第41話 王都キサナドへ

 イズナに導かれて、安樹は狭い横穴を這うように進んだ。

 そして半刻ほどで小高い丘の上に顔を出した。

 

「フウ、久しぶりの太陽だ!」


 穴から抜け出た安樹は、肩に担いだ木製のカバンを下ろすと大きく伸びをする。


「見張りの兵士たちが間抜けで助かりましたね」 


 イズナは、安樹の傍らで片膝をついて控えていた。

 彼女が身に着けているのは、さすがに迷い村にいたときの露出の多い服ではなく、シャンバラ兵の制服だ。

 その態度は年若い安樹に対してもまるで田常に仕えるかのように恭しげだった。


「イズナさん、ありがとうございました。でも、どうしてここに?」

「田常様のお言いつけで参りました。安樹様がかならずリルディル様の救出にお見えになるので、お助けするようにと」

「やっぱり洞窟内に落ちていた目印は、じっちゃんの仕業だったのか」


 うなずく安樹に、イズナは北の方角を指し示した。


「あちらをご覧ください」


 丘の上からは、北にある国境の壁とその先に広がる砂漠が見て取れる。その砂漠には、もうもうした土煙が上がっていた。

 

「キヤト族の軍勢です」


 十万の軍勢というのは誇張ではないらしい。

 それどころか、その二、三倍はいるようにも見える。


「あれはまだ先遣隊です。ボドンチャルの率いる本隊が到着次第、総攻撃を仕掛けると思われます。両軍の衝突まで、あと一両日といったところでしょう」


(このうえに、さらに本隊が来るっていうのか!?)


 対するシャンバラの国境砦にも兵士たちがびっしりと張り付いている。

 しかし、戦力の差は明白だった。

 いくら高い防壁で国境を覆い、鉄砲という最強の武器を並べたとしても、数十万の騎馬兵の総攻撃を食い止められるとは到底思えなかった。


(しかし……)


 安樹の脳裏をシギの言葉が横切る。

 キヤト族を最もよく知る軍師は「このままでは、キヤト族は返り討ちにあう」と言った。「秘密兵器がある」とも。

 にわかには信じられない話だけれど、まったくのデタラメとも思えない。


「どちらが勝つにしても、リルの身が危ない。急いで助け出さなきゃ」


 思わずこぼれた安樹のつぶやきに、イズナが答えた。


「リルディル様は、キサナドにあるシャンバラ城の地下牢に幽閉されています。キサナドは、ここから南に二百里行ったところにあるシャンバラの王都です」


 そう言えば、シギも同じようなことを言っていたっけ。リルがシャンバラ城に幽閉されているのは、どうやら間違いないらしい。


 安樹は振り返って南の空を眺めた。

 丘の南はシャンバラの領内だ。

 そこには見渡すような青空と緑の平原が続いていた。


「二百里……か」


 当然、歩いて行ける距離ではない。途方にくれる安樹にイズナが言った。


「大丈夫、今から馬車を飛ばせば夜の内に到着できます」

「連れて行ってもらえるんですか」

「安樹様がお望みなら」

「是非、お願いします。なんとお礼をしたら良いやら」


 安樹が頭を下げると、イズナはウフフと微笑んだ。


「お気になさらず。私は田常様のご命令に従っているだけですから。実は田常様は、すでにキサナドでお待ちなんです」


 その微笑みはどこか艶めかしい。

 無骨な制服姿だというのに、彼女の身体からはいわゆる大人の女性の色香というようなものが滲み出ているようだった。

 安樹は思わず訊ねた。


「聞いてもいいですか?」

「何なりと」

「じっちゃん……ではなくて、師匠のどこが良いのです? 師匠は贔屓目に見てももう老人です。それに比べてイズナさんは美人だし、他にもいい男は沢山いるでしょう」


 安樹の質問をうけて、イズナはまた妖艶な微笑みを浮かべる。


「大きさ、でしょうか。私は田常様より大きな殿方を知りません」

「は、はぁ」


 彼女の色気に圧倒され、安樹は言葉を継げなかった。


(大きいって……人間がってことだよな……きっと)


 丘の外れにイズナの用意した馬車があり、二人は早速それに乗り込んだ。御者台にイズナが座り、安樹は荷台の幌の中にもぐりこむ。


「シャンバラ国内はキヤト族の襲来に混乱しています。道中に危険はないはずですが、できるだけ身を潜めていてください」


 そう言って、イズナは馬に鞭を入れた。


 *        *        *


 国境から首都キサナドまでの距離は馬車で半日かからないという。

 道中、イズナがシャンバラについての知識を教えてくれた。


 シャンバラ国は中央アジアの南側に位置し、周囲をコンロン・アルチン・カラコルム・チェーリンという四つの険しい山脈に囲まれた盆地帯である。

 このため、砂漠と接するあの巨大な壁の砦が唯一の他国との国境となっていた。

 当然、キヤト族との戦いもそこが主戦場になるだろう。


 途中、いくつかの村を通り過ぎた。

 シャンバラの主な産業は農業で、国内は北の砂漠からは想像も出来ないくらい緑にあふれていた。

 水田は青々として、畑には実った野菜が収穫の時を待っている。

 しかし、住民の姿はどこにも見当たらなかった。

 それどころか、街道をすれ違う者すら一人もいない。


「シャンバラの民は、王令により避難を命じられています。軍は国境で総力戦を行う方針で、シズカ女王も国境砦に向かうそうです。現在、王宮には最低限の兵士しか残されていません。リルディル様を助け出すなら、今が絶好の機会でしょう」

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