第144話 REBELLION
突如現れたメイヴァーチルによってゴルベットは倒され、待機を命ぜられていた統一政府軍が北部州へ進駐する。そして、魔法動員の″強制執行″が始まった。
「おじさん!おじさーんッ!」
「……」
統一政府軍の探知魔法で、地下に建設されたシェルターも露見した。
連行されるジェニファー、彼女同様に魔法が使える、または素養のある子供達も連行されていく。ツヴィーテが自治権を使って制定した18歳以下は動員を拒否できるという州法は無視された。
指を咥えて見ているしかない州軍、州軍総司令のツヴィーテ。軍を使って強制執行までは予測できたことだが、大総統メイヴァーチル本人が現れることは全くの予想外だった。
一瞬がまるで永遠にも思えるほどツヴィーテは逡巡していた。
今、軍に連行される人々を解放するために動けば、間違いなく統一政府軍、そしてメイヴァーチルと戦闘になる。
軍はともかく、メイヴァーチルはフェンリルに次ぐ化け物、勝算は如何程か。
ツヴィーテは極めて冷静に彼我の戦力差を認識していた、まるで脊髄に氷柱でも突き刺されたかの様に、凍えてしまいそうなほど冷め切った気持ちだった。
また、俺は守れないのか。
違う。俺は自分の身を守るために、他者を″守らない″ことを選択しようとしている。確かにジェニファーはカゼルの娘だ、俺とはなんの関係もない。だが、本当にこれでいいのか?
兄貴がカゼルに殺された時もそうだった。
アーシュライアが死んだ時もそうだった、俺は何もできなかった。
そして今また、軍に連行される人々を見殺しにしようとしている、これで俺は兄貴やアーシュライアに顔向けできるのか。
そう思った時、ツヴィーテの中で何かが弾けた。
彼は人間だ、死ぬのは怖いし、あの狂ったエルフと戦う事も恐ろしかった。
だが何より恐ろしかったのは、自分の無力を再び痛感させられることだった。
ひとたび決心したツヴィーテは、風のように軍刀を構えて飛び込んだ。ジェニファーを抱え、動員を執行する統一政府軍の兵士を一刀の下に斬り伏せた。
「お、おじさん!」
「全軍に告ぐ!統一政府軍を倒し、連行される人々を解放しろッ!」
ツヴィーテは弱気や迷いを断ち切るべく叫んだ。
北部州の自治権を踏み躙る行為に対して、断固として戦う姿勢を示したのだ。州兵達も鬨の声と銃声共に、知事の宣言に応じた。
「ジェニファー、お前は母さんと合流しろ、行け!」
すぐに、統一政府軍と州軍の銃撃戦が始まった。
大砲と魔法による砲撃、機銃掃射、世界は一瞬でその正体を現して牙を剥いた。
「分かりました!」
ジェニファーの背中を見送って、ツヴィーテはもう躊躇わなかった。
何度も″奴″に言われたことだった、躊躇や恐れは剣を鈍らせる。
今、迷っている暇はない。
これが正しい判断かどうかなんてのは、生き残った後で考える時間は嫌というほどある。
「なるほど、大した政治″家″だね。キミは……」
吹雪の様な銃撃と砲撃の中、飛んできた砲弾を蹴落とし、州軍の魔法を手で掻き消して、メイヴァーチルは地獄の中を散歩する。
「俺も腹を括ったよ。お前とカゼルを倒せば、こんな馬鹿げた政策も終わる。そうだろ」
「そう思うかい?むしろ、この国は独裁者が″人間″じゃないからこの程度で済んでいるのさ」
「政治″屋″の自己正当化ほど聞き苦しいものはないな」
ツヴィーテとメイヴァーチルの政治家としての最大の違いは、市民のために政治を行っているか、自分の野望の為に政治を行っているかの違いが挙げられる。
8年前の魔神戦争の時点で、ツヴィーテはうすら寒い予感を感じ取っていた。
カゼルの成れの果てと、国際的軍事・経済組織だった冒険者ギルドのマスター、メイヴァーチルが手を組んで、碌な事が起きる訳がない。
「ボクは事実を言っているだけだよ。キミも知事として北部を統治し、少しは理解できたんじゃないかい?」
「お前等のイカれ具合をか?」
ツヴィーテは挑発で返した。
「
メイヴァーチルは、演説にも似た調子だ。
「そして、この世界の人間を養うだけの資源は、この世界には存在していない。ならば必要なのは力による支配と、他の全てを侵略する軍事力のみ。それが、このアルグ大陸統一連邦に於ける最善の政治だよ、ツヴィーテくん」
「てめえ等の御託はもう沢山だ」
メイヴァーチルの話を聞いて、ツヴィーテは狂人の戯言程度にしか取り合わなかった。
美辞麗句で飾り立てた所で、やっている事が全てだ。現に、北部州の自治を無視して子供まで軍に連行している。それが全てだった。
*
軍刀を構えてメイヴァーチルと対峙するツヴィーテ。統一政府軍の機甲師団と州兵達も交戦状態に入った。
メイヴァーチル本人が前線に現れた事は、ツヴィーテにとって最大のピンチであると同時に、連立政権の片翼をもぎ取る大きなチャンスでもある。
「
メイヴァーチルは、徒手空拳を構えたまま悠然と嗤っている。彼女にとって見れば、ツヴィーテなど本来なら眼中にも入らない格下だ。
「でも知っているはずだ、ボクがほぼ不死身だということ」
「そしてボクが人間の反射神経を超えた動きが出来る事」
メイヴァーチルがまるで前のめりに倒れるように力を抜いた、そして地面を思い切り蹴った。疾走というよりも地面と平行に跳んだというのが適切だ。
雪煙を上げながら、下段から突っ込んだメイヴァーチルは起き上がり様に蹴り技を放つ。
「ッ……!」
辛うじてツヴィーテが防げたのは、メイヴァーチルがご丁寧に喋ってタイミングを伝えたこと、そしてツヴィーテ自身の経験から来る予測と読みだった。
メイヴァーチルも、一応フェンリルの意向を汲んでツヴィーテを半殺し程度には生かしておこうとしている。
ツヴィーテは、神経を張り詰めて剣を青眼に構えた。メイヴァーチル、獲物を嬲り殺している時の猫のように無邪気な表情だった。
そしてほとんどノーモーションで放たれたメイヴァーチルの飛び蹴り、ツヴィーテは完全に反応して、刀の大斬りを合わせた。
「
刀身に、僅かに氷を纏わせた。それがメイヴァーチルの軍靴に触れた。
それだけだった、メイヴァーチルは足先から次第に凍り付いていく。
「なんだ?このボクが無効化出来ないだと、魔力凍結か!?」
「そういうことだ。くたばりやがれ、メイヴァーチル!」
「おのれ……人間風情がァ!!」
メイヴァーチルが咆哮を上げると、爆風に似た闘気や魔力圧が辺りを駆け抜けていった。
しかし、彼女が
メイヴァーチルの弱点の一つは、コンスタントに繰り出せる攻撃手段が、M2を除くと格闘攻撃しかないことだ。
ツヴィーテは狙い通り、メイヴァーチルの格闘攻撃に対して氷結魔法によるカウンターを取り、全身を魔力凍結させた。
彼が千載一遇の好機を物に出来たのは、日頃から鍛錬を怠らなかった事が一つ挙げられる。
こうなってしまうと、自動再生も自動蘇生も次元魔法もへったくれもない。本気で殺すつもりなら、いくらでもやりようはあった。
これは、メイヴァーチルの油断やフェンリルへの忖度に漬け込んだ、ツヴィーテのジャイアント・キリングと言える。
最低でも春になるまで、凍り付いたメイヴァーチルはこのままだ。
ツヴィーテは暫定的処置として、速やかにパワードアーマー同様、既に水面に氷が張りつつある湖の底にでも放り込んで、どうやって今後の復活を阻止するかを考えようとした。
*
メイヴァーチルが戦闘不能になると同時に、空間断絶現象。どちらかが戦闘不能になれば、ただちに残るどちらかが援護に現れる。予めそのように取り決めてあるのだろう。
見慣れたその男は空から飛び出して、地面に飛び降りて雪煙を巻き上げた。
現れた魔神王フェンリルはまだカゼルの姿だった、差し詰め第一形態とでも言うべきか。
ツヴィーテは、もはや一切の迷いを捨て去り、ただ剣を構えた。
「油断し過ぎだ、メイヴァーチル。そのまましばらく反省してろ」
現れたフェンリルはカゼルの顔で、メイヴァーチルを嘲った。
「……………」
氷漬けになったメイヴァーチルの紅い目がぎょろりと動いてフェンリルを睨んだのは、気のせいではない。
全身を魔力凍結されて身動きを封じられてはいるが、死んではいないのだ。
「随分と腕を上げたなツヴィーテ、この女を一撃ってのはそう簡単な話じゃない」
まるで生前と変わらぬ調子でツヴィーテの手柄を褒めるような口ぶり、ツヴィーテは虫酸が走りそうになった。
連立政権の内の片翼が氷漬けになったが、残るフェンリルは渇き切った笑いを溢している。
解放戦線を斬り、州軍を斬り、氷漬けになったメイヴァーチルを嘲って、カゼルの姿をしたフェンリルはツヴィーテに相対した。
次第に単なる動員の強制執行や、北部州の反乱という枠を越え、今や、フェンリルになる前から続くカゼルとツヴィーテの因縁の、そして大陸統一連邦の支配と自由の戦いの様相を呈している。
「……一つ聞きてえ。百歩譲って、異世界を侵略するだけならこんな大規模な動員は必要ない筈だ。一体何が目的だ?てめえ等は何を企んでやがる」
ツヴィーテは剣を突き付け、フェンリルに問う。
「そう言えば、まだ発表してなかったな……いいだろう、その質問には、この
「このアルグ大陸統一連邦を最強の軍事帝国へと成長させ、最終戦争計画″黄昏作戦″を完遂する。それが我が連邦の国家綱領だ」
「最終……戦争、だと……?」
フェンリルのその答えは、ツヴィーテの最悪の想像さえ遥かに凌駕していた。
「我々は″黄昏作戦″によって、全ての異世界の原点にして、全ての″
「なにを……言ってやがるんだ、てめえは……!?」
ツヴィーテは、秘匿されてきた国家綱領についてほとんど理解が及ばなかった。
理解できたのは、フェンリルとメイヴァーチルの果てしない憎悪と狂気だけ。
「我々は、神を気取って異世界転生という名の侵略を繰り返して来た主軸世界の屑共に、鉄槌を下す……!」
「そして我々は、我々の武力で真の自由を勝ち取るのだ。何者にも干渉されず、何者にも支配されない。"俺達の世界"をな……!」
「現に異世界を侵略して植民地にしてるのは、てめえ等だろうが……!」
「言ったはずだ、弱い奴には何も守れねェ。俺は悪魔に魂を売ってでも、誰を生贄に差し出しても、あの戦いで死んでいった奴等の無念を晴らすと決めたのだ。ツヴィーテ」
ツヴィーテは、最後に生き残った黒鎧。
カゼルの言葉はまさに死神の誘いだった。お前は″こちら側″だと、そう言っている。
「てめえは……なんだってそんなことを……何故そうまでして……」
「この世界に支配と秩序を与える事は、他でもないエーリカとアーシュライアの遺志だからだ」
「お前が、あの二人の遺志を語るのか?魔神王になったお前が……」
ツヴィーテは、何を言っているのか全く分からない、といった様子だった。心の底から不思議に思ったのだ。
「あァ、そうだ。あの哀れな姫君はな、"この世界を救って欲しい"と、今際の際にそう言った。逃げ出したお前は、知らないだろうがな……」
明らかな悪意を込めて、フェンリルがそう言った。
「……」
「普通に考えれば、絵空事だ。だが、それでも……死んで逝った奴等が、無駄死にで無かったことを証明する為に、俺が出来ることはこれぐらいしかないのだ!」
今喋っているのは、見た目通りフェンリルではなく、ほとんどカゼルなのだろう。それにしては、随分と人間らしい台詞だった。
「それで……次元を超えて、最終戦争を起こすってのか……?」
「そうだ。我々、アルグ大陸統一連邦は最終戦争計画"黄昏作戦"を以て、この世界に、″人類の完全支配″と″恒久的平和″を実現する!」
「なるほど、よく分かったよ……」
「お前にしては聞き分けが良いな。ならばツヴィーテ・ニヴァリス、今一度聞こう。魔の者となって修羅道を歩むか、それとも人として下らねェ愛に死ぬか。決めろ。今、ここで!」
「……俺もやっと理解出来た。アンタが本当に、
吹き荒ぶ風が雪を巻き上げて連れていった。
あの荒野から吹く、荒涼たる風は長きに渡る因縁に、決着の時を告げていた。
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