第39話 軍師、盾つくりに正体を明かす
安樹の突然の行動に、黒衣の集団が殺気立つ。
シギはそれを片手で制すると、柔らかな笑顔で言った。
「いったいどうしたんだ、キミらしくもない」
しかし、安樹の目は冷え切っていた。
「すべてあなたの計画だったんでしょう。今にして思えば、私たちが駆け落ちしてシャンバラを目指したのは、あなたの巧妙な誘導でした」
もちろん、シャンバラ行きを決めたのは安樹とリル二人の意志だった。
しかし思い返してみると、その決定にはあちこちでシギの助言が関わっている。
「シャンバラに通じているあなたなら、鎖国で入国できないこともわかっていたはずです。なのになぜ、私たちにシャンバラ行きをそそのかしたんです?」
それまであんなに親切だったシギが、なぜ安樹たちを窮地に追い込むようなことをしたのか?
「おいおい。ちょっと落ち着いたらどうだい?」
シギはなんのことかわからないといった様子で肩をすくめる。
そこで安樹は、とっておきの一言を口にした。
「とぼけないで下さい。あなたが契丹人だというのは嘘で、本当はシャンバラ出身なんでしょう」
安樹を見るシギの目つきが、みるみる険しくなっていく。
「ほう、盾作り風情が、どこでそれに気が付いた」
その口調が一変した。
「はっきり確信したのは、今あなたの言葉を聞いてからです。シズカ女王をはじめシャンバラの人の話す漢語には独特の訛りがありました。どこかで聞いたような訛りだと思っていたのですが、あなたの話し癖と同じです。間違いない。あなたはシャンバラ人ですね」
シギがシャンバラ出身なら、鎖国で閉ざされた幻の国に密偵を送れることにも説明がつく。しかし、理解できないこともあった。
「そのあなたがなぜです? あなたになら、姫様がシャンバラに捕らえられることも、ハーン様が姫様を奪還しようと兵を挙げることも、簡単に予想できたはずだ。なのに、どうしてみすみす自分の国が危機に陥るようなことをしたんですか?」
シギの歪んだ口元から、笑いがこぼれた。
「フフフ、ハハハハ、どうしてかだって? 教えてやろう。それが、俺様の生きる目的だからさ」
以前の優しい兄貴分だった聡明な軍師の姿はそこにはない。
「俺様は、本来シャンバラ王になるはずの人間だったんだ。それが、国を追われてもう十年。十年だぞ。この十年の間、俺は復讐だけを胸に生きてきた。俺がキヤト族の軍師になったのは、いつかキヤト族の力でシャンバラに復讐しようと考えたからさ。そのためにボドンチャルみたいなワガママオヤジにへいこらしてるってのに、あのクソオヤジ、鉄砲にビビってなかなかシャンバラを攻めやしねぇ。もたもたするうちに、ションベンたれだったシズカのヤツが女王に即位しやがった。まったく冗談じゃねえ」
端正な顔は醜く歪み、口から発せられる言葉にはおよそ人の温かみというものが感じられなかった。
「しょうがねえから、おまえらを利用させてもらったんだよ。おまえも、リルディルも見事なくらい計画通りに動いてくれて助かったぜ」
シギの告白に、安樹は頭を殴られたような衝撃を受けた。
安樹もリルも、この男の手のひらの上で踊らされていたというのか?
「それじゃあ、ボドンチャル様がリル様を疎ましく思って引退させようとしていたというのは、嘘だったんですか」
「あのクソオヤジが娘をクビにしたがってたのは本当さ。まあ理由は、そろそろ花嫁姿を見せて欲しいとか眠たい話だったけどな。そこで俺は言ってやったんだ。『リルディル様を上手く扱えるのは、年がずっと上で、偉大なるハーン様に負けず劣らず威厳のあるケレイト族のハーンしかおりません』ってな」
安樹は、シギをにらみつけた。
「私がボドンチャルに密告したらどうするのです。あなたの命はありませんよ」
そう言われても、シギは余裕の表情を崩さなかった。
「はぁ? 頭がイカレたのか? おまえはキヤト族の勝利の女神をかどわかしたお尋ね者だ。キヤトの男たちはみなオマエを殺したくてうずうずしてるんだぞ。そんなオマエがボドンチャルに密告するだと? こりゃ傑作な話だ。ハハハハハ、ハーハッハッハッハッ」
豹変したかつての恩人の高笑いを聞きながら、安樹はぐっと唇を噛み締めた。
「確かに、私はもうキヤト族に戻ることはできないでしょう。あなたの裏切りを偉大なるハーンに伝えるのはあきらめます。だがその代わり、もうこれ以上、私と姫様に関わるのは止めていただきたい。キヤト族の大軍が攻め入れば、シャンバラといえど一溜まりもないはず。あなたの願いは叶ったのでしょう。リル様は私の手で助けます。あなたの助けは借りません」
完全なる決別の言葉だった。
しかしシギは狂気がかった笑みを顔に貼り付けたまま、目の前に突き出されたノミの刃を生身の左腕で握りしめた。
「ふん、一介の盾作りが知っていいことじゃねえが、せっかくだから教えてやろう。シャンバラには隠された秘密兵器があるんだ。このままじゃあ、キヤトの軍勢といえど返り討ちにあう。そこで、赤き狼にもう一働きしてもらおうってわけさ」
「騙されたと知って、リル様が貴方に手を貸すはずがないでしょう」
シギの掌から血が滴り落ちる。
「手を貸すさ。じゃなきゃ大勢のキヤト族の兵が無駄に命を落とすんだからな。狼ってのは群れ意識が強い生き物だ。生まれついての性質はそうそうに変わるモンじゃねえ。赤き狼に伝えるんだ。仲間の命を救いたきゃ『シャンバラの神器』を破壊しろってな!」
そこまで言うと、シギは滴る血をものともせずノミをひねり上げ、反対の腕で安樹の肩口に手刀を叩き込んだ。
義手の重い一撃を受け、うずくまる安樹の足下に一枚の木札が投げ付けられる。
「シャンバラ国境を越えられる鑑札だ。そいつはくれてやる。だが、俺様の手を借りずにリルディルを助けるってんなら、そこから先は一人でやるんだな。お手並み拝見させてもらうぜ」
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