第36話 幻想の終わり
田常の盾が、シズカ女王の鉄砲を跳ね返した。
最強の武器と最強の防具の矛盾対決はみごと盾側に軍配が上がった、と思いきや――
「次!」
女王の号令が洞窟に響いた。
同時に撃ち終わった銃を兵士に渡すと、今度は別の兵士が弾丸のこもった銃をシズカ女王に手渡した。
女王は、再び銃を構えて引き金を絞る。
パァァァン
二発目の弾丸は破裂音とともに、盾の中に吸い込まれた。
食い込んだ弾丸を中心にして桃色の盾に蜘蛛の巣のようなひびが入る。
「次っ!」
女王はもう一度銃を交換すると、流れるような動きで
パァァァン
三発目の弾は、ひびわれの中心に寸分たがわず命中する。
ひびわれは盾全体に一気に広がり、田常の盾は石床に落ちた陶磁器のように粉々に砕けた。
「うぉぉ!」「やったぁ!」
兵士たちから喝采が上がる。村の住民たちは思わずため息をついた。
ただ、田常とシズカ女王のみが無言だった。
「さすが田常殿の盾」
女王は田常に歩み寄って声を掛けた。
「お言葉どおり、見事にお命を守りましたね。我がシャンバラにとっては、全てを貫く鉄砲こそが、同時にあらゆる敵から国を守る盾なのです。もしこの盾が我が鉄砲を防ぐような事があれば、わらわは田常殿を生かしておくわけにはいきませんでした」
田常は答えず、砕けた盾をじっとみつめていた。
その傍らにイズナがすっと寄り添う。
「これで条件は満たした。約束どおり、皆さんをわが国へご招待しよう」
イセ侍従長は満足げに大声を上げた。
しかし先ほどまでと違って、迷い村の住人からは浮ついた様子が消えていた。
地上に住めるのは嬉しい。けれど村長の盾が破壊されたのを見ると素直には喜べない。そんな複雑な心境なのだろう。
黙ったままの田常に代わって安樹が言った。
「条件は二つでしたよね。もう一つはなんです?」
イセは、安樹にチラリと目をやって答えた。
「そうだった。そちらのほうがおまえには重要だったな。この村の住人には、新しい村への移住を約束しよう。田常殿の孫であるおまえにもそれを認めよう。ただし」
「ただし?」
「この娘は、捕虜として扱う。それが条件の二つ目だ」
侍従長が手を上げると、兵士たちが素早くリルに縄を打った。
不意をつかれたリルは、あっという間に自由を奪われてしまう。
安樹が叫んだ。
「なぜ、妹を!」
「妹だと? しらじらしい。我々の眼は節穴ではないわ。あの恐ろしいカギューの前に一人踊り出る胆力が、盾作りの妹風情にあるものか。聞くところによると、ある蛮族の族長の娘に将軍として前線に立つものがいるとか。まだ若い娘ながらそのものの行くところ常に血の雨が降り、ついたあだ名がキヤトの赤き狼」
イセ侍従長は、捕らえたリルを見てニヤリと笑った。
リルは鋭い目で侍従長をにらみつける。
だが、いくらリルが戦闘に秀でているとはいえ縄を引きちぎる怪力があるわけではない。さらに昨日のリルの俊敏な動きを見ているシャンバラ兵は、わずかな隙も与えないよう油断なくリルの手足を縛り上げていた。
「安心しろ。命まで取ろうとは思わん。われわれシャンバラは蛮族と争うつもりはないのだ。だが、奴らは隙あらば我が国土を侵そうとしている。降りかかる火の粉ははらわねばなるまい。蛮族の姫君であれば、いい交渉の材料になるだろう。村一個分の価値は十分にある」
安樹は、リルを捕らえている兵士に飛びかかった。
「リルを放せっ!」
兵士たちは困惑した顔でシズカ女王の指示を仰ぐ。
シズカ女王は一瞬命令をためらった。侍従長はそんな女王にかわって冷たく言い放つ。
「抵抗するようなら容赦するな」
安樹は、女王にむかって叫んだ。
「話が違うじゃないか、開明獣を倒す手伝いをしたら、二人でシャンバラに、」
言葉はそこで途切れた。シャンバラ兵が食らわせた当て身が、安樹の意識を奪ってしまったからだった。
「アンジュ!」
薄れゆく意識の中で、安樹はリルが自分の名前を呼ぶのを聞いていた。
安樹が目を覚ますと、周囲には誰もいなかった。
光苔の青い光があたりを照らしている。
額にキリで刺されたような痛みが走った。しかし、動けないほどじゃない。
安樹は痛む頭を押さえながら、村をぐるりと見て回った。
迷い村の村人たちは全員村を離れたようだった。
「……じっちゃんも一緒に行ったのか」
田常の住まいに使われていた洞窟の横穴にも人影はなかった。
その代わり、横穴には田常たちが倒した開明獣の殻が残っていた。
部分的に切り取られたあとがある。ここを工房にして、田常は盾を作っていたのだろう。
開明獣の殻をつかった最強の盾。
しかしそれはシャンバラの鉄砲に貫かれ、文字通り砕け散ってしまった。
そして、リル。
(リルを守れなかった。命に代えても守ると誓った宝を)
どこがいけなかったんだろう?
オルド・バリクを脱け出したのが悪かったのか?
それとも、シャンバラを目指したのが間違いだったのか?
安樹はぐっと唇をかみしめる。血の味がした。
(まだだ。まだ私の体には血が流れている。この血が一滴でも残っている限り、絶対に姫様だけは守らなければ)
安樹は開明獣の殻の前に座り込んだ。
殻は桃色に光っていた。
安樹は、リルと初めて出会った洛陽の広場を思い出した。
あのときも、桃色の花びらが舞っていた。
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