第三話『邂逅の詩』②
× × ×
息を切らせて鉄塔の下まで来た真琴は人影を探した。しかし、鉄塔の上には最早それらしい人影は見えない。
──まさか、飛び降りたんじゃ……。
一抹の不安が真琴の脳裏をよぎる。
その時だった。
「誰かを探しているの?」
突然にかけられた声にドキリとして真琴は足を止めた。
声のした方を見ると、鉄塔の上部に設けられた踊り場に一人の少女が立っている。
明るい栗色のロングヘアーに真琴と同じ御代高校の制服を着ていた。
少女は意思の強そうな榛色の瞳で真琴を見つめていた。
『何故、こんな所にわたしと同じ高校の子が!?』という疑問より、鉄塔の人影が気になった真琴は疑問を口にした。
「さっきまで鉄塔の最上部に人がいて……。慌てて駆け付けたんだ……」
「ああ……。ソレはわたくしよ。夜の街を観察していたの」
「か、観察って……」
事も無げに言ってのける少女に真琴は言葉を失った。
どうやって鉄塔に登り、こんな短時間でどうやって降りて来たのだろうか?
ただ……。
驚き、呆れる中で真琴はこの目の前の少女が『アリオ・トーマ・クルス』だという予感を感じていた。
「今、そちらへ行くわ」
そう言うと、アリオは踊り場から身を乗り出して飛び降りた。
ふわり。
高所から真琴の眼前へと柔らかく着地するアリオ。
身のこなし方から、アリオが抜群の運動神経を有しているとわかる。
アリオはしげしげと真琴を見つめた。
「あなた……御代高校の制服を着ているところを見ると、同級生かしら? わたくしはアリオ・トーマ・クルス」
「あ、わたしは真琴。片桐真琴」
「へえ……あなたが?」
意外そうに言うアリオは真琴を知っている様子だった。
「零から名前は聞いているわ。よろしく、真琴」
「よ、よろしく」
「こんな所で自己紹介するなんて、変な感じね」
アリオは自分が起こした騒ぎなど、まるで意に介していない。
「アリオ、笑ってる場合じゃないよ。駅でも大騒ぎになってたんだ。警備の人に見つかったら補導されちゃうよ」
「それもそうね」
そう言うと、アリオは線路脇に設置された扉に手をかけた。
普段は施錠されているであろう重々しい鉄柵の扉が音もなく開く。
「行きましょう、真琴」
アリオは真琴を促すと、扉の先へと姿を消した。慌てて真琴もアリオに続く。
扉をくぐると、すぐに緊急時の非常階段があった。
一番下まで降りると、そこは高架線の真下だった。
人気のない寂し気な遊歩道が線路に沿って延々と続いている。
「この歩道を戻れば駅に戻れるわ」
アリオの指さす方向を見ると、遠く駅の明かりが見える。
帰路を指し示すとアリオは駅と反対方向へと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
声に反応してアリオの足が止まった。
「アリオは……どうするの?」
「どうするって……。帰宅するわ」
「こんな時間に人気の無い場所を歩いてたら危ないよ」
「危ない? このわたくしが?」
アリオは小気味良いとばかりに笑った。
「ご忠告、有難う。感謝致しますわ。でも、心配なさらなくて結構よ」
心配などまるで無用とばかりの言い草だった。
アリオは再び歩き始めた。
「だから待って!!」
「……まだ何かご用?」
「わたしも……途中までアリオと一緒に帰るよ」
「……」
真琴は異国からやって来たという貴族令嬢を心配していた。それこそ、『エリオット』が追いかけている連続少女誘拐事件だって起きているのだ。自分はアリオを送り届けた後、迎えの車を寄越してもらえば良い。
真琴の申し出にアリオは感心した様子だった。
「エスコートしてくださるなんて、片桐商事のお嬢様は紳士的ですのね」
「……女だけどね」
「そうでしたわね」
クスクスと笑うと、アリオは再び歩き始めた。真琴もアリオに並んで歩く。
考えてみれば、誰かと一緒に帰る事は真琴にとって初めての事だった。
友人の居ない真琴は誰かと一緒に登下校をした事が無い。
雅と共に登下校が出来たならどれほど楽しいだろう。と、考えた事はあるが、それは絶対に叶わない夢だ。
計らずもアリオを送り届ける事になったが、真琴は新鮮な気持ちになり、少し嬉しかった。
ただ……。
初めての経験に緊張し、何を話して良いのか全く見当がつかない。
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