第145話 THE BATTLE OF BLACK KNIGHTS

 お前に俺の魂は奪えない。


 SOUL HACKER (フィア・ファクトリー)


*


 世界の本質が何一つ変わっていない事を証明するかのように、北部州の郊外雪原から市街地にかけては真冬だというのに炎が舞い、黒煙が立ち昇る。

 

 メイヴァーチルが北部鎮圧の為に派遣した統一政府軍、第76機甲師団は新設師団だ。


 最新のヴァルキュリア3型主力戦車、スレイプニール2型機動装甲車を装備した装甲火力を有する他、統一政府軍の戦闘師団編成計画に基づく、ライフル歩兵連隊、砲兵大隊、魔法特科隊によって編成される、強靭かつ機動力に優れる戦闘師団である。


 現在主力部隊として異世界侵略に派遣されている他師団と比較して、実戦経験は乏しいながら、最新型の装備で武装している事が特徴だ。


 銃撃戦は勿論、大砲による砲撃、魔法による砲撃が飛び交う。そして銃剣突撃をも含めた近接戦闘。


 いずれの戦闘においても76師団は優勢に立ったが、北部州軍はそれでも一歩も譲らぬ反撃を敢行したことで、76師団の作戦目標である州都制圧、及び動員の強制執行は当初の想定よりかなり遅れていた。


 大陸が統一され、平和になったように思えたのはまほろばの夢、むしろ技術が進んだ分だけ戦禍は増した。


 統一政府軍機甲師団と北部州軍の間で激しい戦闘が繰り広げられる中、一対一、剣と剣でぶつかり合う者達がいた。


 その前時代的な戦いは、しかしこの戦場の何処よりも火花と血飛沫を上げていた、両者何合も斬り結ぶ、因縁の激突は熾烈を極めた。


*


 カゼルの姿をしたフェンリル、のっけから軍刀を二本構えて、二刀流。対するツヴィーテは小細工無しの軍刀一本のみ。偏愛を使うことは、フェンリルの思う壺のように思えたからだ。


 フェンリルの得意とする、二刀流の連続攻撃。刃は嵐の如く、そして吸い込まれるように人体の急所に向かって襲い来る。


 ツヴィーテは雪原という足場の悪さを鑑み、一先ず冷静に防御の態勢。


 防御ごと叩き斬る、踏み込んだフェンリルの左の打ち下とし。ツヴィーテは、軍刀の峰打ちでこれ等をがっちりと受け止め、向かって右へ受け流した。 

 

 フェンリルは体勢を崩すどころか、右足を半歩引いて、フリーだった右の軍刀で突きを放つ。

 ツヴィーテ、脳天を狙って放たれた突きを首を捻って左へ躱す。


 躱し様ツヴィーテは、二刀を振り上げ踏み込んで来たフェンリルに、左から薙ぎ払いを打ち込んだ。躱し様の引け腰の様に見えても、フェンリルを仰け反らせる。それほど渾身の一撃だったのだ。


 フェンリルは咄嗟に上段に構えていた筈の二刀流を交差して防御した、今のところはツヴィーテがフェンリルをやや押している。

 フェンリルの絶対鏖殺の二刀流の連続攻撃を悉く弾き、いなし、そして連携の合間を縫い、針に糸を通すような間隔を付いてフェンリルに斬り返す。


「いいぞ、″ツヴァイト″。もっとお前の力を見せろ!」


 フェンリルはかつてのカゼル同様、死闘に猛る。


「いつまでも上から物言ってんじゃねえぞ、カゼル」


 連邦による統合の進んだ現在では、スラーナ人からも呼ばれなくなったその名前。


 旧スラーナ語における″ツヴィーテ″の発音、彼の本当の名前を、カゼルの姿形で呼ぶフェンリルの悪辣さは留まるところを知らない。

 ツヴィーテ、フェンリルのよく回る舌から繰り出される挑発に対し、眉一つ動かさなかった。


 ツヴィーテは、懐から素早く取り出した煙玉を炸裂させて煙幕を張った。

 これはどちらかというと、かつてのカゼルやマルヴォロフに近い戦法だった。


「ぬッ!?」


 フェンリル、完全に動きが止まった。

 あれほど直情的だったツヴィーテが搦手を用いるとは予想だにしていなかったのだ。


 更に、氷結魔法による地面を伝った凍結攻撃により、フェンリルの下半身は凍り付いた。煙幕との併せ技は魔神王をして、回避が難しいということだ。


「アンタがやられて一番嫌なのはこれだろ」


 ツヴィーテ、フェンリルの動きを止め、軍刀を構えて一目散に駆けた。

 狙いは氷漬けになったメイヴァーチルを粉砕し、完全にその息の根を止めること。


 幾らメイヴァーチルと言えど、全身を魔力凍結させられた状態で件の″自動蘇生リインカーネイション″や″自動再生オートリジェネ″が機能する可能性は非常に低い、やってみる価値はある。


 そして、何故フェンリルがわざわざメイヴァーチルを傀儡にしたり、ツヴィーテを北部州知事に据えたかを考えれば、自ずと答えは出た。


 魔神王フェンリルには、諸々の事情からリサール人カゼルの姿を借りて表立って人間を支配する、ということができないのだ。


「俺相手に、余所見とは余裕だな」


 その銃声は砲撃にも似ていた。

 フェンリルは、腰のホルスターからリボルバーを引き抜いて速射した。

 驚く程正確な射撃かつ、大口径の破壊的な威力。


 ツヴィーテは咄嗟に振り向き、最大出力で氷の盾を展開し、何とか凌いだ。


 防いだというより、運良く弾道を逸らして命中を避けることが出来た、というのが適切だった。


「馬鹿みたいな銃使いやがって……!」


 ツヴィーテは苦言を呈した。

 とりあえず文句を言って反発を示すというのは大切なことだ、たとえ相手がイカれた戦争狂だとしても。


「リサール人や治癒魔法を使う奴を殺すには、こういう銃じゃないとな」


 フェンリルは渇いた笑いを浮かべながら、迅速にリボルバーの排莢と給弾を終えた。


 フェンリルが積極的に銃を使うと、剣による近接戦闘を氷結魔法によって拒否するという、対リサール人戦法を駆使するツヴィーテの優位は大きく崩れてしまう。


 メイヴァーチルは依然として凍り付いたままだが、莫大な魔力反応は失われていない。


 フェンリルに成り果てたカゼルは、まさに魔神王の名に相応しい強さ、全く本気ではないというのに一歩も譲らない。


 フェンリルを倒し、メイヴァーチルにとどめを刺す。どちらも手の届く距離だと言うのに、ツヴィーテには果てしなく遠い。

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