第45話 語られし、シャンバラの神話
手を取り合う二人の隣で、イズナが気まずそうに咳払いをした。
「コホン……感動の再会のところ申し訳ありませんが、じきに警備兵たちが異変に気付くはずです。急いでここを出ませんと」
「しかし、いったいどうやって城の外に出るんです? 牢の出口には詰め所があるし、そこを抜けても城内には警備兵たちがいますよね」
不安げな声を出す安樹に、リルが答える。
「なあに、心配いらんぞ。警備の兵なぞ何人いようと、そんなもの私が全部蹴散らしてやる」
「姫様はホントにやりかねないから、心配なんです」
すると、イズナが再び見取り図を取り出した。
「大丈夫。この地下牢には抜け道があります」
「ああそういえば、シャンバラの女王がそんなことを言ってたな。この牢には秘密の抜け道があるとかなんとか。でもたしか、王族しか知らない秘密の抜け道だって話だったぞ」
それを聞いてイズナはニコリと微笑んだ。
「そう思っていらっしゃるのは女王様だけですよ」
イズナは牢の中にある大きな鏡の前に立った。
鏡のふちにはめ込まれた赤い宝石を押すと鏡がゆっくりと動きはじめ、人一人が通り抜けられるほどの隙間が口を開ける。
「さあ、こちらです」
地下牢の抜け道を進みながら、安樹は迷い村でシギの語ったことを包み隠さず皆に話して聞かせた。
「むう、胡散臭いヤツだと思っていたが、まさかヤツが裏切り者だったとはなあ」
「シギは、シャンバラへの恨みを晴らすためだけにキヤトの軍を動かしているのです」
「ってことは、それを父様に伝えれば戦は回避される可能性があるわけか。じゃあ、あとはどうやってキヤトの本陣までたどり着くかだな」
「しかし、総攻撃までもうあまり時間がないぞ」
「それは、大丈夫でしょう。シギが言うには、シャンバラには神器というものがあって、その威力はキヤトの軍を返り討ちにするそうです。それがわかっていて、あの男がみすみす勝てない戦を仕掛けるはずがありません」
「むう、あの大軍を打ち破る兵器とな。神器というのは一体どんなものなんじゃろうなあ。イズナよ、おぬしもかつてはシャンバラの民だったはず、何か知らぬか」
田常にそう訊ねられて、イズナは首をひねった。
「神器ですか……そういえば、シャンバラに伝わる古い伝説にそのような言い伝えがあります」
「どんな話じゃ、語って聞かせい」
「しかし、子供に聞かせるような話ですから」
「それで構いません。是非教えてください」
三人にせがまれて、イズナは神器に関する物語を始めた。
それは、遠い昔のシャンバラの建国に関する話だった。
* * *
のちにシャンバラの初代国王となるギケイは、そもそもは遠い海の向こうの国から安住の地を求めて仲間達と旅を続ける放浪者だった。
旅の途中に訪れた崑崙山脈のふもとで、ギケイ一行は親からはぐれたという不思議な七人の童子と出会う。
ギケイには二人の子供がいた。クロウとセイの兄妹だ。
七人の童子と仲良くなった兄妹は、一行と分かれて彼らを親元に帰してあげることにする。
天までそびえたつ雪山や、生き物一つすまない塩の湖、燃え盛る砂漠といった七つの難所を乗り越えて、兄妹は七人の童子を無事に両親の元に送り届けるのだった。
すると、どうだろう。
童子たちとその両親の姿はみるみる変異し、異形の姿に変わった。
実は彼らは人間ではなく、火をつかさどる神の一族だったのだ。
火の神は、クロウとセイの二人が七人の童子を連れて七つの難所を越えた「七子七難」に報いるため、二人の子孫が四十九代に渡って長く繁栄するようにと贈り物をした。
それが鉄砲と火薬の技術であり、二人はその後ギケイたちと合流して、鉄砲の威力でシャンバラの国を作り上げることに成功した。
現在のシャンバラ王家は、二代目国王となったクロウとその王妃セイの子孫であり、シャンバラの国は四十九代の長きに渡って繁栄することが約束されているのであった。
そして、もう一つ。
火の神が贈ったのは鉄砲だけではなかった。
同時に、神器と呼ばれるいくつかの不思議な道具も贈られていた。
しかし神器は、そのほとんどが人間には理解できない神の業で作られ、人間には扱うことが出来ないものばかりだった。
このため、いつの日かシャンバラの民が危機に瀕したときにその威力を発揮できるよう、シャンバラ城のどこかにひっそりと封印されているという。
* * *
「とまあ、こんなカンジです。おとぎ話のようなものですから、あまり参考にはならなかったでしょう」
そういって頭を掻くイズナに、リルが不審気に訊ねた。
「いや、参考になるならんより、チョット気になることがあるんだが……クロウとセイってのは最初兄妹だったろう。それが最後のほうでいつのまにか王と王妃になっているのはどういうわけなんだ?」
「それは、その、……おとぎ話ですから」
「おとぎ話だからって、めちゃくちゃ気になるところだろう! シャンバラの国のヤツはそこには突っ込まないのか!? だって、自分トコの国王が近親相姦の変態か否かの瀬戸際だぞ!」
憤るリルを、安樹があわててなだめる。
「まあまあ、聞くところによると、昔は王族の近親婚は珍しくなかったらしいですよ」
「むう、そんなことより先を急ぐのじゃ。神器の正体も分からんことじゃし、この城に長居は無用じゃからのう。一刻も早く脱け出して、キヤト族の本陣に行く作戦を練らねば」
安樹と田常に諭されて、リルはしぶしぶと先へと進んだ。
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