を石造りの壁に囲まれた広い空間に行きあたる。
そこは灯り一つない巨大な地下ドームだった。
「まったく、なんだって私たちはこうも暗いところに縁があるんだ? ねずみやモグラじゃあるまいし」
そう言って歩き出そうとするリルをイズナが制する。
「リルディル様、足下にお気を付けください」
松明のあかりがリルの足元を照らし出した。
なんと、その一歩先には真っ黒な水面が広がっていた。水面は鏡のように静まり返っていたけれど、耳を澄ますと静寂の中から微かな水音が聞こえてくる。
わずかだが、水はどこかへ流れているようだった。
イズナは、懐から城の見取り図を取り出した。
「見取り図によると、ここは地下水源のようです。シャンバラ城の地下には水源があって、遠くカラコルム山脈からの雪解け水が湧き出していると聞いたことがあります。その水が城の地下から水路を通ってキサナドの城下町や周辺の農地へと送り出されているのだそうです」
それを聞いた田常は、ポンと手を叩いた。
「なるほど、ということはこの水の流れに沿って行けば外に出れるんじゃな」
「さすがは田常様、きっとそうです」
「でも、じい様、流れに沿って行くと言ったって、もうここは行き止まりだぞ。これ以上進めないだろ」
「何を言っておる。泳げばいいんじゃよ」
田常の提案にリルが猛烈に反発した。
「泳ぐだって? 冗談じゃないぞ。こんな地下の水路なんて、どんなバイキンがいるかわからないじゃないか」
「大丈夫です。ここの水は水源から湧き出したばかりの湧き水ですから、下手な井戸水よりずっと清潔ですよ」
安樹は水路の水を掬ってみる。
辺りが暗いため見た目はよくわからないけれど、臭いはなく、冷たい手触りが心地よい。
思い切って口をつけてみると、目が覚めるような涼やかさが口に広がった。
「姫様、この水、美味しいですよ」
「美味しいとかそういう問題じゃない。だいいち、田常はどうするんだ。いくらなんでも、義足で水の中なんて」
「わしの義足は、防水加工完備じゃ。迷い村でも地下の川で魚を取ったりせにゃならんかったでのう」
「じじいは黙ってろ! そうだ、罠だ! 罠かもしれん! シズカのやつが『ここから逃げろ』なんて言ってたからな。逃す振りをして息の根を止めるために、伏兵を張っているかも知れんぞ!」
あまりの必死さを見せるリルに、安樹は疑いの眼差しを送った。
「……もしかして姫様」
「なんだ?」
「そういえばこの五年間、私は姫様が泳いでいるところを見たことがありませんね。もしかして姫様、泳げないとか?」
安樹の言葉に、リルはいつもどおりの怒鳴り声で答えた。
「ば、バカを言うな。この私がカナヅチなんてことがあるもんか!」
「そうですね。そんなはずはありませんよね。でも、大丈夫です。私の持ってきたカバンは水に浮くはずですから、これに捕まっていけば例え泳げなくても問題ありません」
そういうと安樹は肩にかけた木製の鞄を水面の上に下ろした。
大きな木の箱は、言葉どおり水の上にプカプカと浮かぶ。
さらにイズナが言った。
「ここにちょうど馬の脂の軟膏があります。これは、塗ると泳げない人でも水に浮いて泳げるようになるというものです。もちろんリルディル様には不要だとわかっていますけど、保温にもなりますから、もしよろしければ使ってください」
「カナヅチじゃないって言ってるだろ。おまえら、私の言う事を全然信じてないな」
不満げなリルを残してイズナと田常と安樹は水路に入った。
水は冷たいけれど凍えるほどではない。
「さあ、急ぎましょう。いつ追っ手が来ないとも限りません」
三人に急かされて、リルディルはしぶしぶと馬の脂を体に塗りたくり、水に入るや否や木箱にしがみついた。
「安樹、おまえ……ホントにコレ、大丈夫か? もし沈んだら承知しないからな」
そう言いながら、必死の形相で水を掻く。
安樹は器用な泳ぎでリルの隣に並ぶと、足で水を蹴って木箱を推し進めた。
「だいじょうぶ、私が付いています」
そうして四人は、暗い水路の中をゆっくりと流れに沿って進んでいった。
イズナの掲げた松明が辺りを照らすけれど、動くものはほとんどない。聞こえてくるのも自らの呼吸音と水音だけだった。
しばらく泳いだところで、ふいにリルが言った。
「アンジュ、やめろよ」
横を見ると、なれないバタ足に悪戦苦闘中のリルが頬を赤らめている。
そして、前を行く田常やイズナに聞こえないようにささやいた。
「こんなトコで何するんだ」
「へ? どうしたんですか?」
安樹が訊ねると、リルはなんでもないとばかりにそっぽを向く。
しかしまたしばらくして、もう一度リルが言った。
「ワザとやってるだろ」
「なんですか?」
「おまえ、私が手を離せないと思ってワザとやってるだろ」
「だから、何をです?」
「あくまでしらばっくれる気だな。陸に上がったら覚えてろよ」
そう言ってリルはまた顔を背けたが、すぐに「ヒィ」という小さな悲鳴を上げて背筋をびくつかせた。
「どうしました?」
心配げに訊ねる安樹を、リルはにらみつける。
「そりゃあ、もう私たちは夫婦なんだから、こういうことをする権利がおまえにないとは言わないけどな……じい様たちだっているわけだし」
「だから、なんなんです」
「とぼけるなよ。さっきから触ってるだろ」
「触ってるって? 何をです?」
「だから、私のフトモモとか、お尻とか、今だって、もっとその……いろんなトコとか……」
更に顔を赤らめるリルに、安樹は慌てて両手を挙げて見せた。
「ちょっと待ってくださいよ。触るも何も、冤罪です、私の手はここですってば!」
「えっ? ……じゃあ、今私の胸を触ってるのは?」
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