第二話『探偵クラブ エリオット』①
久しぶりの学校は緊張を高め、憂鬱な気分にさせる。
真琴の予想通り、みんなは真琴の退院を祝福した。
「お帰り!!」
「待ってたよ!!」
「退院おめでとう!!」
みんなの祝福を真琴は引きつった笑顔で聞いていた。
真琴はそれらの祝福が表層的なもので、まやかしだと知っている。
真琴の頭にはみんなの表向きの声とは違う、心中の声が流れ込んでいた。
──死んだかと思ってた。
──卑しい身分なのに何故、助かった?
──コイツの親父、成金だから手術受けられたんだろ?
好むと好まざるとに関わらず、声は断片的に聞こえてくる。
闘病の孤独も、苦悩も、恐怖も、何も知らない連中の声に真琴の心は軋む。
真琴は必死になって平静を取り繕った。
──どうせならコイツじゃなくて、雅さんが助かれば良かったのに。
心無い言葉に両頬を涙が伝う。
その涙を級友たちは感動の涙と勘違いしている様子だった。
『お前らなんか要らない!!』と、真琴は心の中で咆えた。
ただ、心の声とは裏腹な言葉が真琴の口をついて出る。
「ア、アリガトウ」
怒りを押し殺し、精一杯の笑顔を作って真琴は答えた。
× × ×
幾日か過ぎた。
真琴は極力、会話を避けて学校生活を送っている。
自然と真琴の周囲からは友人が消えた。
さらには極端に人を避ける真琴を、みんなは奇異なものを見るような目つきで見ていた。
病室で過ごした時と同じように真琴は孤独だった。
いや、雅と一緒だった分、まだ病室の方がマシだったかもしれない。
その日も、真琴は人目を避けて学校生活を送っていた。
ただ、この日はいつもと違い、授業を終えてもすぐに帰宅できなかった。
御代高校では生徒に部活動を義務付けている。
学校を終えてまで人と接する事は苦痛だが、復学した今は真琴も例外無く部活に所属しなければならない。
一学年の時、真琴は吹奏楽部に所属していた。それは父親の直冬が体育会系の部活を許してくれなかったからだ。吹奏楽部ではパーカッションを担当し、それなりに楽しい部活動だったが、入院を機に退部したままになっている。
再び、吹奏楽部に戻る事も考えたが、『読心』の能力に苛まれる今、規模の大きい吹奏楽部に戻る事は賢明に思えなかった。
悩んだ真琴は校内新聞で見かけた一つの部活を選んだ。
『探偵クラブ エリオット』
それは野球部や吹奏楽部といった体育会系や文科系の花形とは違い、校内新聞の片隅にひっそりと紹介されていた。
『入部希望者は旧校舎の図書室まで。 担当 一年A組 瀬名 零(せな れい)』
探偵クラブという得体の知れない部活を真琴が選んだ理由はたった一つ。
あまり活発そうじゃないからだ。
きっとオカルトクラブか何かだろう。多少、胡散臭いが人と接する機会は少ないに違いない。と、読心の能力に苛まれる真琴は考えていた。
真琴は帰りのホームルームが終わると、足早に旧校舎へと向かった。
早く入部を済ませて、後は幽霊部員になれば良いだけだ。
真琴はそう考えていた。
× × ×
御代高校は新校舎と旧校舎に分かれており、旧校舎は新校舎の裏手に在る。
新校舎の裏門を出ると、人影は無く暮れなずむ夕日が旧校舎を包み込んでいた。
──あれ?
真琴は急に強烈な違和感に襲われた。
まるで今の自分が不確かな存在に感じられ、眩暈を覚える。
ふらふらとして足取りが覚束なくなり、真琴はその場に蹲った。
全身から血の気が引いていくのが解る。
──また、手術の後遺症なの?
真琴は『読心』の能力が身に着いたのは手術の後遺症のせいだと思っていた。
さらに新たな症状が併発したのではないかと恐怖が脳内を駆け巡る。
そんな中……。
真琴は視線を感じた。
それは、『誰かがこちらを見ている』と確信できる程の感覚だった。
真琴は視線を感じる方を仰ぎ見た。
時刻は夕方だ。
それにしても空が赤い。
そして……。
旧校舎の屋上には真紅の空を背に、少女が立っていた。
さらさらとした銀髪とセーラー服のミディスカートを風に靡かせ、まっすぐにこちらを見ている。真琴には遠目にもその少女の瞳が榛色だと認識できた。
その姿は現実世界と幽玄世界の境界線に佇む様で儚げだ。
少女は落下の恐怖など微塵も感じない様子で屋上のへりに立っている。その危うさに真琴が「危ないよ!!」と声を掛けようとした瞬間だった。
ふっ……と、少女は掻き消えた。
空も、真琴の見知った夕映えに変わっている。
いつの間にか真琴の感じた違和感も眩暈も消えていた。
幻でも見ていたのではないか? という理性をすぐに本能が否定する。
──いや、あの少女は確かに存在した……。
奇異なモノを見た不安を強引に払拭すると、真琴は旧校舎の中へと入っていった。
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