第124話 謎のスゴ腕冒険者アイゼル、再び

 フェンリルは人間に化けて、現地で最大規模の都市に潜入した。

 彼の最もスタンダードな変身は生前のカゼルの姿になること。


 冒険者としての武装も"現地調達"した。カゼルの姿でアイゼルを名乗り、現地の冒険者ギルドへ足を運ぶ。軍事力の調査や情報収集の一環だ。


 その道中、市街を注意深く観察した。石材や木材での建築が目立つ中世の都市と言ったところ。


 5年前、大総統メイヴァーチルが主導する大規模な国家の統合と開発が始まるまでは、旧王国もこうだった。今では鉄骨、鉄筋コンクリートで出来た建造物が聳え立つ。


 技術統合によってメイヴァーチルお抱えの建設ギルドがブランフォード製の良質な鉄鋼を建材に使う事が出来る様になったからだ、彼等は戦争によって荒廃した都市を、メイヴァーチル考案の都市計画に基づいて建設を行った。


 この異世界、大陸国家、首都。アルグ大陸と似ているが、建造物や市場に並んでいる品物、インフラの敷設状況や機械、兵士の武装、道具の水準などをざっと見た限りでは経済、技術水準では連邦が優っていると言っても良さそうであった。


 だが道行く人々の表情は、連邦よりも明るい、カゼルらしくニヒルに言うなら平和ボケした間抜けヅラとも言える。


 しかし技術統合、人種の統合、人工的な魔法の開発が進み、経済が飛躍的に発展した連邦よりもこの世界の人間達の方が幸福度が高そうだ、とフェンリルは久々に"再現"した肌の感覚で感じた。

 メイヴァーチルの"金剛破砕"やM2の機銃掃射をも耐えた魔神王の外骨格では、人間達の微妙な感情の機微を感じる取る事は難しい。


 何故だろうか。


 連邦の様に、そこかしこに統一政府軍の軍警や連邦警察の歩哨が監視の目を光らせていたり、私服でスパイ調査活動を行う連邦警察の治安維持課がいないからだろうか?


 冒険者ランクをベースにした連邦市民評定によって、全ての市民の能力や社会的地位、納税額や個人情報が国家に管理されていないからだろうか?


 予め仕組まれた武力統一によって、信仰や政治的自由を奪われ、軍国主義と拝金主義、名誉エルフというカルト思想を植え付けられた子羊しみん達。彼等を率いる大総統という名の羊飼メイヴァーチルに至るまで、皆、魔神王に成り果てた黒狼フェンリルの掌で踊らされているに過ぎないからだろうか?


 それは国家による統制・監視・支配が緩和的で、この国の民は自由に生活しているからだ。


 魔神の俯瞰的思考が結論を出してしまった。

 では、自由で幸福な国は、果たして"強い"国家足り得るのだろうか?


 魔神の俯瞰的思考が、否を告げた。


 フェンリルが一つ確証を得たのはこの国には国民皆兵制を敷く体力がない、或いは、兵役を拒否する"自由"があるのだろう、それは一長一短。

 アルグ大陸統一連邦にも"自由"はある。国民皆兵制による義務を果たす平等と大総統の支配を受ける自由が。


 連邦は、荒れて果てても一個の大陸国家。なまじ国家として体力があり、下地があっただけに連邦は国民皆兵制を敷く事ができた、だが大規模な統一政府軍を組織した事で、食糧や資源、労働力が不足した。そうして異世界侵略を企てた。


 足りなければ奪う。

 いつか、マーリアが予見した言葉の通りに。


 アイゼルに化けたフェンリルは、冒険者ギルドの前に立つ。

 ここの冒険者ギルドのマスターがどこぞのエルフの様に気が狂っていない事を願うばかりだった。


*


『アイゼルくん、キミ、もうクビね』


『そ、そんな、待ってくださいよ!』


「という風に以前働いてたパーティーを追放されまして、仕事を探してるんです」


 先日、冗談半分とはいえ大総統メイヴァーチルを腕力で解任しようとした男が人間に化けてそう言っていた。現地の人間の魂を吸い取った事で言語能力を手に入れ、この異世界の大陸の概ねの情報も入手した。


 それでも実地調査は大切である。


 まだ帝国が健在だった頃、アルグ大陸の冒険者ギルドも大概ザルだった。

 以前もアイゼルとして潜入し王国内で暗殺や破壊工作、プロパガンダを実行した。


 証拠・証人は全て消した。結果、帝国特務騎士カゼルは指名手配されたが、アイゼルという偽装冒険者は最後までマーク外だった。


 国籍どころか素性すら不明の人間に軽々しく仕事とギルド構成員の身分を与える、この世界の冒険者ギルドも同様にザルだと評価した。

 

「お名前はアイゼルさん、と。アンタは強そうだからすぐ仕事が見つかりますよ」


「言った傍から、ほらね」


「マスター、その人は?」


「今日ギルドに登録したばかりの、アイゼルさんだよ」


「へえアンタ、滅茶苦茶強そうだな。俺はトーマス、こっちのヒーラーはドロシー、こいつはルイス」


「アイゼルです、戦士です」


 いつぞやは、アルジャーロン曰くダークナイトだった。今はデーモンキングと言ったところか。


「良かったら俺達と組まないか?丁度、前衛が出来そうな戦士を探しててな」


「ええ。私も仕事を探していまして、是非よろしくお願いします」


 魔神王のあの鎧姿に心血は通っていない。現在、人間アイゼルに化けて血や小便、胃液に至るまで体液を再現している。故に血が騒いでならなかった。


「早速だけど、腕を見せてもらおうかな」


「ええ、腕には自信がありますよ」


 アイゼルは、努めて不自然の無い程度に実力を売り込んでおく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る