第二話『探偵クラブ エリオット』②

×  ×  ×


 旧校舎は三階建てであり、その三階の一番奥に『探偵クラブ エリオット』の部室がある。

 真琴は木製のドアを押した。


 ギ、ギィ……。


 扉が開くと、古い本の匂いが鼻をつく。

 机、椅子、本棚のすべてが古めかしい。

 そこはまるで、遠い記憶の彼方、遥か昔に忘れ去られた場所の様だ。

 見回しても人の気配など全く感じられない。

 真琴は図書室の中央へと歩を進めた。

 すると……。


「お客さんだなんて……珍しい」


 差し込む西日の中から声がした。

 よく見ると、窓辺の長机に一人の女の子が座っている。

 真琴よりも華奢な体つきでショートカットだった。


「初めまして。ボクは瀬戸 零」


 零は立ち上がると手を差し出した。


「は、初めまして。わたしは片桐真琴」


 ボクという言葉に多少、面食らいながら零の手を握った。

 今時、ボクッ娘とは、それこそ珍しい。


「もしかして、『エリオット』の入部希望者かな?」


 零は愛くるしい笑顔を浮かべ聞いてきた。

 しかし、その表情はどこか迷惑そうだ。


「校内新聞で見かけたんだけど……探偵クラブ? だっけ? 入りたくて……」

「へぇ~。そうなんだ」


 零はどこか他人事の様に言った。


「瀬戸零さんって、校内新聞に書いてあった『入部希望者の担当』さんでしょ? 入部するにはどうすれば良いの? 顧問の先生に入部届を出すならそうするけど……」

「アハハ。どうして真琴は簡単に『エリオット』に入部できると思ってるの?」

「えっ!?」


 馴れ馴れしく真琴を呼び捨てにした零は挑戦的に笑っている。

 真琴は零の言葉の真意が分からなかった。


「あのね……『エリオット』に入りたいって人は結構、多いんだよ。みんな、秘密の社交クラブか何かと勘違いしてるみたいなんだ。もっとも、みんなの目的はアリオだったりするんだけどね……」

「アリオ?」

「真琴は知らないの? 『アリオ・トーマ・クルス』……第二学年じゃ有名だと思うけど?」


 『アリオ・トーマ・クルス』……言われてみると、真琴はその名前を知っている。

 後天性魔触症で入院する以前、数少ない学校生活で真琴は何度もその『アリオ・トーマ・クルス』という名前を耳にした。生徒たちの噂話にその名前が幾度となく上っていたからだ。

 姿を見た事は無いが、『アリオ・トーマ・クルス』は異なる大陸の貴族令嬢で、才色兼備。それこそ、貴族を描いた絵画から飛び出してきた様な気品と優雅さを兼ね備えているらしい。


「『エリオット』の部長はアリオだから……。アリオとお近づきになりたいって人が殺到して、大変だったんだよね。ねえ……女の子が女の子に惹かれるって……どんな気分なのかな?」


 妖しく目を細めると、零は真琴に顔を近づけ、その髪をそっと撫でた。

 零の吐息を間近に感じ、真琴に言い知れぬ戦慄が走る。


「し、知らないよ!!」

「何で顔を真っ赤にしてるの?」


 困惑し、大声となった真琴を零は笑った。

 からかわれていると気付き、真琴は怒りを覚えた。

 零からは学年が上の先輩に対する敬意は全く感じられない。それどころか、新しい玩具を与えられた幼子の様に嬉々としている。もちろん、玩具とは真琴の事である。


「まあ、入りたいなら……」


 言いながら零は制服のポケットからトランプの束を取り出した。


「ブラックジャックでボクに勝ったら、『エリオット』に入れてあげてもいいよ」

「は?」


 ブラックジャックは真琴でも知っている。

 カードを二枚ずつ配り、その合計が『21』に近い方が勝ち……というカードゲームだ。

 真琴は『エリオット』にどうしても入りたい訳では無い。だから零を無視してこの場を去ることも出来た。

 しかし……。

 真琴は零の上から目線のもの言いが気に入らなかった。

 さらに言えば、一学年下の女の子にバカにされている気がして腹が立っていた。

 真琴は本来、勝ち気で負けず嫌いの性格だ。


「分かった。勝負しようよ」


 そう言うと、真琴は零の前に座った。


「そうこなくっちゃ!!」


 零は嬉々として椅子に座った。


「で? 真琴は何を賭けるの?」

「えっ!?」

「真琴が負けた時の事を言ってるんだよ。そもそも、勝ったら『エリオット』に入れてもらうんでしょ? 真琴も何かを賭けなきゃ不公平じゃんか」

「それは……」


 確かに零の言う事は正論に聞こえる。


「そのキーホルダーを賭けてよ」


 零は真琴のポケットから覗く天使の片羽のキーホルダーを指さした。真琴は雅から貰ったキーホルダーをスマホに付けていたのだ。


「こ、これは……」


 真琴はキーホルダーを握った。

 たった一人の親友から貰ったキーホルダーだ。賭けの対象になんて出来ない。

 しかし……。

 そんな真琴を零は小悪魔的な笑みを浮かべて挑発した。


「躊躇してるの? 真琴って……きっと本性は臆病なんだね。ボク、初対面だけどそう思うよ」


 『臆病』という単語に真琴は過剰に反応した。

 病魔や孤独と戦ったという自負が真琴には有る。

 何も知らない会ったばかりの年下の女の子に『臆病者』呼ばわりされる覚えは無い。

 真琴の感じていた憤りは強いものへと変わった。そして、その怒りが真琴を勝負へと駆り立てた。


 バンッ!!


 真琴はキーホルダーを外すと、机の上に置いた。

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