第123話 異世界より愛を込めて

 アルグ大陸と今、フェンリル達が踏み締める異世界は、連邦最新の魔法技術によって"次元連結"されている。フェンリルが黒呪大剣ダーインスレイヴで空間を切り開かずとも、指定した次元座標へ行き来する事が可能であることが現在証明された。"魔神"体実験が一先ず成功だ。


 これ以前に、夥しい数の"反体制派"がメイヴァーチル主導の人体実験によって異次元空間へ流刑されたのは非公式の記録。それを連邦の一般市民が知る得る事は、揺り籠から墓場まで通常有り得ない。


 異世界の地、フェンリルの注文通り都市郊外。フェンリルは早速、郊外の農場で牛の世話をしていた現地人を攫い、殺害。その魂を吸収した。つまみ食いではない、記憶情報を奪う為だ。そうして手っ取り速く、異世界の概要情報を得た。


「どうかしら」


 魔神の俯瞰的思考は、単独でも思考領域の拡張という点で機能する他、付近にいる魔神同士で情報共有ができる。先の魔神戦争で、相互の緻密な連携を可能にしたのはこれだ。今、フェンリルが現地の人間から奪った記憶情報を共有する。


「今の時点で言えるのは、大陸が一つ、島が少々。典型的な"低位相"の異世界ってところだな」


 低位相世界という言葉は相対的なものだ、フェンリル達の元いたアルグ大陸のある世界を基準にしている。


 5年前、フェンリルがメイヴァーチルの奸計によって転移した先の世界、あらゆる異世界転生者の故郷。彼等が言う所の"主軸世界"は、文化、文明、技術、資源、人心や経済の豊かさ。すべてにおいて"異世界"とは比べ物にならない。全ての世界の頂点に立つ世界だと目されている。


 水が高い所から低い所へ流れる様に、主軸世界から、フェンリルが言う所の"下らねェ世界"、低位相な異世界へ人間の意識や魂が転移する事象こそが、"異世界転生"という訳だ。


 人類の完全支配、そして"完璧な世界"の樹立を掲げるフェンリルの次なる目的は、その"主軸世界"の座を奪い、己の支配するアルグ大陸を数多世界の頂点とする事。

 彼の理屈では、他に存在する異世界を全て支配すれば自ずとアルグ大陸が最も優れた完璧な"世界"になるというものだ。


 フェンリルの人間部分は、旧リサール帝国軍によくある帝国主義・拡張主義的な思考がやや強まっただけと言える。だが魔神形態フェンリルそのものの方は遥かに質が悪かった。あの黒い狼の悪魔は基本的に、神に逢うては神を殺し、世界を見れば終焉をもたらす、そこに摂理が在れば破壊する。そういう厄災だ。


*


 連邦を支配する魔神王と大総統は、異世界を侵略し、物資の収奪、農地の租借、労働力の徴集、ありとあらゆる略奪を働くだろう。何故そんな事をする必要があるのだろうか。


 それが帝国主義という無限に続く"飢餓"に対するたった一つの処方箋だからだ。人間の欲望は無限だが、物質は有限。その飢餓を、神でなく、天使でなく、悪魔が癒そうというのだから、なんとも度し難い話である。


 この5年の間、フェンリルはフェンリルで、メイヴァーチルの粛清を逃れた人間に雇用を提供した。一応、彼も政府側の存在であるから、失業者と見れば仕事を与えなくてはならない。


 人間というのは実に小賢しいもので、中には連邦統一政府が"提供する"真実プロパガンダを断固として受け取らず、頑なに自らの知恵と執念でもって真実を追求する者が居た。その彼は、フェンリル達の計画の外から真実を突き止めた。


 今現在、魔神帝国の地下施設で研究員を務めている彼、人間だった頃も5年前の魔神戦争で起きた不可解な事象を多角的に研究していた。誰も気に留めなかった、或いは、触れなかった事象。故に彼は、かなり早い段階からメイヴァーチルによって粛清されかけていた。


 彼はメイヴァーチルの戦闘能力を研究し、フェンリルの戦闘能力も研究した。大陸に持ち込まれた異世界の技術も研究した。


 そうする内に真実に辿り着いた。メイヴァーチルでは逆立ちしてもフェンリルを倒せないと連邦学会に論文を発表したのだ。更に彼は、大総統府に対し、魔神戦争はメイヴァーチルやフェンリルが仕込んだ出来レースだと主張した。彼も又、ある意味で"勇者"なのだろう。


 しかし剥き出しの真実が社会にとって正しいとは限らないのは、人の世の常だ。それは、メイヴァーチルが支配する連邦でも同じだった。

 論文は破棄され、彼は連邦警察"治安維持課"にマークされた。所謂、秘密警察というやつで、連邦警察の中で最も狡猾で、執拗、そして凶悪無比で手段を選ばない連中だ。


 結局、彼が路頭に迷う原因を作ったのも、行き場を失っていた彼を救ったのも、フェンリルだった。元々ざっくばらんなフェンリル、余すところなく真実を教えてやった。研究者は、統一国家樹立には賛同するものの、人間性や自由を根幹から否定した政治体制をこっぴどく批判した。


 そして魔神帝国で身柄を預かり、面々は彼の処遇について考えた。


 結果として、フェンリルは彼のその頭の中に到底納まりきらない知識欲を刺激する事にした。それが研究者のさがだからだ。

 連邦警察から追われない環境、幾らでも好きな研究が出来る材料、そしてメイヴァーチルや魔神達と同じ、朽ちぬ肉体と衰えぬ知能を与えてやったのだ。


 取引は成立した。ある男が、人間の肉体を捨てた。魔神帝国にも独立した研究部門が出来た。そしてメイヴァーチルの方の研究部門とデータベースを共有する。


 そのように丹精を込めて、フェンリル達魔神は人間かちくから搾取する。

 そしてその研究成果を"政府開発援助"として大総統府に提供し、アルグ大陸統一連邦が勢力を増すのだ。


*


「とりあえず、地図を手に入れたぞ」


「こっちは実地資源調査が終わったぜ」


「私は主要都市の人口や文明水準を調べて来たわぁ」




「事前情報通り、国家レベルでの大規模農業が発達していて食糧供給力は高い。鉄鉱石、貴金属、魔石系の鉱産資源も豊富だな。オイシイぜ、此処は」


「人口はもしかすると連邦より多いかもしれないわね」


「軍事力はどうだった?」


連邦ウチみたいにライフルや機関銃、戦車なんかは持ってなさそうね。武装は精々ボウガンが良い所。ただし、魔法使いは部隊レベルで運用されているみたいだから注意が必要ね」


「どーせギルドの雇われだろ?」


「まあそうだけど。この世界の冒険者ギルドは、メイちゃんの武装カルテル紛いのギルドよりは大分大人しいみたいよ」


「あれと比べるのは酷な話だろ、今じゃ立派な正規軍だからな」


 メイヴァーチルの冒険者ギルドの戦闘員達は、驚く程のスピードで統一政府軍に組織改革され、実効的に運用されている。


 だがメイヴァーチルに軍組織運用のノウハウがあるかどうかは、正直、微妙な所。『突撃』の号令を掛けるだけなら、誰だって出来る。

 あのエルフも素人ではないのだろうが、大総統と言っても所詮はマフィア上がりの資本家かねもちが、趣味で格闘家と魔法開発をやっているに過ぎない。軍事のプロという訳ではない。


 だが、あの熾烈な魔神戦争を生き残り、統一戦争を戦った猛者共がメイヴァーチルに忠誠を誓い、統合された軍隊であるという点が、統一政府軍を大陸の歴史上最強の軍隊足らしめている。


 文明の発展度合を見るには、文化が一つの指標になる。連邦の文化とは戦争だ。

 それはつまり戦いこそが、連邦で生きるあらゆる人間の中に文化、歴史として根付いている。


 究極的にはその世界で、その国で暮らす人間が何を思い生きているか、それを決定、他の人間へまるで遺伝子の様に伝播する力さえ持つのが人類の文化。

 では、文化のレベルまで戦争を落とし込んだ世界の人間は何を思って死んでいくのだろうか。


 連邦の発展の為なら幾ら殺してもいいし、自分の命は惜しくない。統一政府軍の兵卒から将に至るまで、そうした狂気的な闘争心が根付いていた。


 フェンリル達にとってメイヴァーチルは、人間達の闘争心を煽り、指向させる為の駒だ。その様に自分達の世界の、連邦の"資源"を有効活用しているに過ぎない。


 そしてフェンリルは考えた。どうやってこの異世界を破壊し、連邦の畑にするか。現地人は農奴にするのか、絶滅させるのか。この世界を創った神は、干渉できるのか。それとも自分達の侵略を見ているだけなのか。


 魔神の俯瞰的思考、元帝国軍特務部隊の思考回路がやがて答えを出した。

 以前観光した"主軸世界"程の高度文明ならいざ知らず、チンケな中世水準の大陸国家を速やかに破壊するのに、回りくどいやり方は必要ない。


 要するに、やる事はいつもと同じだ。首都への奇襲。軍組織の破壊。指導者の処刑。まして、今回は魔神戦争の時とは違う。食糧を奪い、農地が無事なら何をしても構わなかった。


「とりあえず……宗教施設、宮殿、政府関係施設、産業、生活インフラ施設、ギルドや軍事施設辺りに潜入して、情報収集だな。可能なら破壊工作を実施するぞ」


「オーケー」


「了解だ」


 公正な審議の末、フェンリルは軍事関係施設とギルドを調査・潜入する事になった。


 ベリアルは宗教関係、インフラ施設を、アスモデウスが宮殿、政府関係施設担当だ。フェンリルは軍事のプロ、特に侵略全般、破壊工作が得意とする。ベリアルは、工業分野が得意。アスモデウスは、ハニートラップを仕掛ける事ができる。まさに各員の得意分野という訳だ。


「ちょっと緊張してきたわね」


「いけねえ、角も隠さねえとな」


「まァそう気負うな。今回は現地人を皆殺しにしても構わんのだからな」


 カゼルの姿に化けたフェンリル、軽い口調で身の毛もよだつ様な事を言ってのけた。三体共人間ではない、勿論そんな事はなかった。

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