第三話『邂逅の詩』③

 不自然に黙りこくる真琴を気遣ってか、アリオが口を開いた。


「そういえば、真琴。あなた、零にブラックジャックで勝ったのですってね」

「……勝ったというか……零がおバカさんっていうか……」

「おバカさん?」


 アリオは真琴の言葉を反芻すると笑った。

 その笑顔に真琴の緊張は解けた。


「……ねえ、アリオ。アリオは鉄塔で何をしてたの?」

「何って……。言ったでしょう。観察してたのよ……人と街を」

「人と街?」

「零から聞いてないかしら? 『エリオット』は『連続少女誘拐事件』を捜査しているの。だから情報収集の為に聞いていたのよ……街の『声』を」

「『声』……」


 アリオといい、零といい……『エリオット』の人間は不思議な事を言う。

 もしかするとアリオは異国の魔術を修めており、それを駆使して本当に『連続少女誘拐事件』を追いかけているのかもしれない。そう考えると、真琴は興味を惹かれたが、これ以上聞けなかった。

 初対面なのに詮索するみたいで気が引けたのだ。


──そういえば……。


 真琴はある事に気づいた。

 アリオの心の声が全く聞こえてこないのだ。

 真琴は不思議なものを見る様な目つきでアリオを見ていた。

 アリオは相変わらず真っすぐに前を見つめ、栗色のロングヘアーを揺らめかせて歩いている。

 いつの間にか会話は途切れ、二人の間を静寂が支配していた。

 どの位歩いただろうか?

 ふと。

 夜風に混じって、もの悲し気な旋律が真琴の耳を撫でた。

 見ると、アリオが歌を口ずさんでいる。

 その歌声は透き通っているが、仄かに哀感が溶け込んでおり、真琴の胸を締め付けた。


「  息がつまりそうな毎日に

   荷物をまとめるのは何度目だろう

   見て見ぬふりをするのはやめて

   もう一歩前へと進みたい


   失うものなど何もない筈なのに

   どうして指が震えるの?

   抑えられない衝動と寂寞


   どんなに忘れようとしても

   いつの間にか心に棲みついて

   どんなに振り払っても振り払っても

   消えることはない Music never leaves me   」


 聞いている内に真琴はとても懐かしい気持ちになった。

 この懐かしさはどこから来るのだろうか? 歌声は悲哀を含んで真琴に纏わりつく。

 美しい歌だがインターネットやテレビでは聞いた事の無い歌だ。


「良い歌だね……。アリオの故郷で流行ってる歌なの?」

「……違うわ。……古い……友人が作った歌よ」

「アリオの友達ってすごい才能の持ち主だね!! わたし、その歌を初めて聞いた気がしないの……とても懐かしく感じるというか……口ではうまく言い表せないけど……素敵な曲だと思うよ!!」


 称賛を惜しまない真琴をアリオはどこか悲しげに見つめた。その眼差しに、真琴は「アリオはどうしてこんな悲しい顔をするのだろう……」と、困惑を覚えた。

 真琴は困惑を打ち払う様に口を開いた。


「やっぱりアリオの友達って凄いよ。そのお友達、作曲家になってデビューできるんじゃないかな?」

「それは……あり得ないわ」

「えっ!? どうして!? こんな凄い曲を作れるのに?」

「……もう死んだからよ」

「……」


 予期せぬ答えに、真琴は一瞬、言葉を失った。


「…………ごめん、アリオ。無神経な事を聞いて……」

「気にしなくていいわ。知らなかったのですもの」

「でも……」

「それはそれは非業の死でしたわ。理不尽な暴力に晒されて……。『死』というものはある日、突然に襲って来る。でも……死してなお、歌は残る……」


 アリオはそう言うと歩みを止めた。

 真琴も釣られて立ち止まった。

 その時。


「おい、女!!」


 突然に遊歩道脇から野卑な男の声がした。

 現れたのは3人の中年の男たちだった。

 確かにアリオの言う通り、暴力という不幸は何の前触れもなく訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る