第33話 盾作り、再会する
岩がゆっくりと動き、中から現れたのは人間だった。
数人の女たちが用心深そうにこちらをながめている。
その手には光を放つ桃色の盾が握られていた。光って見えたのはその盾だったようだ。
シャンバラ兵たちは一様に安堵の表情を浮かべる。
すると、女たちの一人が女王の前に進み出た。彼女らの服装は最低限の布地を身につけただけでほぼ半裸に近い。兵士たちは思わず鼻の下を伸ばした。
「アンジュは見ちゃダメだ」
リルが両手で安樹の目をふさぐ。
「開明獣を退治いただき、誠にありがとうございます。私は迷い
女の言葉は流暢な漢語だった。
年の頃は二十歳半ばといったところか。服装のせいもあるだろうが、リルやシズカ女王にはない大人の女性の色気を漂わせている。
豊満な胸に掛かった小さな布地はかろうじて乳房の真ん中にある突起を覆っているだけであり、張り出した臀部も局部以外はほぼ露わになっていた。
「おまえたちは何者だ。この天翔山はシャンバラの領土だぞ。迷い村なるものの存在は聞いたことがない」
イセ侍従長は鋭い声を飛ばした。
しかし、イズナはそれを受け流すように柔らかな笑顔で答えた。
「私たちは好きで迷い村の住人となったわけではありません。キャラバンからはぐれて行くところのなくなった私たちを、親愛なる
「イズナ、と申したな。迷い村とは何処にある? 村長とは何者なのだ?」
「その質問の答えはすぐ明らかになるでしょう。村長さまは、皆さまを迷い村にお招きし、開明獣を倒してくださったお礼の宴を開きたいとお考えです。私はそのためにここへ遣わされたのです」
イズナに案内されて、シズカ女王一行と安樹たちは洞窟の奥に入っていった。
イセ侍従長だけは、最後までこの得体の知れない半裸集団に従うことに反対した。けれど、その侍従長自身の怪我が思いのほか重症で、このまま国に戻ることはできないと女王シズカが判断したのだった。
驚いたことに、彼女たちの住む「迷い村」とは、洞窟の奥、安樹が開明獣を探した場所よりも更に地下深くにあるという。
洞窟に入ると、彼女たちの持っている盾が光を放った。
盾の中には、洞窟内で安樹が見つけた光ゴケが詰められているのだそうだ。
なおもしつこく目隠しを続けるリルの指の隙間から覗き見て、安樹はその盾の工夫に目を見張った。
「この盾の素材は何なんですか?」
光を通し、同時に盾としての強度も保つ。今まで見たことのないものだ。
「開明獣の殻です」
イズナの答えに、今度は侍従長が驚きの声を上げた。
「ということは、おまえたちはカギューを倒したのか!」
イズナはうなずいた。
「迷い村の住人にとって、開明獣は恐るべき天敵でした。何人もの村人があの化け物の餌食になっていたのです。一年ほど前、村長さまと私たちは一致団結してとうとうあの憎き化け物を退治しました。しかし、私たちは開明獣が二匹いることを知らなかった。残った一匹はさらに凶暴になり、私たちの手には負えなくなってしまいました。それを今日、あなた方が退治してくださったのです」
「なるほど、おとなしかった開明獣が凶暴になったのは、つがいの片方を殺されたからだったのですね」
安樹は、リルに目を塞がれたまま手探りで洞窟をくだっていく。
安樹の怪我は見た目ほど重傷ではなかったらしく、布を巻いて血止めをすると痛みらしい痛みは感じなくなった。
階段状になった狭い洞窟をおりながら、リルがイズナにたずねた。
「でもおまえたち、なんでそんな破廉恥(ハレンチ)な格好をしてるんだ。たしかにこの洞窟の中は暖かいけど、いくらなんでもそりゃ裸だろ」
リルの質問に、イズナはぽっと頬を染める。
「私たちもちょっと恥ずかしいのですが……村長さまがおっしゃるには、人間は平等でなくてはならない。そして人間を平等でなくする一番の源は衣服であると。ですから迷い村では、できる限り衣服の着用が禁じられているのです」
それを聞いた兵士たちは俄然、色めき立つ。そんな中、非難の声をあげる者が二人いた。
シズカ女王とリルだった。
「邪教の類ですね。その村長とやら、実に怪しい」
「そいつは男なんだろ。ただのエロオヤジじゃないか」
「だいたい服を着なければ平等というのは大きな誤りです」
「そうそう、ハダカのほうがはっきり差別されることもあるっつうの」
共通の敵を前に、珍しく女同士通じるところがあるらしい。
シズカ女王が身につけている小袖はゆったりしているけれど、それでも細身の彼女が少々残念な体型であることは見て取れた。
リルにいたっては言うまでもない。
二人に非難されて、イズナはあわてて村長を弁護した。
「そんなことはありません。村長さまは素晴らしいお方です。優しくて、強くて」
安樹は、彼女が村長をたたえる口ぶりにどこか聞き覚えがある気がした。
「村長さまって、どんな人なんですか?」
すると、たちまちリルに思いっきり首を絞められてしまう。
「おまえは、目を開けちゃダメだってば」
そんな二人に微笑みながら、イズナは階段の奥を指差した。
「それはご自身でお確かめ下さい。この先が『迷い村』です」
イズナが指した先には、上の洞窟と同じような広い空間が広がっている。
しかし、そこには先の洞窟と決定的に違うところがあった。
洞窟の天井や壁や床などありとあらゆるところに光ゴケが生えていて、まるで昼間の世界のように明るかったのだ。
安樹が開明獣を見つけた小部屋と同じ仕組みだが、こちらはあの小さな部屋とはくらべものにならないほどの広さだった。
広い空洞のあちらこちらに青白い光を纏った大小さまざまの鍾乳石が立ち並び、その有様はまるで巨大なキノコの森のようだ。
思いもかけない幻想的な美しさに、一行は驚きの声を上げた。
やがて、イズナの到着を知って村人たちが集まってきた。数十人いる村人はそのほとんどが若い女性であり、イズナ同様、裸に近い格好をしている。
リルは、安樹の両目をまたしっかりとふさいだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。ここが迷い村ですじゃ」
人垣の向こうから、村長らしい男性の声がした。
安樹は、思わずリルの手を振り払った。
「もう! 安樹は見ちゃダメだって言ってるだろ!」
リルが頬を膨らませるけれど、それどころじゃない。安樹は、村長の声にはっきりと聞き覚えがあった。
「わしが、この迷い村の長でございますじゃ」
人垣が割れると、そこには両肩を女性に支えられた老人が立っていた。
「じっちゃん!」
間違いなかった。迷い村の村長は、五年前にオルド・バリクで別れた墨田常その人だった。
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