第34話 シャンバラ御一行、迷い村の歓待を受ける
その夜。
迷い村では、開明獣討伐を祝う宴が催された。
洞窟内で取れるキノコや小動物の料理、また天翔山で取れる木の実を発酵させて作ったお酒が振る舞われる。
リルは初めての料理におそるおそる口をつけた。
「ん! これ、美味いぞ!」
ならべられた料理は、どれも意外なほどおいしかった。
また迷い村の村人は、田常を除く全員が女性だった。
肌もあらわな美女たちの歓待に、シャンバラの兵士たちは先ほどまでの恐怖も忘れて宴を楽しんでいた。
田常と安樹は積もる話に花を咲かせた。
田常のそばには、絶えずイズナがかしずいている。安樹の傍らにも背後にぴったりくっついて目隠しをするリルの姿があった。
老盾作りは五年前にオルド・バリクから解放されて、地図の記憶を頼りに天翔山までたどりついたのだそうだ。
天翔山の洞窟を探るうちに、キャラバンからはぐれシャンバラに入ることも許されず路頭に迷う人々と出会った。
そしてその人々に頼られて、洞窟の中で安全に暮らせる村を作ることになったという。
「いやぁ、すまなかった。一刻も早く、最強の盾を作っておまえを迎えに行こうと思っておったんじゃがな」
一応謝ってみせたものの、田常に悪びれる様子はまったくない。
その様子に腹を立てたのはリルだった。
「アンタなあ、アンジュがどれだけあんたの帰りを待っていたかわかっているのか。それなのにこんなところでハーレム作って鼻の下伸ばしやがって。アンジュを迎えに来る気なんて全然なかったんだろう」
安樹にも、いろいろと言いたいことはあった。
もし田常に会うことができたら、なんと言おうか。
この五年間、片時も師匠のことを忘れたことはない。
オルド・バリクで盾作りを再開してから、まだまだ師匠に習いたいことがたくさんあるとあらためて気が付いた。
それに自分で弟子を持ってみると、幼かった自分に一から盾作りを教えてくれた師匠の気持ちもわかったし、感謝の念も一段と強くなった。
そして、何よりもリルとのことだ。
たとえ血のつながりはなくても、安樹にとって田常はたった一人の家族に間違いない。
リルと結婚したことを、まず一番に報告したかった。
しかし実際に会ってみると、そんないろんなことは頭からすっかり抜け落ちてしまった。
まるでちょっと隣町に出掛けて二、三日会わなかっただけのように、田常の隣にいることが自然だった。
「いや、そう言うなって。わしにもいろいろと事情があったのじゃ。何といっても、この足じゃろ」
田常は、そういうと着物の裾をまくってみせた。
ちなみにこの村では、田常だけが普通に服を着ている。
田常の左足は大腿部の中ほどからすっぱりと無くなっており、代わりに木製の義足がついていた。
「開明獣との戦いでな、あいつに食われてしまったのじゃ。おかげで、歩くことすら誰かの助けを借りねばままならん」
けれど「ままならん」という田常の表情からは、少しも困っているといった気持ちが伝わってこなかった。
そのはずである。
田常は両隣に仕える女性の肩に手を回すと、二人を抱き寄せ、その乳をもみ始めた。
「だから、わしはおまえたちが頼りなんじゃ」
二人の女性の方もまんざらではない様子で、田常にされるがままになっている。
「もぉ! こんなの、アンジュは絶対見ちゃダメだからな!」
リルがまた安樹の両目をふさいだ。
「でも、じっちゃん、鉄砲も使わずに開明獣を倒すなんて一体どうやったんだよ」
田常に再会して、安樹の口調はすっかり少年時代のものに戻っていた。
「まあ、そこはそれ、亀の甲より年の功というやつだな」
「けど、ってことは出来たんだよな。開明獣の殻を使った、いかなる武器の攻撃も受け付けない最強の盾がさ」
少し離れたところで酒を飲んでいたイセ侍従長の耳がピクリと動く。
田常は、それを知ってか知らずか言葉を濁した。
「まあ一応、作るには作ったのじゃが、……最強の盾というのもおかしな話じゃ。戦うわけでもない盾が最も強いとはこれいかに」
「オレも作ってみたんだけど、鉄砲には全然歯が立たなかった。でも、じっちゃんは違うよな。ここの人たちが持っている盾は、もちろんじっちゃんが作ったんだろ。すごいよ、盾の中に光るコケを入れるっていうの」
「お、わかるか、おまえにも」
「発想もすごいけど、実際にあれだけ薄くした開明獣の殻を盾に張り合わせるってのは、じっちゃんでないとできない技だよな」
「何いっとる、螺鈿(らでん)や象嵌(ぞうがん)のやりかたは覚えておるじゃろう。あれの応用じゃ。根気さえあればおまえにできんはずがない。だがな、そのやり方では強度はそこそこしか出ん」
「やっぱりそうか。『最強の盾』を作ろうと思ったら、殻の一番厚い部分を使って、しかも盾全体を一枚板で切れ目なく作らないと」
「開明獣の殻で一番硬いのは、殻の後ろ側、心臓を守っている所じゃ。じゃがな、硬いだけではいかん。硬さは脆さに通じる。最強の盾とはそんなもんではない」
盾のことを話し始めると、二人は止まらなくなっていた。
他にどんなに心を許せる人間がいても、盾作り師同士でなければわかり合えないことはある。
リルは、そんな安樹の姿をニコニコしながらながめていた。
いつのまにか目隠し役を忘れて、安樹の肩にしがみついている。
宴は、時の経つのを忘れて続いた。
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