第40話 盾つくり、再び歩き出す
三日後。
安樹は迷い村を後にした。
肩には大人の背丈の半分ほどもある大きな木製の箱がくくりつけられている。
向かう先は、もちろんリルが捕らえられているというシャンバラ城だ。
シャンバラの国内に入るためには国境を越えなければならない。
シギの残した鑑札を使えば簡単だろうけれど、とてもそんな気にはなれない。硬い溶岩の床に叩きつけると、四角い木の札はあっけなく真っ二つに割れた。
安樹には、考えがあった。
イセ侍従長の弁によると、開明獣はシャンバラ国内に出没して被害を与えていたらしい。
ということは、開明獣の棲むこの洞窟からシャンバラにぬける道があるはずだ。
それだけじゃない。
最初に安樹たちが訪れた洞窟の入り口には人が立ち入った様子はなかった。
つまりシズカ女王御一行様は、シャンバラ国内にある別の出入り口から洞窟にやってきた可能性が高いのだ。
光ゴケの明かりを頼りに、安樹は洞窟の中を探索した。
洞窟の床は固い溶岩だけれど、ところどころ生えるコケには人間の足跡が残っている。
そんな足跡の一部に、安樹は桃色に光るものを発見した。
開明獣の殻の欠片だった。
人の爪ほどの大きさに切り出された桃色の欠片が光ゴケにまぎれて落ちている。
ふとみると、しばらく行った先にも同じような欠片が落ちていた。
もちろん、あれだけ硬い開明獣の欠片が、自然にこんなところに落ちているわけがない。
(……じっちゃんか)
更に進むと、また桃色の欠片があった。
シズカ女王たちは、迷い村の住人を洞窟から連れ出すのにシャンバラ国内に通じる出入り口を使ったのだろう。そしておそらく田常が、後から来る安樹のために目印を残してくれたのだ。
安樹は、点々と続く桃色の欠片を頼りに先へと進んだ。
目印は洞窟の奥へ奥へと安樹を導いていく。安樹の頭の中を不安がよぎった。でも今はこの欠片を信じるしかない。
半日ほど歩いただろうか。
ようやく行く手に、光苔の青い光とは違う力強く温かい光が現われた。
(これは、陽の光だ!)
安樹は、我知らず光の差す方に駆け出していた。
徐々に道幅が広がっていく。
やがて、道の先に家一軒ほどもある大きな光の玉が現れる。
目を凝らすと、それは光の玉ではなく洞窟の出口だった。
まばゆいばかりの太陽の光が注ぎ込まれて、暗闇に慣れた安樹の眼球に鋭く突き刺さってくる。
(外に出られるぞ!)
出口に向かおうとして、安樹は足を止めた。
光の中に人影があった。洞窟の出口付近を数人の男たちが取り囲んでいる。そっと忍び足で近づくと、見張りの兵士らしかった。
安樹は慌てて岩陰に身を潜める。
すると兵士の一人があくびとともにボヤキ声を上げた。
「なあ、いよいよ蛮族が攻め込んでくるってのに、なんでオレたちはこんなところの警備をせにゃならんのだ?」
もう一人の兵士が答える。
「そりゃあ、おまえ、この洞窟は天翔山に通じているからな。ここを通って蛮族たちが襲撃してくるかもしれないだろ」
「かぁ、相手は蛮族だぞ。そんな知恵があるわけねえだろ。国境砦の前の砂漠には十万の騎馬兵たちが集まってるそうじゃないか。どうせ人数をたよりに正面切って突撃してくるに決まってる」
安樹は、息を殺しながら兵士たちの様子をうかがった。
人数は四人。
いずれも鎧に鉄砲で武装した屈強な男たちだ。
しかしその勤務振りは怠慢そのもの。万が一に備えて洞窟の警備にあたっているけれど、まさかここから人が来るとは思っていないようだった。
「ヤツラもかわいそうに。蛮族ごとき何万人来ようと、我らシャンバラの鉄砲の盾を突破できるはずがない。死にに来るようなもんだ」
「それに、中央砦にはシズカ女王様も来られるらしい」
「あの若さでなかなかどうして、伝説の魔獣を倒しただけじゃなく、蛮族の女将軍まで捕虜にして凱旋なさったそうじゃないか」
「そうらしいな、それにあの美しさだろ。やっぱりオレもこんな洞窟警備じゃなくて、最前線でシズカ女王の号令の下に戦いたかったなあ」
キヤトの大軍に取り囲まれているというのに、シャンバラ兵たちの口調はどこかノンビリしている。
それほど自国の戦力に自身があるのだろうか。
(さあどうする? どうやってここを突破する?)
安樹は、周辺を見回した。
不思議と気持ちは落ち着いている。
長く洞窟にいてわかったのだけれど、自分が暗闇にいれば明るい所にいる他人からみつかる心配はない。
つまり闇の中にいるうちは安全で、光のある場所に出たときこそが危険なのだ。
コツン
背後で石のぶつかる音がした。
みると、洞窟の一角に今にも崩れそうなひび割れが入っているところがある。どうやら、そのひび割れから石がこぼれ落ちたらしい。
(いま、変に音がするのはマズいな)
安樹は、石が落ちるのを押さえようとひび割れに近づいた。
そのときだった。
ひび割れた岩壁が突然崩れだし、その向こうから一本の手が飛び出して安樹の右手首を掴んだ。
(*#$%!!)
思わず叫びそうになるのをグッと堪えて、岩肌に開いた横穴を凝視する。
そこには、埃にまみれた女性の顔があった。
女性は安樹をみるとニッコリと微笑んだ。その笑顔には見覚えがある。
迷い村で田常の傍らにいた半裸の美女、イズナだった。
彼女はささやいた。
「この横穴の向こうに、見張りのいないもう一つの出口があります」
ほぼ同時に、背後から見張りの兵士たちの声が聞こえてくる。
「どうした? 誰かいるのか!」
「いるなら出て来い!」
「おい、たいまつを持って来い!」
イズナに手を引かれて、安樹は滑るように横穴に入り込んだ。
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