第125話 謎のスゴ腕冒険者アイゼル2

 現地の冒険者ギルドで情報収集を続行する。小手調べに、ゴブリンとやらを駆除しに行くことになった。フェンリルとしては、アルグ大陸で見た事のない生物だった。


 この世界では非常に個体が多く、繁殖力が高い事で社会問題になっているらしい。もしこのゴブリンの精神活動レベルが高ければ、魔石化して連邦の資源にできるだろう。フェンリルは侵略的価値を見出した。


 アイゼルはゴブリンに戦斧を振り下ろす、小鬼が振り翳したこん棒ごと叩き斬った。


 久々になる血と肉のある身体での戦闘は懐かしくもあったが、やはり不便さを感じた。


 アイゼルが左手で投げ斧を放つ。次の瞬間には、刃部がざっくりゴブリンの頭蓋に突き刺さっていた。


 ほぼ無限に再生する身体、圧倒的な力、そして影渡りによる機動力、手練手管を揃えた魔術。どう考えても人間の姿よりも鎧形態の方が戦闘能力は上だ。


 振り返り様、左手の裏拳。

 アイゼルは背後に飛び掛かって来たゴブリンを殴り飛ばし、地面に叩き付けるとほぼ同時に、その頭蓋に戦斧を振り下ろした。


 それでもゴブリンの群れ。そして同行する冒険者達、見ているだけで眠くなってきそうな程にトロかった。


 アイゼルが勢いよく疾走した。

 逃げ出したゴブリンの背中を血で染め上げた。


 アイゼルは幾たびも、味方のそのがら空きの頭蓋に鉄塊を叩き込めるか、その胴体を真っ二つに叩き斬れるか、脳内でシミュレーションし続けていた。これは、もうただ只管に戦いの中に身を置いた彼の癖のようなものだ。


「すっげえェ……」


「どうも、私も皆さんと一緒に仕事が出来て嬉しいですよ」


 心にもないとはまさにこのことだったが、強靭な腹筋を駆使して努めて自然に聞こえる様に声量を調節した。表情筋を駆使して、アイゼルという名の人畜無害で、正義の為に武器を振るう戦士を装った。


 ぞろ、と身体の裡に狂おしい感情が沸き上がって来るのを、カゼルの身体で静かに感じている。頭の中は純然たる殺戮衝動で充たされていた。


 異世界の人間ゴミクズ共、下らねェアルグ大陸以下の世界。


 一刻も早く、この世界の生けとし生ける全てを血祭りにあげ、神を殺し、全てを奪い、破壊し、阿鼻叫喚の地獄へ変貌させたかった。


 危うく農地をそのまま残して置かなければならないのを忘れる程だった。

 何もそれは、カゼルが魔神王フェンリルの一部になったからではない。


 カゼルは死んだ。復讐の為に全てを擲った彼はグラーズに敗れて死んだ、己の無力に絶望し、自分の魂だけで飽き足らず、失い続けて最期に残った仲間達の、帝国特務騎士の魂さえ差し出してカゼルは魔神王フェンリルに成り果てた。


 一切の救済を否定し修羅道を歩み続ける魔神王が人間の姿を取っている今、その人間として"死んだ"精神性も極めて忠実に再現されているのだ。

 

 やや平静を失いつつあるものの、今のところフェンリルの正体は隠し通している。謎のスゴ腕冒険者、アイゼルに変装している時はアイゼル並の戦闘能力しか発揮できない。余程の事がない限りは十分だろうとの予測だ。


「アイゼルさん強っ!」


「ははは、それ程でもないよ」


 言葉に嘘はない。フェンリル達がこれからやろうとしている事に比べれば、ゴブリン狩りなど序の口だ。


「アイゼルさんってどんなスキル覚えてるんですか?」


「……失礼、スキルっていうのはなんだい?」


 努めて人間のフリをした甲斐もあり、"侵略価値"に繋がりそうな情報を得られそうだった、アイゼルはしめた思いだ。


 スキル……技能を意味する言葉だが、現に今こうして侵略の為、冒険者に扮して現地に潜入しているのもスキルだろう。

 例えば神に祈り、信仰を捧げれば誰でもこうした諜報・工作活動が出来る様になるというのだろうか?もしそうだとすれば、連邦の"安全保障"の為、断じて放置できない。


 いつまた、どこぞの異世界の神を気取った俗物の手によって、連邦に異世界転生者が送り込まれて来るか分かったものではない。フェンリルにしてみれば、異世界転生とはつまり侵略行為だった。


「え、じゃあ、ちょっとステータス拝見させて貰ってもいいかな?」


「あ?ああ……構わないけど」


 またフェンリルの知らない言葉だった。ステータスとは?

 下手に拒むと怪しまれる。アイゼルの姿で身構えながら、むしろ全身澄み渡る様に力を抜き切った。殺る必要が生じれば一瞬さえも置き去りにするつもりだ。


「アイゼルさんは……スキル、なし!」


 そのステータスとやらで魔神王としての正体が明かされたなら、この場で三人を抹殺して死体を完全に処理しなくてはならなかった。


 結果として変身は見破れなかったようだ。今のフェンリルは、生物学的にほぼ限りなく人間を装っている、でかい図体と態度には似合わないが、細部にまで注意を払った結果だ。


「え、スキルなしって事は、腕力と斧術だけでゴブリン倒してたって事!?」


「えーとそういうことになるのかな?ハハハ……」


 アイゼルは逆に聞きたいぐらいだった。鋼鉄と殺意以外の一体何をもって敵を斃すというのか。

 

 技術統合によって、連邦正規軍の統一政府軍の主武装は小銃になった。

 装弾数は5発の軍用小銃、銃剣を装着すれば槍の様に近接戦闘も可能だ。


 剣や槍、こん棒などで人を殺すには、相当の訓練が必要だ。

 だが銃は違う。三日訓練すれば女子供やそこらの市民でも人を殺せるようになる。近接武器より遥かに容易い。


 これからの戦闘では剣や槍の訓練より、銃火器の数を揃えた部隊を如何に運用するかが軍事力に直結するだろう。


 連邦は、剣と魔法の時代は完全に過去、鋼鉄の時代を迎えた。

 未だ剣と魔法の時代を生きる者達に、血と鉄を以て死を与える。


「アイゼルさんも神殿にスキル覚えにいこうよ、アイゼルさんならすぐSランク冒険者になれるって」


「えすらんく……?」


 『なんだそれは、エストラーデの親戚か?』

 などと言っても、彼等はエストラーデを知らないので冗談が通じない。フェンリルは残念に思った。


 彼が言うには、この異世界にもアルグ大陸のおける女神エルマや戦神ルセイルの様な人間に加護を振りまいて信仰を集めている紛いモノの神が存在しているという訳だ。


 神々の人類世界への恣意的な干渉によって、魔神王フェンリルという神を殺す厄災が顕現したと考えれば、ある種の因果応報とも言える。フェンリルとしては「反吐が出る」との事で"どちらも"意見が一致した。


 いずれにしろ、消すに越したことはない。


 現地の権力者や、主軸世界からの異世界転生者、そして神の類。いずれも優先度の高い抹殺対象である。是非とも突き止めておくべきだ。そしてメイヴァーチル率いる統一政府軍の侵攻開始までに"爆破"出来ればなお理想的だ。


「スキルですか。俺も興味ありますね、その神殿まで案内してもらえると助かります」


 肉体を再現したフェンリル、感情の再現は難儀だった、何しろ憎悪以外ほぼ何も感じていないのだから。


 とりあえずアイゼルとして1100年以上の"人"生の先輩に当たるメイヴァーチルを真似た。彼女の心中にはいつも煉獄が描き出されているが、基本的にヘラヘラ笑っている。


*


 何も知らぬ間抜けを演じ、そして魔神王の魔力を完全に遮断するのだ。

 全霊を以て人間に成り切るのだ、ゴブリン狩りよりも余程骨が折れるのは言うまでもなかった。


 フェンリルはアイゼルとして神殿に案内された。

 一番神経をすり減らしたのは、神や高位神官などに正体を露見される事だったが、杞憂に過ぎた。彼等が今日来てすぐ会える様な、雑多な存在ではなかった事に感謝した。


 アイゼルの姿で、下級神官や尼にスキルや神の加護について尋ねてみる。適当に話を合わせながらスキルに付いて情報を得た。


 その日は解散し、翌日にまた共に冒険者の仕事をする事になった。


 深夜にばちりと目を覚ます、アイゼルは音も立てずに二階の窓から飛び降りた、宿を抜け出してもう一度一人で神殿に向かった。当然ながら懺悔の為ではない。


 魂の宿業たる憎悪こそ我が身、力こそ全。我こそが魔神王。模造世界の神如きに一体何を悔いる事があるのか。


 道中、市街の見張りや巡察兵をダガーナイフで刺し殺し、死体を路地裏のゴミの山に埋めた。


 そして柵を飛び越えて神殿に侵入した。壁内や倉庫、床下などすぐにはそうと分からない場所を選定して爆弾を仕掛けて回り、壁や床板を剥ぐった痕跡を消す。

 フェンリルは魔神達の王だというのに、我ながら仕事熱心だと思った、破壊工作これもライフワークだから苦ではない。


*


 草木も寝静まる様な時間に、ベリアルとアスモデウスと連絡を取る、彼等も同様によろしくやっているとの事だ。特に、ベリアルに現地の宗教施設の本殿に爆発物を仕掛けた事を連絡した。


 折角人間の姿になっているので、フェンリルは紫煙を燻らせて味わう。連邦の煙草はそれなりに質が良いが、現地の煙草も中々に味わい深い。


 異世界に来た事で、フェンリルの内の人間カゼル部分はホームシック気味だとでもいうのだろうか。フェンリルは妙に懐かしいような気分になった。


 特務で一番潜入が苦手だったのはツヴィーテだった、手先は器用だが、性格が不器用なのだ。その代わりに根性は人一倍ある。そういうところは嫌いではなかった。


 奴が今何をしているのか大体、想像がつく。

 今頃、昼間は北部の復興に精を出しながら、メイヴァーチルを倒す為に夜な夜な血の滲む様な修練を積んでいるだろう、その姿がありありと浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る