第35話 銃 対 盾

 翌朝、安樹は一発の銃声で目を覚ました。


 村の中央で、なにやら人の話し声が聞こえる。

 安樹が行ってみると、田常とイセ侍従長たちがなにやら大声で話をしていた。その周りを村人とシャンバラ兵たちが取り囲んでいる。


「天翔山はシャンバラの領土、この洞窟も同じである。したがって、他国から流れ着いた者が勝手に村をつくることなど許されるはずがない」


 侍従長は、いつもの有無を言わせぬ口調でそう宣言した。


「そんな無茶な!」


 村人の一人が不満の声を上げる。

 それを聞いたシャンバラの兵士が、天井へ向けて威嚇射撃をした。甲高い鉄砲の音が洞窟に響き渡る。先ほどの銃声もそれだったようだ。


「わらわは決して無茶を言っているのではありません」


 シズカ女王が村人の前に進み出た。


「田常殿、よくお聞きください。開明獣の片割れを倒し、また地下にこのような村を作り上げた貴公に、わらわは感動すらおぼえました。しかし、どうでしょう? これだけの住民を、一体いつまで地下にとどめておくつもりです? 陽の光を知らぬ子供たちが健やかに育つとも思えません」


 田常は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 女王はそれを見逃さなかった。


「そこで、提案です。ただちにこの村を解散し洞窟を明け渡しなさい。そうすれば、皆さんにシャンバラへの移民を許可しましょう。開拓中の村を一つ用意します。すぐに楽な暮らしができるとは限りませんが、今までどおり皆さんご一緒に過ごせます。そしてその村の長には田常殿がなっていただく。悪い話ではないでしょう」


 女王の言葉を聞いた村人たちは、田常がなんと答えるか固唾を飲んで見守っていた。

 しかし、みなの表情はおおむね嬉しそうだ。

 誰しも、暮らすなら太陽の下がいいということなのだろう。


 村人の輪の中にいたリルが、安樹のほうに飛んできて耳打ちした。


「村の人たちがシャンバラに入れてもらえるんだと。それなら私たちも大丈夫だな。何といっても、昨日のあの大活躍だし」

「でも、師匠がなんと答えるか……」

「そりゃ承諾するだろう。この村はきれいだけど、長く住むにはちょっとな」


 田常は女王をまっすぐに見据えて答えた。


「実にありがたい話じゃな。しかし、うまい話には裏がある。何か条件があるんじゃろう」


 田常の言葉に、イセ侍従長がふっとほくそえむ。

 その微笑からは余裕が感じられた。


 一晩空けて、配下の兵士たちは体力と気力を取り戻していた。

 村には数十人の村人がいるけれど、そのほとんどが女子供だ。鉄砲を持ったシャンバラ兵と戦えるような戦力は存在しない。


「さすがは田常殿、話が早い。なあに、たいしたことではない。こちらの要求はたったの二つだけだ」

「断るといったら?」


 田常の鋭い視線に、シズカ女王は微笑みを返した。


「それは困りますね。新しい村の村長を誰にするか決めなくては」


 安樹は思わず飛び出そうとした。


「じっちゃんに手出しするな」


 イセ侍従長が安樹の行く手をさえぎる。


「人聞きの悪い言い方は止めてもらおう。シズカ様はシャンバラの女王として、田常殿と取引をなさっておられる。しかし、ちょうど良かった。これはおまえにも関係のあることだ」


 侍従長がニヤリとほくそ笑んだそのときだった。


「女王陛下、発見しました!」

 

 一人の兵士が村の一角から桃色の大きな盾を探し出してきた。

 昨晩田常が話していた開明獣の殻の一枚板で作った盾のようだ。


「!」


 安樹は、そのあまりの美しさに思わず目を奪われた。

 楕円形の盾は、硬い殻の素材をそのまま生かすためだろう、微妙に中央が隆起している。

 その表面は極限に磨かれ、桃色の波紋が広がって絶えず動いているように見えた。


「条件の一つ目が来たようだ。田常殿、この盾は何だ?」


 侍従長の問いに、田常はしぶしぶ答えた。


「開明獣の殻で作った盾じゃ」

「それは一体何を防ぐ盾なのだ?」

「何でもじゃ。この世の武器、全てを防ぐ」


 その答えを聞いて、シズカ女王は相変わらずのゆっくりした口調で言った。


「そうですか。不思議なことに、わが国にも同じようないわれのものがあります。鉄砲という武器なのですが、この世の全てを貫くとされています」


 女王は、田常の盾を岩壁に立てかけさせると、鉄砲を構えて桃色の盾に狙いを定めた。


「しかし、何でも防ぐ盾と、何でも貫く鉄砲の両方が存在するというのはありえない話です。一体どちらが本当か、試してみなければなりません」

「やめろ!」


 女王を止めようとして、安樹はたちまち兵士たちに抑えられる。

 銃を構えたまま、女王はたずねた。


「もう一度お聞きしましょう。田常殿、あなたにとって盾とは何ですか」


 しばしの沈黙のあと、田常は答えた。


「命を守るものじゃ」

「そうですか、それでは」


 女王の白い指が引き金を引いた。

 破裂音が一つ。

 続けて桃色の盾が甲高い音を立てる。

 弾丸が跳ねて火花が飛んだ。


「よっしゃあ!」


 安樹は思わず叫んでいた。村人たちからも歓声が上がる。


(盾が銃を防いだ!)


 安樹の心は躍った。


(これが、じっちゃんの最強の盾だ!)

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