第143話 BATTLE & POWER
人生はゲームだとキミは言った。
ボク達は駒に過ぎないと。
ボクは悠久を生きて冷たくなった。
もし人生がゲームなら、その時がゲームオーバー。
(GAMEOVER マシーン・ヘッド)
*
その戦いを求める闘争本能故に、ゴルベットは突如離反し、今度は統一政府軍へ襲い掛かった。統一政府軍とゴルベットが熾烈な戦闘を繰り広げる間、ツヴィーテは州軍の防御態勢を立て直す。
州軍としては、ゴルベットが統一政府軍と潰し合ってくれる分には万々歳だが、あの調子で統一政府軍を潰した後は再びこちらに襲い掛かってくる可能性が高い。
ツヴィーテは今は手を出さず、州軍の戦力を温存するべきと判断した。
ツヴィーテら州軍は前線から後退して郊外に追加のバリケードなど障害物を設置し、道路に対戦車地雷を埋設する。これは対統一政府軍の戦術だ。
そして対ゴルベットを見据えてアルジャーロンが戦線に復帰し、彼女が率いる魔法特科部隊も臨戦態勢に入った。
ジェニファーはシェルターへ避難させられた、私も戦うなどと言い出しかねない剣幕だったからだ。そうする内に、今度は州軍の斥候部隊から次元連結の兆候を捉えたとの緊急報告が入った。
仮に軍の主力や、黒服部隊ならばその痕跡を掴む事は困難だ。
特に全隊員が名誉エルフで構成されている黒服部隊は知能と体力、魔力適性、そして連邦とメイヴァーチルへの忠誠心を評価して選抜され、徹底的に訓練される。
では、戦闘地域へ「我ここに在り」と言わんばかりのあからさまな次元連結を行うのは一体何者なのか、ツヴィーテは嫌な予感がしてならなかった。
ツヴィーテは前線の様子をずっと注視している。
「一旦撤退するぞ、態勢を立て直す!」
統一政府軍の動きに異変。ゴルベットの猛攻撃から撤退しようとする動きが見られた。
「その必要はないよ」
次元連結の兆候のち、馬鹿げた魔力の反応。
ツヴィーテは極寒の吹雪の中だというのに、冷や汗が止まらなくなった。
「……だ、大総統閣下!?」
「あれはキミ達には荷が重い相手だ。巻き添えを喰うといけないから、ここで待機してな」
それはメイヴァーチルにしては気の利いた台詞だった。人類を使って人類を絶滅させることは、必ずしも矛盾しない。
「本当に来やがった……」
ツヴィーテは呟いた。
爆炎を噴き上げて雪原を炎と黒煙で彩っている戦車の残骸が多数。
そんな惨憺たる統一政府軍の陣地に次元連結によってポータルが展開された、ツヴィーテは望遠鏡を覗き込んだ。
軍服を纏い、戦車のハッチの乗って前線に現れたのは、貼り付いたような薄ら笑いを浮かべた大総統メイヴァーチル、何度見直しても目に映る現実は変わらない。
先程ゴルベットに揶揄された通り、次から次へと望んでもいないトラブルが舞い込んで来る。カゼルに化けたフェンリル、イカれた傭兵、次は連邦の絶対的支配者にして、人類絶滅主義が軍服を着て歩いている女エルフだ。
ツヴィーテは、全州軍に迎撃態勢構築を急がせた。
*
灼熱の様な闘気が、凍て付く戦場を駆け抜けていく。比喩でなく、白銀の悪魔と謳われたかつてのギルドマスターが臨戦態勢になるとこういう事が起きる。
大総統の直接命令を受けた統一政府軍の兵士達は足早に撤退していく、命令拒否は死を意味する上、戦いの巻き添えを喰うのは不本意だからだ。
「やあゴルベットくん、ボクの仕事をほっぽり出して、北部の
軍の戦車に乗って現れ、ひょいと氷雪の上に飛び降り、ゴルベットの方へと歩いていくメイヴァーチルは春一番の散歩の様な軽やかな足取りだった。
自動再生による加速された新陳代謝の影響だろう。一方、彼女がハッチの上に搭乗していた戦車は雪煙を巻き上げ、ゴルベットから尻尾を巻いた。
投げ飛ばされてはたまったものではないし、メイヴァーチルが敗れるとは微塵も思っていないのだ。
メイヴァーチルはいつもの様にへらへらと笑ったまま、まるで子供の悪戯を見咎めた母親の様な口ぶりだったが、その眼は限りなく殺意で凍えていた。
「政治や主義主張に興味はない、俺が望むのは戦いだけだ」
返り血と爆煙で黒く染まったゴルベットのバイザーが怪しく光る。パワードスーツを纏ったその姿はまるで、機械仕掛けの悪魔の様だった。
「それは結構だけど、
メイヴァーチルにしては、珍しく怒りを露わにしている。尤も、彼女に怒り以外の感情は残っていないのだが。
補佐官のローゼンベルグが再三に渡って傭兵を使う事を制止した理由はこれだった。ゴルベットが制御不能の戦闘狂であることを彼は見抜いていたのだ。
「俺は金や忠義の為に戦ってる訳じゃない、人生ってのは戦いこそ全てだ。より壮絶な戦いを経て、俺は高みへと昇り詰めるのさ」
「……」
メイヴァーチルは少し困ったような、呆れたような顔をした。
戦いこそ全てというゴルベット、力こそ全てという共通認識ゆえに手を組んだフェンリルとメイヴァーチル。似て非なる価値観の違いは明白だった。
「やれやれ、本当はツヴィーテと潰し合って貰うつもりだったけど、流石に南部出身だけあって血の臭いに敏感らしい」
ひゅう、と冥府から吹雪いたような冷たい風がメイヴァーチルの銀髪とコートを棚引かせた。
こんな凍て付く白銀の土地でも、狂ったエルフの大総統のその眼には、全ての人類文明を焼き尽くす事で創り出される煉獄の景色が描き出されている。
「まァな、幾らアンタが1200年生きた化けエルフでも世界の全てを支配できる訳じゃないってことだ。俺達人間は生まれながらに自由だ、自分のやりたい様にやる、それだけだ」
対するゴルベット、彼はただ純粋に傭兵として自由に生きる事を望んでいた。自分で考え、自分で選び、戦いこそ全てだという自分の信念を貫き証明する為に戦う、それだけだった。
彼が″オモチャの兵隊″と揶揄される統一政府軍に不適だったのは、自我や思想が強すぎた為である。
「いいや、キミたち
メイヴァーチルの放つ闘気は次元を異にしていた。まるで凍て付く大地さえ焼き払うかのようだった。
*
「そいつは楽しみだ!」
ゴルベットの左腕のブレード攻撃、メイヴァーチルはひらりと躱す。更に、ブレードの刀身に打拳を叩き込んで破壊するおまけ付き。
ゴルベットは左手に短機関銃を構え、引き金を引いた。メイヴァーチルは次元魔法を発動させ、異次元に逃れて射撃を躱す。
「出て来い、それとも怖気付いたか?大総統!」
「そう生き急ぐなよ、
数秒ほどで再び姿を現したメイヴァーチルは、お気に入りのM2重機関銃を担いでいた。
本来なら戦車や装甲車に搭載する兵器であり、統一政府軍ではその様に運用されている。
断じて携行火器ではないのだがその辺り、メイヴァーチルは認識がズレていた。
彼女は、この"弾が沢山撃てる大きな銃"で、意趣返しつもりだ。
メイヴァーチルは押し金を押した、M2重機関銃が火を吹いた。ゴルベットは有ろう事かその弾幕を意にも介さず突っ切った。
バイザーに弾が掠る。火花と衝撃、ゴルベットは限り無く生きている事を実感した。
接近したゴルベットがM2の銃身を掴んで放り投げる。メイヴァーチルのローキック、パワードスーツが火花を上げて軋んだ。
膝関節を破壊して、頭の位置を下げさせ、顔面に
「そらよ!」
ゴルベットのワイヤクローによる攻撃、メイヴァーチルはこれも容易く躱した。
更にパワードスーツの駆動部を手で軽く押して、攻撃の軌道を変える。ゴルベットは思わずつんのめった。
彼女は小柄で素早く、的が小さいのもそうだが、何よりも攻撃の起こりを完全に読んでいた。更にパワードスーツの性能を熟知している。
ゴルベットに限らず、連邦市民証に紐付けられたあらゆる個人情報は全てが国家に管理されている。
人種、戦闘能力、会得した魔法、etc、何を纏っていても、統一連邦の前では丸裸も同然だった。
メイヴァーチルは発射されたクローを躱す、ワイヤーを両手で掴むと思い切り引っ張り、逆にゴルベットを引き寄せた。
「こうなるとは思わなかったのかい?」
メイヴァーチルは身長160cmに満たない、体重は50キロ前半。対してパワードスーツを総身に纏い、背丈2mを越すゴルベットは総重量200kgを下らないだろう。
しかし、ゴルベットはまるで建設機械に巻き込まれたかのような力感で引っ張り寄せられた。
″自動再生″の応用による、全体細胞を活性化させた怪力。
「なんだと!?」
ゴルベット、力負けした記憶は遠い昔の父以外に無かった。
「
引っ張り寄せたゴルベットの顔面を狙って、メイヴァーチルは力と魔力を溜めた肘鉄を叩き込んだ。
勢いが加算されたメイヴァーチルの一撃。
あまりのショックにパワードスーツの機械部がスパークを起こし、ゴルベットは尋常ではない勢いで後頭部から地面に叩きつけられた。
バイザーが砕け散り、ゴルベットの素顔が顕になる。フェイスマスクから酸素が逆流し、安全弁が作動して機能停止した。
「ぬゥあッ!」
飛び起きたゴルベットは裂帛の気勢を上げ、魔力噴射により加速したミドルキックを放つ。
続いてメイヴァーチルも″
ゴルベットのミドルキックを跳んで躱すと同時に、上半身に二連飛び回し蹴りを叩き込む。
ゴルベットは側頭部に回し蹴りを受けて膝をついた。打撲が生じたメイヴァーチルの足はただちに″自動再生″によって全快した。
メイヴァーチルは、突如として膝を付いたゴルベットに背を向けた。
悠然と歩いて、破壊された戦車から
その一瞬、メイヴァーチルはこの世界から音沙汰を断った。ゴルベットは防御の態勢だが、全く攻撃のタイミングが掴めない。
「
いきなりゴルベットの眼前に現れたメイヴァーチルは、全体重を乗せた鉄パイプの一撃をゴルベットの脇腹辺りに叩き込んだ。
次元魔法と格闘攻撃の併用で、彼女は悪夢のような攻撃力を見せる。
再びパワードスーツからスパークが生じ、大柄なゴルベットが仰け反った。
「……がはッッ!」
ゴルベットの爪先から頭のてっぺんまで衝撃が走り、悶絶していた。パワードスーツが無かったとしても、かなり打たれ強い部類だ。
「これでも壊れないとはね、耐久力は合格だ」
メイヴァーチルは傲然と言ってのける。
あのフェンリルからダウンを奪ったこの技は、数十トンの戦車さえ一撃でスクラップにして吹っ飛ばす威力。
逆説的に、パワードスーツとゴルベットの異常なほどの頑強さが伺える。
「……くたばれ!プロトンフレイム!」
一歩二歩、ゴルベットは間合いを取って、パワードスーツの胸部コアを露出した。
″原始の炎″とは裏腹に、ゴルベットは最新兵器パワードスーツの動力源、魔力炉をオーバードライブさせ、暴走したエネルギーの射出攻撃を放った。
アスモデウスの″
メイヴァーチルとてまともに受ければ凄まじい熱量により、影も形も残さないところだ。
しかしメイヴァーチルは顔色一つ変えなかった、両手で円を作るように、身体の前へかざした。次元魔法を発動し、空間断絶現象を引き起こす。
膨大な破壊的エネルギーを伴った熱線がそっくりそのまま異次元へと流された。
そしてメイヴァーチルはもう一度次元魔法を発動する、今度はゴルベットの背後に空間の裂け目が発生し、先程の″プロトンフレイム″が彼を襲う。
「ぐわあああァッ!」
鋼鉄の時代の第一線を生きる傭兵、百戦錬磨のゴルベットですら、余りにも出鱈目なメイヴァーチルの開発魔法と格闘能力の前に子供扱いだった。
ツヴィーテはつぶさに戦いを観察していた。
あの狂ったエルフは、実際の所フェンリル抜きでも遅かれ早かれ女神を殺し、異世界の侵略を始めただろう。フェンリルと手を組んでそれが加速しただけの様に思えた。
「そろそろ戦いこそ全てだというのは間違いだと理解できたかな?こんな風に、力の差があれば戦いにすらなりえないのさ」
メイヴァーチルは、血の付着した鉄パイプを弄びながらそう言った。純然たる暴力を振り翳しながら、まるで一コマ授業を終えたばかりと言った風情を醸し出している。
「なめるな!」
ゴルベットは魔力噴射によって加速し、爆風を伴いながらメイヴァーチルに襲い掛かる。しかし、メイヴァーチルを押し切るには足りなかった。
メイヴァーチルは鉄パイプを思い切り振り抜いて迎え打った。
轟音と共にひしゃげた鉄パイプを放り捨てたメイヴァーチルは、ゴルベットの足を爪先で踏み付け、動きを止めた。
ベレトを"使って"開発した重力魔法の簡易的なもの、一時的に相手に高重力を付与するというものだ。
「さてゴルベットくん。試作機のテストに解放戦線の扇動、ご苦労だったね」
身動きの取れないゴルベットに対し、メイヴァーチルは必殺のルーティンを見せてから、掌底打を放った。彼女の十八番、″
どん、と右手でゴルベットの纏うパワードスーツの胸部辺りを軽く打った。まるで世界から置き去りにされた様な静寂。
一拍を置いてから、まるで分厚いゴム風船が弾けた様な音が辺りに響き、衝撃波が冷たい大気を駆け抜けて細かな雪が舞い上がった。
「がッ……」
同時にゴルベットは夥しい血を口から吐き出した、糸の切れた人形の様に前のめりに地面へ突っ伏し、ぴくりともしなくなった。
メイヴァーチルは掌底打でパワードスーツの鎖帷子を越えて胸部、肋骨の内側に衝撃を伝えた。ゴルベットは鍛えようの無い心臓や肺が破裂し、即死したのだ。
「
ゴルベットを葬ったメイヴァーチルは、顔色一つ変えないまま、ツヴィーテ達に向かって拡声器を使って呼び掛けた。
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