第二話『探偵クラブ エリオット』③
「……早くカード配って」
「オッケー。じゃあ、配るね♪」
そう言うと、零は自身の手元に二枚のカードを置いた。
ブラックジャックは一枚を表示し、もう一枚は伏せたままにされる。零の手札の一枚はハートのジャックだった。ブラックジャックにおいて絵札(11~13)は『10』としてカウントされる。
「あ、ジャックだ。ラッキー♪」
不敵に笑うと、零は次に真琴のカードを配った。
真琴の前にスペードのエイトが置かれた。そして、もう一枚が伏せたまま置かれる。
「真琴はエイトか。微妙だね」
零はどこまでも挑戦的な口調だった。
真琴は伏せられたままのカードを捲った。
それはクローバーのナインだった。つまり、真琴の手札の合計は『17』になる。零の言う通り、微妙な数字だ。
「どうする真琴? ヒットする? それともスタンド?」
「ヒット?」
ブラックジャックを知っていても、用語までは知らない真琴は尋ねた。
「ヒットはもう一枚カードをもらう事。スタンドはそのまま勝負するって事だよ」
零は「そんな事も知らないの?」という態度だ。
真琴はカードに視線を落とした。
カードの合計は『17』。5以上を引いてしまえば『21』を超えてしまい、無条件で真琴の負けになってしまう。
「ス、スタンド……」
「ふーん。良いの? 同数だった場合はディーラーをやってるボクの勝ちだよ?」
「えっ!? そうなの?」
「うん。だから、良く考えてね」
真琴は再び零の手札を見た。
零の一枚のカードはハートのジャックだ。伏せられたカードが7以上なら真琴の敗北となる。
ヒットか? スタンドか? 真琴の心は揺れ動いた。
負ければ雅から貰ったキーホルダーを失ってしまう。
──零の心の声を聴けば、伏せられたカードが分かる……。
真琴がそう思い至るのに時間はかからなかった。
卑怯な方法だとも思えたが、『相手は生意気な一年生なんだから構わない!!』と真琴は良心をねじ伏せた。
『読心』の能力を得てから、真琴が自分から相手の心を読もうとするのはこれが初めてだった。それでも、どの様に相手の心を読むかはなんとなく理解している。目の前の相手に意識を集中し、身体の中心に向かって聞き耳を立てる感覚だ。
真琴は零の胸元を見ると目を閉じ、耳を澄ませた。
しかし……。
真琴の脳裏に流れ込んできたのは『声』ではなく『映像』だった。
それは暗く、乾いた空間。
そして。
暗闇の奥深くで二つの赤い光が輝いている。
それは目だった。
邪悪で、残忍な『何か』が真琴を見つめている。
視線を逸らしたいのに逸らせない。まるで、恐怖に魅入られた子供の様に真琴の思考は凍った。
「どうしたの?」
「ひっ!?」
零の声に真琴は小さく悲鳴を上げた。
我に返ってみると、そこは暗闇でもなんでもなく、西日の差し込む図書室だった。
目の前では零が無邪気に微笑んでいる。
「……ス、スタンド……」
精神を追い詰められる感覚に支配され、真琴はスタンドと宣言する事で精一杯だった。
「じゃあ、カード捲って」
零に促され、真琴はカードを捲った。
その場に『17』が表示される。
「真琴は『17』……本当に微妙だね。ボクのカードは……」
零がその細い指先でカードを捲ると、ジョーカーが現れた。
ジョーカーを見た真琴の顔に焦りが浮かぶ。
ジョーカーはカードゲームにおいて『万能』である事が多い。『万能』なら当然、真琴の負けだ。
しかし……。
零の顔を覗くと、その表情が曇っている。
「あーあ……。ボクの負け……」
「えっ!?」
「ちゃんとジョーカーは抜いた筈なのに……トリックスターのヤツが悪さでもしたのかな……」
トリックスター? 悪さ?
零は意味の解らない独り言を呟いている。
「……決着は……どうなるの?」
「だから、ボクの負け。……ブラックジャックでジョーカーは使わないんだよ。つまり、使用できないカードを使ったボクの反則負け。真琴の勝ちだよ、オメデトウ」
零の言葉に真琴は深くため息を吐いた。
勝負が終わり、冷静になるにつれて、今度は後悔の念が押し寄せてくる。それは雅から貰った大切なキーホルダーを賭けの対象にしてしまった事だ。
真琴は改めて、キーホルダーを失わずにすんだ事に安堵を覚えた。そんな胸をなでおろす真琴を見て零の口の端が上がる。
「大切なキーホルダーなんでしょ? 賭けに使っちゃダメだよ」
『賭けろって言ったのは零だろ!!』と言いたくなる気持ちを真琴は抑えた。事実、零の言う通りなのだから仕方が無い。
真琴はキーホルダーをスマホに取り付け、ポケットへとしまいこむと改めて図書室を見渡した。
『エリオット』に入部出来るみたいだが、大きな喜びが有る訳でもない。真琴は幽霊部員となる事を決めているのだ。それでも、『エリオット』に対して多少の興味を抱かないと、零に悪い気がした。
「零、『エリオット』の部員て何人くらい居るの?」
「部員? 新入部員の真琴を入れて3人だよ」
「は!?」
「誰もボクにブラックジャックで勝てなくてさ~。凄いでしょ♪」
得意気に言う零に真琴は衝撃を受けた。
部員が3人しか居ないならば活発な活動を求められるかもしれない。そう考えると、少し面倒な気がする。
真琴は『探偵クラブ エリオット』について尋ねた。
「探偵クラブって何をするの? 生徒の恋愛事情を探るとか?」
「アハハ、真琴は悪趣味だね。そんな事しないよ。探偵クラブなんだから、事件を追うに決まってるでしょ」
一言に『事件』と言われてもピンとこない。
「最近……女の子が消える事件が続いているの……知ってるでしょ? 学校帰りや、自宅で、忽然と姿を消す事件」
零の言葉に真琴はドキリとした。
確かに最近、真琴と同年代の少女が失踪する事件が続いている。インターネットやテレビのニュースでも大々的に取り上げられ、知らない人は少ないだろう。
身代金目的の誘拐か、突発的な家出なのかすら判明していない。
不思議なのはインターネットが整備され、監視カメラが溢れる現代において、消えた少女たちの痕跡が全く見つからないという事だ。
今では『神隠しにあったのではないか?』と、迷信めいた噂まで広がっている。
「それって、警察が取り扱う事件でしょ……。わたしたちに出来る事なんて無いよ……」
「いや、警察じゃ絶対に解決できないね」
零は断言すると真琴を見た。
「この事件は根が深くて常人には推し量れない。それこそ、その因果律の中には真琴、キミも居る。だからボクたち『エリオット』で解決するんだ」
因果律? わたしが事件に関わってる? 真琴は呆れるばかりだった。
まるで冗談にしか聞こえない様な事を零は真顔で言っている。
またからかっているのではないか? そう思うと真琴は再び腹立たしさを覚えた。
ガタッ!!
真琴は椅子をけって立ち上がった。
「適当な事ばかり言わないで!! 零って電波ちゃんみたいでちょっとイタイ……っていうか怖い!!」
怒気を含んだ声で捲し立てる様に言うと真琴は席を後にした。
苛立ちを隠さず、足早に立ち去る真琴の背に零の声が届いた。
「ようこそ『エリオット』へ!! 歓迎するよ!!」
真琴は一瞬だけ足を止めたが、振り返らず図書室を後にした。
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