第42話 盾作り、再び再会する

 二人がシャンバラの首都キサナドに到着したのは、その日の夜半過ぎだった。


「これが……幻の国シャンバラの王都……ですか?」


 幌付き馬車の荷台から顔を出した安樹は、なんとも言えない表情になる。

 王都というからには洛陽のような大都市を想像していたのに、キサナドの街は予想以上に閑散としていたのだ。

 周辺と街を区画する城壁もなく、夜だというのに家々には明かり一つ灯っていない。

 もちろん、戦争に備えて街の人々も避難しているからだろう。

 だが街が暗いというだけではなく、そもそもキサナドの建物はすべて貧相な木造家屋だった。


「鉄砲なんてスゴい武器を持っているからどんなにすごいのかと思っていたんですけど、それほど豊かな国ってわけではないんですね」


 がっかりしたような安樹の言葉に、イズナは笑った。


「家が木造なのは貧しいからではなく、それがシャンバラの文化なんです」


 馬車は速度を落としてゆっくりと街中に入った。

 街の入り口からは、整備された幅広い道が一直線に中心部へと続いている。

 その大通りを更に進むと、そこには四方を濠で囲まれた真っ白い城があった。

 城は、これもよくみると大部分が木造である。

 戦争になったら火をかけられて終わりだろうと思う半面、洛陽にある金帝国の城やキヤト族のオルド・バリクにはない洗練された美しさが安樹の心を打った。


 さすがに城の周辺には篝火が灯され、警備の兵士たちの姿もある。

 イズナは警備兵たちを避けるように馬に鞭を入れると、城から少し離れた路地裏に馬車を止めた。

 そこにいたのは、シャンバラ兵の制服に身を包んだ田常だった。


「田常様、安樹様をお連れしました!」


 イズナは御者台から飛び降りると、老いた盾作りの傍らに駆け寄った。


「おう、ご苦労じゃった」


 彼女の田常に対する態度は、どうみても愛しい恋人にむけるものだ。

 田常とイズナの年は倍以上、下手すると三倍違うはず。祖父のどこにそんな良さがあるのか、安樹には正直見当もつかなかった。


 田常は、ちらりと安樹の背負っている木の鞄に目をやった。


「できたようじゃな?」


 安樹は黙ってうなずく。

 それを見て、田常はやれやれとばかりに肩をすくめた。


「もしそれが真に鉄砲を防ぐ盾ならば、シャンバラの連中はお前を生かしてはおくまい。かといって鉄砲を防げない盾ならば、シャンバラ兵の攻撃から身を守ることはできぬ。これもまた矛盾、いや、銃盾というわけか。とにかく滅多なことでは、人に見せるでないぞ」


 師匠の忠告にうなずくと、安樹は深々と頭を下げた。


「お心遣いありがとうございました。ここからは私一人でやります。姫様を救い出すのは夫である私の役目。師匠たちに迷惑はかけられません」


 思いつめたように切り出した安樹の言葉を、田常は鼻で笑った。


「調子のいい時だけ師匠呼ばわりしおって。孫の嫁といえば、自分の嫁も同然じゃ。わしゃ決めたんじゃ。あのお嬢ちゃんを助け出して、一緒に風呂に入る」


 兵士姿の田常は、迷い村でみせていた姿とはうってかわって矍鑠かくしゃくとしている。

 とても六十過ぎの老人とは思えなかった。

 それだけではない。

 田常は、誰に支えられることなく自分の足で地面に立っていた。


「なに馬鹿言ってるんです! 第一、足はどうしたんです!? 一人では歩けないんじゃなかったんですか!」

「歩けないフリをしておったのじゃよ。その方が女子受けがよいからな。もともとこの義足はわしの作った特別製で、歩くことくらい造作もない。なんなら走ってみせてもよいぞ」


 そう言うと、田常はその場で屈伸を始める。安樹は呆れた。


「じゃあ、じっちゃんはいままで皆を騙してたってことじゃないか。イズナさん、聞きましたか?」

「まあ、田常様ったら、お茶目さん」

「お茶目さんって、それでいいんですか?」

「おまえは、いちいちうるさいぞ。お嬢ちゃん救出の作戦はもう考えてあるんじゃ、つべこべ言わんと始めるぞ」


 それから田常は、手にしていた縄で安樹の胴体を縛り始めた。


「何するんですか?!」

「まあ黙って聞くのじゃ。イズナ、説明しておやり」


 イズナが話すリルディル救出作戦はこうだった。


 田常とイズナがシャンバラ兵に成りすまし、拘束した安樹を連れてシャンバラ城の地下にある牢に向かう。

 地下牢は敵国の密偵や政治犯を収監することになっており、キヤト族のスパイを捕らえたフリで行けば問題なくたどり着けるはずだった。


「リルディル様は地下牢の一番深いところにいらっしゃいます。捕虜としての価値がないなら見せしめに処刑せよとの声も強かったのですが……」


 女王が強く反対したのと、シャンバラの文官が「万が一、戦さに敗れた時にそなえて生かしておくべきだ」と主張したため、リルは手つかずで放置されているのだそうだ。

 安樹は不思議に思ってたずねた。


「イズナさん、なんでそこまでシャンバラに詳しいんですか」


 今度はイズナの代わりに田常が答えた。


「イズナは迷い村の他の住民と違って、もともとシャンバラの出身だったんじゃ」

「私の父は、このシャンバラ城の親衛隊長でした。しかし、よくある権力争いに巻き込まれて処刑され、私たち家族は国外追放になったのです。行くところがなくなった私たちを救ってくださったのが、田常様でした」

「そうだったんですか」

「当時のツテが残っていて、いろいろな情報が入ってくるのです。兵士の制服や城内の見取り図もその筋から手に入れることが出来ました」


 イズナはそう言って、懐から城の図面を取り出してみせた。

 田常は続けた。 


「あの女王様な。わしらに、いい村をくれおったよ。開拓中だというから、どんな荒地を押し付けられるかと思ったがとんでもない。土地は肥えておるし、水はけもいい。あれなら、わしがおらんでも心配することはあるまい」

「じゃあ、じっちゃんは村には戻らないつもりなのか?」

「さっきも話したとおり、イズナはもともと国外追放の身じゃ。身元が明らかになればどんな目に合わされるかわからん。それに彼女自身、父の仇であるこの国の世話になるのは真っ平ゴメンというわけでな。おぬしたちを助けたついでに、わしらもシャンバラを出ることにした」


 田常がそう言うと、イズナは頼もしげに老人の手を握った。


「まあ、この年の差じゃから祝言を挙げるというわけにもいかんが、わしはイズナに約束したんじゃ。命尽きるまで彼女とともにあるとな」


 彼女が前に話した「田常は誰よりも大きい」というのはこういうことなんだろうか。安樹はなんとなく納得して、祖父であり師匠である老盾作りに耳打ちした。


「そんなこと言って、じっちゃんその約束したの、何人目だよ」


 それを聞いた田常は、ワハハと声を上げて笑った。


「ようし、行くぞ! お嬢ちゃんの救出作戦開始じゃ!」 


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