第142話 機甲師団の殺し方

 ゴルベットは、開発魔法の治癒を施して傷口を塞ぎ、パワードスーツの補修を終えた。


 彼がまだ鼻垂れ小僧だった頃から、世界は闘争で満ちていた。道理を理解する年になるまで、世界とは闘争することだと思っていた程だ。


 ねぐらを出て、外を歩けば当たり前のように武器と死体が転がっていた。そして、吹き荒ぶ砂塵が全てを削り取る。


 父グラーズはそんな世界を力で変えようとしていた。一方、息子のゴルベットはこんな世界を受け入れていた。


 力によって統一され、狂ったエルフの統合政策が敷かれて世界は変わった。

 軍事力の為の経済発展が重視されるようになり、魔法は民主化され、南部のゲリラだった彼は自由を手に入れたが、あいも変わらず自ら望んで戦いの中にいた。


 彼は、絶望とは程遠かった。

 物事をシンプルにしか捉えないようにしていたし、人間の願望や欲求から逆算して用意されたような誂え向きの救済など、何処にも存在しないと理解していたからだ。


 眼前に存在しているのはいつだって、戦いだけだ。


 ゴルベットはいつものように突っ走る。

 2mを越える鋼鉄を纏った体軀が風になる。


「例の傭兵です!一人で向かってきやがった!」


「撃て!」


 北部州軍は、対統一政府軍を見据えて警戒体制にあった。警戒中の州兵達がゴルベットに対し射撃する。


 鉄の風が吹いて銃弾や魔法が頭を掠めた時、彼は生を実感する。この世界に生まれてきて良かったと心底思うのだ。


「またてめえか!」


 ツヴィーテは軍刀を構え、陣を突っ切って現れたゴルベットの前に立ちはだかる。

 この男を野放しにしては、州軍が壊滅しかねない。


 得物はブランフォード製の軍刀の中でも業物。

 ″偏愛パーシアリ″は、背鞘に差したままだ。


「決着をつけようか、ツヴィーテ・ニヴァリス!」


 ワイヤクローと軍刀が火花を散らす。体格で劣るツヴィーテは大きく仰け反った。


 ゴルベットはその隙に右義手のワイヤクローを発射した。

 ツヴィーテはクロー部分を剣の背で弾き飛ばし、左手でワイヤーを掴んで魔力凍結を発動する。

 ワイヤー全体を凍り付かせた。


「やるな!」


「てめえと遊んでる暇はねえんだよ!」


 ツヴィーテの悪い予感は的中した。

 二人が雪原に構えた州軍の陣地で死闘を繰り広げていると、突如としてガス弾が叩き込まれた。


 ツヴィーテとゴルベットは獣のような素早さで毒ガス対応として息を止め、その場を跳ぶように離れた。


 得体の知れない毒ガスや生物兵器、開発魔法や魔法兵器を警戒することが、対統一政府軍戦の基本だ。

 しかし、″今のところは″ただの催涙弾だった。


『こちらは統一政府軍所属、第76機甲師団です』


 統一政府軍のアナウンス。

 大陸統一連邦に属する北部州が魔法動員に反対していること、そして解放戦線が武装蜂起した事で鎮圧の為に武力行使を許可された。

 というのが彼等の大義名分である。


『北部州の皆さん。武器を捨てて投降し、政府の指示に従ってください』


『抵抗する場合は、"略式刑"を執行します』


「来やがったな。統一政府軍ユニオン……」


 ツヴィーテとしては非常にまずい状況だった。

 ゴルべット一人にも手を焼いているというのに、統一政府軍の一個機甲師団が次元連結によって北部に現れた。

 ここまで、メイヴァーチルの筋書き通りだった。


「ちっ、無粋な真似を」


 一方、振り向いてゴルベットは考えた。

 解放戦線を扇動して州軍を叩いた後、統一政府軍の援護に回るのが本来の″仕事″だ。

 だが、統一政府軍に付いて戦って州軍を蹂躙しても、″面白くない″。


 ″戦っていて面白くない″というのは、ゴルベットにとって大変深刻な問題だった。

 仕事はただの筋肉の酷使であってはならない、頭と心を使って働いて初めて″仕事″足り得るのだ。


「おい、州知事!俺を雇う気はないか?」


 なんとゴルベットは一旦臨戦態勢を解いて、ツヴィーテに向かって商談を始めた。

 誰が見ても、戦車に装甲車、大砲を構えた統一政府軍の方が有利。

 このタイミングで劣勢の州軍に寝返ろうとするのは、彼が一切正気ではないからだ。


「は?何を戯けた事を抜かしてやがる!?」


 ゴルベットの予想外の発言にツヴィーテは混乱した。まず攪乱を疑った。


「統一政府軍よりもお前に付いた方が面白そうだ、お前は次から次へとトラブルを呼び込む星の下に生まれついているようだからな」


 ゴルベットは淡々とした態度で、しかし一人で勝手に嬉しげだった。当然、ツヴィーテは全く信用できない。


「だったらあの戦車隊を何とかしてみろ!」


 それは遠回しに「死ね」と言っているようなものだった。普通ならば。


「よし、契約成立だな」


 だがゴルベットは了承し、ゆっくりとツヴィーテに背を向けた。バイザーとフェイスマスクが顔面を防御し、酸素を供給する。

 前進する統一政府軍の戦車隊を一瞥すると、ゴルベットは走り出した。疾風のように雪を舞い上げ、統一政府軍の戦車部隊に単身突撃した。


『抵抗する場合は……来たぞ、撃て!!』


 統一政府軍は機銃掃射と砲撃で迎え撃つ。

 弾幕の中、単身突貫したゴルベットはパワードスーツの機動力を最大限に発揮して弾幕を躱し、統一政府軍の射列に飛び込み戦車に取り付いた。


 そしてゴルベットが戦車を持ち上げ、思い切り投げ飛ばすのを見てツヴィーテは唖然とした。

 あのゴルベットという傭兵、リサール人の中でも特別イカれているのは明白だった。


「ゴルベットだ……!″ヴェンデッタ″のゴルベットだッッ!!」


 統一政府軍の兵士達が騒然と浮足立った。


「車両部隊、直ちに車両から降りろ!投げ飛ばされるぞ!」


「やはり裏切りやがった!くそったれの傭兵め!」


 ワイヤクローが掴んだ戦車、ゴルベットは右腕の義手に左手を添え、凄まじい怪力で戦車ごと振り回し銃を構えた統一政府軍の兵士達を薙ぎ払う。


 十分に遠心力が乗ったところで、クローをリリース、戦車を投げ放つ。戦車が戦車にぶつかって爆発炎上を引き起こした。

 既に、被害総額だけでメイヴァーチルの懐は大赤字である。


「畜生が!」


「火力を集中させろ!たかがパワードスーツ一基だ!殺せ!」


「やってみろ、中央の腰抜け共」


 爆発炎上する戦車や装甲車を背に、傲然とゴルベットは告げた。


 統一政府軍は解放戦線の武装ゲリラとは訳が違う。基本的には、苛烈な訓練を乗り越えて来た精兵揃いだ。

 

 しかし、上層部の緻密な作戦立案能力が却って災いし、こうしたイレギュラーな事態が苦手だという弱点がある。


*


「わああっ……!ボクの戦車が……!」


 メイヴァーチルは、良くも悪くも恐怖と打算以外で人の心があまり読めない。

 州軍に付いて戦った方が楽しいから、というゴルベットの離反はさすがの彼女にも予想できなかったのだ。

 イカれた人間の思考はイカれたエルフにも分からない。俗に言う、"マッドマン・セオリー"という奴だ。


『ハハハハ!だから言っただろう、傭兵など当てにならん。俺が手を貸してやろうか?』


「……いや、ゴルベットはボクが始末する。ロズ、ちょっと行ってくるよ」


 メイヴァーチルが人間の生き死にに拘る訳がない。

 たとえばお気に入りのニンゲン、ローゼンベルグが死んだらその日くらいは悲しみに浸ってトレーニングや食事の量が減るかもしれない、だが翌日には元気に一日を過ごす事が出来る、そういうものだ。


 一方で、100年すら生きられないその儚い命を手ずから摘み取ることこそ、命への感謝だという哲学を持っていた。


 そして制裁は、冒険ギルドのマスターになるより前からの鉄の掟。契約不履行の不義は、血で贖われなければならない。


「分かりました」


 ローゼンベルグは手短に返答した。

 下手なことを言って、ゴルベットの対処に派遣されては身が持たないからだ。


『そういえば、お前の戦いを見るのは初めてだな』


 フェンリルはさも面白そうに言った。

 その背後からは悲鳴と爆発音、ゴルベットによって、派遣した機甲師団が撃破されている。


「軍の主力はほとんど出払ってる。居残り組ではゴルベットの相手は難しいからね」


『フン、お前のやり方は行き当たりばったりもいいところだな。メイヴァーチル』


 このところ批判されていたお返しか、フェンリルはメイヴァーチルの失策を痛烈に批判した。


「いいや、そんなことはないさ。ボクの目的は、人類の絶滅。それによって達成される″古代エルフ族の復興″だ」


 メイヴァーチルは軍服にコートを羽織りながら、いつになく真顔で、フェンリルとの魔力通信に答えた。


 ローゼンベルグは魂消たような顔をしていた。

 こいつ、何言ってんだ……と。


『ハハハハ!お前がイカれてるのは知っていたが、たった一人で″数多世界あまたせかい″全ての人類と戦うつもりだったとはな!』


 フェンリルは大笑いしながら答えた。

 こうまではっきりメイヴァーチルが自身の狂気を口にすることは珍しい、ゴルベットの離反で気が立っているのだろう。


「当然だろう。この世界に古代エルフはもう、ボクしかいない。人類との共生教育を受けて洗脳されたエルフは、もはやエルフではない。名誉エルフに叙勲されたところで、人間の寿命が伸びる訳でもない……」


「古代エルフ族の復興というボクの目的が達成されるには、観測できるすべての世界で人間を滅ぼす必要がある。ボクという″1″が、″0″になった人間よりも大きな数字になるのさ」


 およそ寿命のない独裁者が己の狂気を自覚しながら、しかし地に足の付いた国家運営で手段を問わず、その狂気を実行する。なまじ自覚があるだけ質が悪かった。


『まあなんにせよ、観測できるすべての世界を滅ぼすという点で、俺達の目的は合致している』


『俺が欲しいのはその為の軍事力。尤も相応しいのは、全てを棄てて魔神デーモンになったツヴィーテだ』


 既に、現地に武力介入を実行しているフェンリル。フェンリルに続いて粛清を行おうとするメイヴァーチル。

 この二人が行く先が、地獄にならぬ訳がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る