第126話 大総統演説・侵攻開始

 異世界に潜入し、諜報、破壊工作を実施するフェンリル達。

 その一方、連邦ではメイヴァーチルが軍へ演説を行おうとしていた。


 統一政府軍の一糸乱れぬ行進、メイヴァーチルがフェンリルを討ち取ったとされる"解放の広場"にて、数万の大軍勢が端然と整列する。


 連邦製の戦車、装甲車、野戦砲すらも、数ミリ単位のズレもないよう整列していた。そして小銃と銃剣で武装した兵士達。皆、大総統が檀上に登るのを休めの姿勢で待っている。


 俄かに、比喩でなく鉄の様な風が彼女の到来を告げた。

 兵士達の間に緊張が走った。大総統府のバルコニーに現れた今や連邦唯一の"純粋種"のエルフ。

 我等が"大総統"は真っ黒な軍服、軍帽から覗く銀髪。光を反射しない紅い瞳が静かに人間達を見下ろした。


「気を付けッ!大総統閣下に敬礼ッッ!」


 統一政府軍の将軍、大柄なリサール人だった。屈強な軍人だろう、彼は全霊の込めて号令を掛けた。

 メイヴァーチルが全部隊へ答礼を行う。


「皆、休んで結構だよ」


 静かな、だがよく響く声だった。


「休めッッ!!」


 号令、沈黙。広場を静寂が支配した。


 誰一人身じろぎ一つしなかった。メイヴァーチルは無表情に、広場に集結した統一政府軍の全部隊を見回している。


 統一政府軍の兵士達の全神経が、大総統メイヴァーチルの一挙一動に注がれている。


 メイヴァーチルは肌で感じ取った、緊張はピークに達した。

 メイヴァーチルは静かに口を開いた。


「統一政府軍の諸君。本作戦の意義について、大総統であるボクから説明させて貰う。手短に済ませよう」


 長々とした演説は好まないのは事実。故に性急に演説を開始せずに兵士達の集中がピークに達するのを待った、演説のテクニック。

 彼女が好むのは結果と実利、実業家マフィア上がりのメイヴァーチルらしいと言える。


「この大陸が内戦時代より、異世界転生という"恣意的干渉"を受けて来たという事実を、諸君も周知の事だと思う」


 まるでビジネストークの様に冷然とした声音、演説としてゆったりめに調節されている。


 嘘は言っていない、だが論点をすり替え、ある一定の方向へ指向させ、聴衆の怒りや敵意を煽る。これもメイヴァーチルのテクニックだ。


 この様に、彼女は幾度と無く人間同士の争いを扇動して来た。


「しかし、もはや我々は異世界人や悪魔達の侵略に怯え、縮こまって生きる必要はない。我々は自由を勝ち取った、この国を打ち建てた!我等が連邦の魔法技術は既に、人工的な異世界への転移を可能とした!」


 メイヴァーチルの演説が少しずつ熱を帯びていく。

 兵士達の雰囲気も見て分かる程変わった、落ち着きなくしている。休めの姿勢に許容される動作の中で高揚を示している。


 事実として、メイヴァーチルは兵士達の魂に呼び掛けている。


 怒りは、通常持続しない。

 だが、故郷を失って千年以上、彼女はその怒り故に生き永らえて来た。それを狂気と呼ばずに何としよう。


 その膨大に積み上がった狂気が兵士達に伝播していく。


「本作戦は異世界の侵略から連邦の市民を、財産を、生命を守る為の"防衛戦争"である。全ての異世界の生物は"潜在的侵略者"であり、絶滅すべき敵だ!異世界の一切の生命体を容赦なく撃滅し、破壊せよ!」


 兵士達は、"純粋種"のエルフである大総統の言葉に熱狂した。

 拳を振り上げる者も居た、応と答える者も居た。

 誰もそれを咎めなかった。


 メイヴァーチルの胸の裡に猛り狂う怒りさえ、兵士達に伝播していく。

 彼女の邪悪な本性が、人間同士を殺し合わせる事を躊躇する筈がない、むしろその様に人類が絶滅する日まで破壊と殺戮を繰り返す事こそがメイヴァーチルの願いだ。


 だからフェンリルは彼女に目を付けた。

 目的を果たせるならば、メイヴァーチルも魔神達の傀儡に落ち着いた。

 故にアルグ大陸統一連邦は狂った軍事独裁国家であり、ただ侵略戦争の為だけに機能する殺戮機械に過ぎないのだ。


 そうとも知らず、黒い狼という人類の脅威を打ち倒した英雄の言葉に熱狂する兵士達。


「しかして我等は手にするだろう。数多に存在する世界に於ける、ただ一つの正義を」


 メイヴァーチルが熱を孕んだまま演説を再開する、兵士達はさっきまでの熱狂が嘘の様に沈黙して傾聴した。将兵、野次馬の民衆、整列する兵士達。


 誰もが、彼女の次の言葉を待った。


「既に諸君の心を奮い立たせている、神を失った我等に残された、ただ一つの信仰。我等は、我等の力によってこの祈りを成就させるだろう」


 メイヴァーチルは演説を途切る。

 再び、聴衆の神経が集中するのを待った。


「連邦に"勝利"をッッ!!」


 メイヴァーチルが拳を振り上げ、叫んだ。幾度と無くあの"黒い狼"を打ち砕いたその右手を。民衆にとって、兵士達にとって、紛れもなく彼女は英雄だった。


 雄叫びを上げる統一政府軍の兵士達。

 地鳴りの様に、稲妻の様に、兵士達は銃剣を振り翳して大総統メイヴァーチルの演説に応えた。戦車兵は拳を天に突き上げた。民衆は叫んだ。


 神が死んだこの世界。剣と魔法を過去にした鋼鉄の世界。

 破壊と殺戮だけが渦巻いて来たこの世界で人々は救世主を、或いは救済を求めていた。


 それは、金であり、武力だった。

 メイヴァーチルが示したエルフという優位性だった、そして勝利だった。

 メイヴァーチルの勝利を演出したのは、フェンリル達魔神帝国だと知る由もなく。


 統一政府軍の人倫を破棄したあらゆる過酷な訓練は、ただ一つ連邦に勝利を、大総統に勝利を捧げる為だけに行われた。

 故に、この"解放の広場"に於いて種族の垣根は存在しなかった。誰もが連邦の"勝利"を求め熱狂し、叫んだ。


「惰弱な異世界人に示すのだ、鋼鉄の時代を生きる我等の勇猛を!力をッ!」


「万歳ッ!大総統閣下万歳ッ!!連邦万歳ッ!!」


 兵士達、野次馬、将軍、皆、あらん限り絶叫し、大総統の演説に応えた。


「では諸君、作戦開始だ……!」


 不敵に笑う。まるで悪戯な天使の様に、地獄の悪魔共を率いる軍団長の代行の様に。演説を終えたメイヴァーチルは踵を返し、大総統府のバルコニーから颯爽と立ち去った。


 嘘とプロパガンダで塗り固められた連邦、その軍事力と勝利への執念だけは本物だった。


*


 場は打って変わり、現地。連邦に侵略対象として目を付けられた異世界だ。

 一週間に渡る諜報・工作活動を終え、アスモデウスとベリアルが集合地点に集っている。


「よう、アスモデウスか」


「あらベリちゃん。もう5分前よ」


「あのヤロー、まだ来てないのか?」


 二人とも、巧妙に人間に扮している。

 アスモデウスはさながら休暇中の女優か何かの様であった。女性になんら社会的地位が認められていない"中世"に潜入するにあたっては余り適切とは言い難いが、有無を言わさぬ悪魔的な雰囲気を醸し出していた。

 ベリアルは分かり易かった、フェンリル同様に大柄で柄の悪い男だ。中世では珍しくない。別に、連邦でも珍しくはないが。


「魔神王様?……姿は見えないわね」


 アスモデウスは珈琲を飲み、煙管を吸う。


「はーこりゃ遅刻だな遅刻。元特務部隊が聞いて呆れるぜ」


 見知らぬ異世界でも正午の鐘は鳴る。

 同時にべリアルの背後の影から、ぬッ、と大柄で筋骨隆々の大男が立ち上がった。


「うおッ!?」


 ベリアルは腰を抜かしそうな程驚いた。時間丁度に、フェンリルが集合地点に姿を現した。


「揃ってるな、始めるぞ」


 フェンリルはじろり、と目だけでベリアルを咎めた。在りし日のカゼルの姿で現地の冒険者に扮したフェンリルが静かに告げる。


*


「こちらフェンリル。メイヴァーチル、聞こえるか」


「はーい、音声問題ナシ。完璧だね、ボクの通信魔法。キミが現地でくたばっていればもっと良かったんだけどね」


 メイヴァーチルは返答に罵詈雑言も付け加えた。

 先程の演説とは打って変わって軽薄な様子だ。


「フン、それはそれで望む所だが……で、統一政府軍の戦闘準備は整っているか?」


 この一週間、フェンリル達3体は潜入した異世界の地理、軍事情報などを大総統府へ送信していた。それに基づいて統一政府軍の将校達は侵攻計画を立案した。

 いずれは、潜入自体も統一政府軍によって実行出来るようにする編成予定である。


「無論だよ、皆痺れを切らし始めてる所だ」


「それなら急がねェとな。作戦通り首都の主要幹線道路の三か所で次元連結を開始する、今回、先遣隊の役割は俺達が果たす。俺達が地点確保するのと同時に機甲師団を投入し、速やかに市街を制圧しろ」


「了解だよ」


 事実上の作戦司令部に当たる大総統府との通信を終えた。

 フェンリルが現地でアスモデウスとベリアルと指揮する。


「さて、やるぞ」


 フェンリル達は、直ちにこの一週間で爆薬を仕掛けておいた現地の各主要施設を一斉に爆破した。異世界、現地の都市。あちこちで火の手が上がり、何の罪もない人々が悲鳴を上げた。


「この混乱に乗じて次元連結地点を確保するぞ」


 現場には、地雷、爆破装置、毒ガス噴射、簡易転移装置などの様々なブービートラップを仕掛けており、連結して"悪魔鎧"召喚装置が作動する仕掛けにもなっている。

 現場に急行した、現地の警察・軍事組織を足止めする手筈。


 罠に掛かれば敵が増える。悪魔鎧自体も罠を作動させる。5年前、マーリアに悪魔鎧を突破された反省も含めて、魔神帝国のやり口はより悪辣さを増した。


 フェンリル達は再び三手に別れ、事前調査した都市の主要道路に陣取った。

 爆発事故の混乱の影響により、俄かに避難する人々で通りがごった返し始めている。それを誘導する現地の軍・警察組織。


 急襲作戦に於いて、速度は命だ。


「転移地点確保完了、俺達3体の次元座標にそれぞれ部隊を転移可能だ」


 再びフェンリルが司令部にあたる大総統府、メイヴァーチルに報告する。


「了解、特殊機動隊を派遣する。誤爆には気を付けてくれよ」


「素人じゃねェんだぞ」


 通信魔法から30秒ほどで、フェンリル達が確保した現地都市の主要幹線道路に、まず切り込み部隊としてメイヴァーチルと同じ黒い軍服を纏った兵士達の小隊が転移して来た。

 エリート部隊である彼等の武装は、連邦でも最新式の物だ。短機関銃に銃剣、そして個人素養として魔法を習得し、高機能戦闘服を着用している。


「周囲は俺達が警戒する。手早くやれ」


 3体の魔神は人間に化けたまま、メイヴァーチルの特命で現地に潜入している大総統府勤務の秘密工作員という事になっている。


 通称"黒服"。大総統府直下、特殊機動隊は、全員が名誉エルフで構成される統一政府軍のエリート部隊。

 彼等は、彼等にとっての女神、メイヴァーチルから次元魔法を賜っている。そして、それを軍事的に運用する部隊だ。


 悪魔が神を殺し、とあるエルフが成り替わった。異世界転生という神の力を、軍組織として運用する。それは一体どれ程の脅威に成り得るのか。


「了解、次元連結開始」


 フェンリルが周囲を警戒する中、現地に転移した黒服の特殊機動隊員は、出来るだけ手早く次元連結魔法を展開した。

 アルグ大陸統一連邦と、フェンリル達が潜入する異世界、次元的にも、地続きに接続された。


「次元連結確認。機甲師団、進撃開始せよ」


 あちらの世界で大総統メイヴァーチルが命令を下す。

 黒狼災禍や次元魔法と同様に次元連結魔法によって引き裂かれ、接続された空間から、統一政府軍の機甲師団が、フェンリル達同様に異世界へ転移した。戦車や装甲車に随伴して、統一政府軍の小銃歩兵連隊、魔法特科大隊も異世界へ転移を開始した。


 今回は異世界への転移・急襲作戦だが、何もこれは同次元の連邦内ならもっと容易く実行できる作戦行動。


 ほぼ瞬時に物資の輸送と軍の展開を可能とする、次元連結魔法を軍事運用することで圧倒的な機動力を持つ軍組織。それが統一政府軍だ。

 移動時間・移動に掛かるコスト、兵站への負担を削減し、瞬時に戦闘行動へ移行できる。


 軍隊で最も重要なのは、戦闘能力ではなく輸送能力だ。どれだけ強い兵士でも、武器や食糧が届かなければ戦えない。要は戦場にどれだけ多くの兵員と武器を送り込むか、その能力を問われる。


 続々と、3体の魔神が確保した次元連結地点から現地へ突撃する統一政府軍の機甲師団を眺めながら、フェンリルは傲岸に嗤う。この統一政府軍、戦闘経験を積み、指揮・運用ノウハウを積み上げ、更なる武装を整えたならば、あらゆる"異世界"を征服するのも決して不可能ではないと思ったからだ。

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