第三話『邂逅の詩』①

「あはは。それで、怒って帰って来ちゃったの!? 真琴らしい!!」


 病室に雅の朗らかな笑い声が響いた。

 真琴は雅に今日あった出来事を話していた。

 雅はベッドに上半身だけを起こし、楽しそうに真琴の話を聞いている。

 真琴は退院してからというもの、ほぼ毎日の様に雅の元を訪れていた。


「でも、探偵クラブってなんだか楽しそうじゃない?」

「全然、そんな事無いよ。ニュースで『連続少女誘拐事件』ってやってるでしょ? アレを解決するって意気込んでるんだ」

「ほ、本物の事件を追いかけるんだね……」

「ね? 呆れるでしょ? 零って超エキセントリックなんだよ」


 苦笑混じりに言う真琴を雅はじっと見つめている。


──お友達が出来てよかったね。真琴が楽しそうだと、わたしも嬉しいよ。


 雅の穏やかな声が真琴の心中に響いた。


「全然楽しくないよ。それに、部活に入ったからって簡単に友達が出来る訳じゃない。そもそも、『エリオット』には部員が二人しか居なくて……」


 いつの間にか、真琴は雅の心の声に反応して会話をしていた。

 キョトンとした表情の雅に気づき、真琴は慌てた。


「ご、ごめん、雅。わたしばっかり話して……」

「ううん。でも、真琴ってまるでわたしの心を読んでいるみたい。親友って感じだね」

「……そうだね」


 嬉しそうに「親友」と口にする雅を見て、真琴は少し表情を曇らせた。

 『読心』の能力は未だ雅には秘密にしている。それが心苦しかった。

 罪悪感を紛らわせるように真琴は話題を変えた。


「『エリオット』の部長は『アリオ・トーマ・クルス』って言うんだけど、雅は知ってる?」

「『アリオ・トーマ・クルス』? うん、知ってるよ。親しく話した事は無いけど、隣のクラスで、とても綺麗な子だった」


 僅かな学校生活でも雅は『アリオ・トーマ・クルス』を見知っていた。

 美人の雅が綺麗だと言うのだから、『アリオ・トーマ・クルス』はよほど美しいのだろう。


「やっぱり『アリオ・トーマ・クルス』って有名なのか……」


 感心する真琴を見る雅の表情が憂いを帯びたものに変わった。


「ねえ、真琴。……いつも来てくれて有難う。でも……部活とか、お友達と遊ぶとか、学校生活にも時間を使ってね……お願い」


 本音だった。

 雅は真琴の口から自分以外の名前が出た事が嬉しかったのだ。

 病床の自分に時間を割くのではなく、もっと他の事にも時間を使って欲しい……。雅はそう考えていた。


「……雅はわたしが来るのが迷惑?」


 自然と、真琴の口調は不機嫌になった。


「そんな事無いよ!!」


 雅は慌てて否定した。


──真琴が学校での出来事を話してくれるおかげで、わたしも学校生活を満喫できている気がするの。真琴には感謝しか無いよ……。


 口には出さなくとも雅の本音は真琴の胸中に流れ込んでくる。

 しかし……。

 真琴はその言葉を雅の口から直接、聞きたかった。

 『雅は本心を話してくれる。わたしは特別な存在なんだ』と、真琴は安心したかった。

 互いが掛けがえのない存在だと確認したかったのだ。

 そのくせ……。

 真琴は自身の本心を明かさない。

 真琴は臆病だった。


「「……」」


 意図せぬ沈黙に居たたまれなくなった真琴は無理に笑顔を作った。


「……また来るね、雅」


 そう言い残すと真琴は振り返らずに病室を後にした。


×  ×  ×


 病院を出て帰途に就いた真琴は駅のホームに居た。

 雅への一方的な態度を悔やむ真琴の足取りは重い。

 辺りを見回すと、電車を待つ人々は、誰も彼もが手元で光る薄い画面の機械にご執心だ。

 機械と向き合う人々の雑多な声。

 無遠慮に流れ込んでくる声を嫌い、ホームの片隅へとやって来た真琴は空を仰ぎ見た。

 季節が移ろい、夜空で輝く美しい下弦の月を誰も見ようとはしない。

 ふと……。

 真琴は視界の片隅に異変を感じた。

 線路の先に在る斜張橋……その鉄塔の頂上に人影が見える。


「自殺か!?」


 真琴の他にも異変に気付いた人々が驚愕の声を上げた。

 人々は驚きを口にしつつも、撮影機能が内蔵された機械をかざしている。

 その姿はまるで、もの珍しい光景でも目にした観光客の様だった。

 気付くと、真琴は駆け出していた。

 人々のざわめきを背に『立入禁止』と書かれた看板を無視して鉄柵を飛び越える。


──助けなきゃ!!


 真琴は全速力で線路沿いを走り、一直線に斜張橋へと向かった。


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