第43話 最強の盾と最強の矛がぶつかったら

 それから一行はイズナを先頭に、腰縄をつけられた安樹、縄の端を持った田常の順番でシャンバラ城の城門をくぐった。

 門を警備している番兵に向かって、イズナが慣れた仕草で敬礼をする。


「キヤト族の間諜を捕縛いたしました。女王陛下よりシャンバラ城の地下牢に入れるようにとの命を受けております」


 王宮の警備兵たちは、かまっていられないとばかりに顎で中へ入れと合図をした。

 門を抜けて、いよいよ城内へ入る。


 シャンバラ王城の内部は、壁や床がすべて磨かれた木で作られていた。

 派手さはないものの決して質素な作りではなく、あちこちに洗練された装飾が施されている。


(なんだろう? はじめて見るのに、この懐かしい感じ)


 あたりをキョロキョロと見回していると、田常が安樹を叱りつけた。


「何しとる、さっさと歩くんじゃ!」


 安樹は、我に返って先を急いだ。

 三人が歩くと、木の床を踏む足音が薄暗い城内に響きわたる。

 その音に安樹は生きた心地がしなかったけれど、途中すれ違った兵士たちはみなそれぞれ忙しく、安樹たちを気にとめる者はいなかった。


 見取り図によれば、目指す地下牢は王城の地下三階に位置している。

 地下へ下りると、室内の華やかな装飾が一転して無骨な石造りに変わった。ここまで来ると、行き交う兵士もほとんどいなくなる。

 安樹たちは難なく地下三階の牢の入り口までやってきた。

 地下牢の出入り口には鉄格子で出来た大扉があり、警備兵たちの詰め所が作られている。


「お気をつけ下さい。ここから先の見取り図は少し古いので、今と警備の様子は違うかもしれません」


 そうささやいてから、イズナは警備の兵士たちに敬礼を送った。ここでも警備兵たちは不機嫌そうだ。

 鉄格子を開けながら、仏頂面を向けてくる。


「こんな時間になんなんだ。ただでさえこっちは人手不足だっつうのに」

「こいつはキヤト族の密偵です。速やかに尋問するようにと女王陛下直々のの命令が出ております。ご心配なく、尋問室をお貸しいただければ、皆さんにお手間は取らせません」

「尋問室? ああ、拷問部屋のことか。じゃあ、そうしてくれ」


 警備兵は、交代の人員が足りなくて何日も勤務が続いていることを愚痴りながら、三人を地下牢に通した。


 地下牢に出ると石造りの長い廊下があり、そこからさらに囚人ごとの房に分かれている。

 安樹の鼻に、湿気と腐臭の混じった独特の臭いが飛び込んできた。それは、安樹にとって慣れ親しんだ臭いだ。オルド・バリクでもシャンバラ城でも、地下牢の臭いは同じらしい。


「王族の特別牢は、さらにこの下の階です」


 図面を見ながらイズナが先を急ぐ。

 一行が最深部への階段をくだろうとすると、後ろから声がした。


「おい、おまえら! そっちは立ち入り禁止だ! 幹部以外は入っちゃいかん!」


 一人の兵士が、不審そうな顔で近づいてくる。


「しかし、シズカ女王陛下の命令で」


 イズナが答えると、兵士はさらに顔をしかめた。


「おいおい、ここはあの殺戮公子のいた特別室だぞ! 王族であっても規則は曲げられないってのは常識だろ! おまえら、ほんとにウチの兵隊か!」


 兵士は不審気な面持ちで、腰にさげていた短銃に手をかける。


「わ、私たちは……」


 イズナの声が上ずる。その時だった。


「いやいや、面目ない、どうも、田舎から出てまいったばかりなものですから」


 田常が兜を脱いで、白髪だらけの薄くなった頭をさらけだした。


「こんな年寄りでも、お国の一大事と志願させていただきまして」


 年寄りの姿を見て、兵士の警戒心は消えてしまったようだ。短銃から手を離して、やれやれとため息をつく。


「じいさん、その年で新兵かい。そりゃご苦労なこった。覚えときな、この先は女王陛下の叔父にあたる悪名高きギチョウ公子が幽閉されていた特別室だ。まあ、公子がいたのは十年以上前の話だがな。で、その殺戮公子が脱獄したときに、公子の姉上のセドナ姫が手引きをしたんじゃないかってんで、例え王族でも口出し無用、ってことになったのさ。以来ここの規則は議会の承認がなきゃ変えられない。ましてや俺たち下っ端がうっかり規則を破ったらあっというまに縛り首だぞ。さっさと行け。拷問部屋は三階の突き当たりだ」

「ご親切にどうも、お礼に、面白いことを教えて差し上げましょう」


 田常は下品な笑顔をつくると、もみ手をしながら兵士に近づいた。


「なんだ?」

「昔、どんな盾でも貫く矛と、どんな矛でも通さない盾があったそうなんですじゃ」

「ふん、それで?」

「では、その矛で、その盾を突いたら、どうなりますじゃろうか?」

「そりゃあ、おまえ、なんでも貫く矛と、なんでも通さない盾だと……んん、どうなるんだ?」


 兵士は、腕組みをして頭をひねる。


「教えて差し上げましょう。ちょっと耳をお貸しくだされ」


 田常は兵士の傍らにそっと近づいて、耳打ちをした。


「最強の矛と、最強の盾、この二つがぶつかりますと」

「ふんふん」


 次の瞬間、田常は後ろ手に隠した金属の盾をふりあげて兵士の後頭部を痛打する。兵士は声も上げずに昏倒した。


「手がしびれるのですじゃ」


 田常は、兵士を殴った腕のしびれをとるために二・三度腕を振った。

 イズナはすかさず倒れた兵士の懐を探って鍵を取り出すと、足を引きずって階段の隅に兵士の身体を隠す。


「リルディル様の部屋はすぐそこです。いつ他の兵士にみつかるやもしれません。急ぎましょう!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る