第28話 暗黒魔宮、猛毒の撒き餌大作戦

 翌朝。

 シズカ女王が一同に本日の作戦を説明した。


「とりあえず囮役の安樹さんには、洞窟内を動き回ってカギューを発見していただきます。カギューをみつけたら、うまくひきつけながら工房まで戻ってきてください」

「発見するといっても、私はその化け物を知りません。カギューとやらはどんな姿なのですか」


 安樹は心配になって質問した。

 口を開きかけた女王をさえぎって侍従長が答える。


「大丈夫だ。おまえが見つけなくても、カギューのほうでおまえを見つけてくれる」


 侍従長のぞんざいな言い方に、安樹はいっそう不安になった。


「それにどうやってここまで戻るのですか? 洞窟内は迷路のように入り組んでいるのでしょう」


 シャンバラ兵が洞窟内で道に迷ったのは、つい昨日の話だ。

 これにも侍従長が答える。


「もちろん、女王陛下の作戦にぬかりはない。おまえにこれをやろう」


 そういって侍従長が渡したのは、大きな糸車だった。


「この糸車を腰のところにつけて洞窟に入るのだ。そうすれば、歩くごとに糸車から糸が繰り出される。帰りはそれを頼りにここまで戻ってくればよい」


 女王はうなずいて続けた。


「兵士の内二名が工房の入り口付近で待機します。二名は、工房に入ったカギューを逃がさぬよう速やかに入り口を岩でふさぐ役目です。これは侍従長ともう一名にお願いしましょう。もう一名の選抜は侍従長に任せます」

「確かに承りました。本来ならカギューにとどめを刺す役割をいただきたかったのですが、この傷ではそれも無理。とどめは女王陛下にお任せいたしましょう」

「この役目は、カギューに最も近づく非常に危険かつ重要な位置づけです。頼みましたよ」

「ありがたきお言葉。では、キサンタ、手前とおぬしでいこう」


 侍従長は女王に頭を下げると、一人の兵士の名前を呼んだ。

 キサンタと呼ばれたのは侍従長と同じくらい筋骨隆々とした大男だ。

 リルの腰ほどもありそうな二の腕を扱きながら「合点承知」と白い歯を見せる。

 

「工房の奥にわらわと残りの三名が待機し、おびき寄せたカギューを鉄砲で狙い撃ちます。この場所なら湿気もほとんどありません。不発がおこることもないはずです。四丁の鉄砲による総攻撃で、今度こそ確実にカギューを仕留めてみせましょう。以上が、カギューを討伐する作戦です」


 シャンバラ兵たちは、女王様自らが立案した作戦に感動した様子でうなずいている。

 しかし、安樹の胸からは不安が消えなかった。


「そんな単純な作戦で大丈夫なのでしょうか?」


 安樹の反論を、侍従長の大声が封じ込める。


「何を言っとるか! 作戦というのは、単純なほどいいもんだ」


 すると、ちょっと離れたところで聞いていたリルが珍しく侍従長の意見に賛成した。


「そうだな、ハゲの言うことにも一理ある。なかなか良い作戦だと思うぞ」

「ほほう、おまえのような小娘にも、女王陛下の作戦の素晴らしさがわかるか」

「まあな。……ただ残念ながら、この作戦には決定的に欠けているところがあるな」


 リルの自信たっぷりにそう言った。


「教えてやろうか?」


 元万人隊長のリルにとって、軍議の駆け引きはお手の物だ。

 堂々と胸を張ったまま皆を見回すと口の端を上げてニヤリと笑う。

 一同は思わず息を呑んでリルの次の言葉に耳を傾けた。


「それは名前だ。優れた作戦には優れた名前が必要不可欠なのだ。そうでないと、勝ったときに思う存分勝ちどきを上げられないからな。何なら、私がつけてやろうか」

 

 作戦会議が終わると、一同はそれぞれの持ち場についた。


 安樹もリルに手伝ってもらって洞窟におりる準備をする。

 腰に大きな糸車を付け、右手にはたいまつを持ち、左腕には大事な盾をくくりつける。食料と水も持った。

 洞窟に入る安樹に、シズカ女王がにっこりと微笑んだ。


「よろしくお願いしますね。なんと言ってもこの作戦の要は安樹さんなのですから」


 シズカ女王の腕には鉄で出来た大きな黒い筒が抱えられている。

 これがシャンバラの鉄砲の正体だった。

 人の体の半分ほどもある筒の中に火薬と弾を詰めて、火薬が破裂する力で弾を飛ばすのだそうだ。

 想像していたよりも重量感のある代物で、しかも彼女の鉄砲は兵士たちのそれより一回り大きい。


 安樹は思わず尋ねた。


「本当に、女王様も鉄砲を使われるんですか」


 女王の細身の体に大型の鉄砲はいかにも不釣合いだ。

 女王が返事をしようとすると、イセ侍従長がさえぎるように言葉を返した。


「失礼なことを言うな。シャンバラ国王は代々、国一番の鉄砲の使い手であらせられる」


(代々鉄砲の使い手だからって、彼女がそうだとは限らないだろう) 


 安樹の心の内を読み取ったように、シズカ女王は微笑んだ。


「王家の者は、幼き頃より鉄砲を玩具に育っています。国一番かはわかりませんが、化物相手に遅れは取らぬつもりです。ここまでカギューおびき寄せていただければ、わらわの鉄砲で必ず仕留めてみせましょう。ですから、カギューを見つけてもすぐ逃げないでくださいね。じっくりひきつけながら、ゆっくり戻ってきてください」

「きれいな顔して、きつい命令出しますね」


 安樹は苦笑いを浮かべる。

 そんな二人の様子に傍らにいたリルが声を荒らげた。


「おまえな、人の男に手を出したら承知しないぞ。このシャンバラの女狐め」

「人の男?」

 

 あわててリルの口を抑える安樹の額に冷や汗が流れる。


「ははは、人の男兄弟ってことですよ……じっくりひきつけるでしたね。わかりました。それでは、いってきます」


 かくして、リル命名『暗黒魔宮、猛毒の撒き餌大作戦』が開始された。


 安樹は工房から細い通路を通って洞窟の奥へ進み、崖の上に出る。ここから縄ばしごを伝わって崖下にある巨大な空洞へおりていく。

 崖の上では、リルがたいまつを抱えて心配そうに安樹の様子を覗き込んでいた。


「私はここで待機しているからな。困ったことがあったら、私を呼ぶんだぞ!」


 縄ばしごを下りながら、安樹は姫君に片目をつぶってみせる。


「大丈夫。うまくやりますよ」

「当たり前だ。おまえは私のモノなんだから、こんなことで怪我でもしたら承知しないぞ!」

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