第三部 異世界侵略
第121話 鋼鉄の時代の始まり
―――
大陸中央部、ブランフォード州。
とある寂れた共同墓地に、名も無き反政府活動家の墓があった。
彼は統一戦争の時、ブランフォード州軍に付いて統一政府軍と戦い、捕虜になり、メイヴァーチルによって銃殺刑に処された。ブランフォード州には、その彼を手厚く葬った者がいる。
『我々は、我々こそが政府という巨大な牙を持つ怪物を絶えず監視し、飼い慣らさなくてはならない』
『さもなくば、我々が政府に監視され飼い慣らされるだろう。やがてその牙は我々の喉元に突き刺さるだろう、我々は自ら創り上げた怪物に喰らい尽くされるだろう』
墓標にはそう刻まれている。
統一政府の検閲も墓標までには及ばないのか、死にゆく者へのせめてもの手向けなのかは定かではない。
―――
あれから数か月後。
次元連結魔法の開発が実験段階へ移ったとの報告を受け、再び大総統府に事実上の連邦首脳部が集う。
ここに居る者達は、メイヴァーチルの補佐官であるローゼンベルグを除いて一人たりとも人間はいない。
「おうメイ公。一つ聞きてえんだが、名誉エルフってなんだ?」
「名誉エルフは名誉エルフです」
「答えになってねえよ。俺様やアスモデウスは自前の会社を経営していて連邦にたっぷり納税している、ってことは名誉エルフになれんのかよ?」
「なにいってるんだいベリアルくん、悪魔が名誉エルフになれる訳ないじゃないか」
「あ?種族差別はやめねえか、悪魔だって必死に生きてんだぞ」
「いいですか、エルフとは心の在り方なのです。エルフの心を持たないキミ達はエルフには程遠いのです」
「……はァ?」
ベリアルは何を言っているんだこいつは、という顔をした。
「……ッ!……ッ!!」
アスモデウスは笑いのツボにはまったようで、窒息しそうな程笑い転げている。
「名誉エルフなぞどうでもいい。連邦を最強の軍事帝国へと成長させ、観測できる全ての異世界を征服するのだ。俺達が三千世界の頂点に立つ!」
フェンリルが大々的に宣言した。
戦乱が終結した現在、フェンリルよりもカゼルの方がやや強く出ているようだ。
「またそれか……食糧も足りてない、ポータル技術もまだ実験段階、随分気の早い事だね。魔神王」
「ハァー、メイヴァーチル……お前はクビだ」
フェンリルはおもむろに
「いきなり何するんだクソ犬!」
メイヴァーチルは瞬時に身を躱しながらフェンリルに肉薄し、
「食糧が足りなくなるのは、てめェの采配が無能だからだろうが!」
「内戦が終わったら終わったで、急に増えすぎなんだよ人間が!大体、人間が何万人餓死しようがボクの知った事か!お前等が魔石にしてしまえばいいだろ!」
「これが大総統府が算出した計算結果です、もってあと7,8年ですね」
ローゼンベルグが連邦の食糧供給と人口増加予想をグラフ化してベレト達に見せた。
「7,8年ですね。じゃねえよ、これだけデカい大陸なんだから農地ぐらいなんとかならんのか?」
ベリアルがローゼンベルグに尋ねた。
「なんとかなるなら人間同士で食糧奪い合って戦争なんかしないわよねぇー」
アスモデウス、壮絶な殴り合いを始めたフェンリルとメイヴァーチルを見物しながら煙管を吹かしている。
「一応ボスの政策で、北部向けには漁業や魚介類の養殖業への事業支援パッケージを、ブランフォード南部では国家事業として大規模農地改革を実施、更に旧帝国南部の砂漠地帯では地質・環境改善を並行的に行っています。これらで長期的には改善される予測は立ってますが、短期的にはやはり人口の増大に対する食糧の生産が間に合いません」
もしあの王女、エーリカが存命ならば。せめて絶命する前にアシュタロトの様に魔神側に引き込めていればこうはならなかったのだが。
ベレトはそう思わずには居られなかった。
だが過ぎた事を悔やんでも仕方がない。地道に地質・環境改善を実施して耕作可能地を増やすのはいいとして、短期的な食糧対策が必要だ。たとえそれが少々荒っぽいものだとしても。
「で、ボスがなんか人口削減の為に連邦市民評定D以下の人間は全員処分するとか言ってるんですけど……」
ローゼンベルグは、魔神帝国側でフェンリルに次ぐ権限を握っているであろうベレトに目で合図した。要するに、俺から言ってもどうにもならないからアンタ達が止めてくれと暗に言っている。
確かに食糧問題への効果は抜群かもしれないが、短期的に過ぎるのは明白である。
大総統府の資料を見る限り、連邦の第一次産業の労働者の多くが市民評定C~D、何なら連邦市民証を所持していない、"非正規市民"も多い。これも、今後の連邦統治の課題と言える。
一方、事業オーナーは?A~B評定が多い。社会とはそういうものだ。
「それは駄目です。連邦は、自由で平等で平和で、愛に満ち溢れた国なので」
ベレトがきっぱりメイヴァーチルの強硬案を却下した。
当のフェンリルとメイヴァーチルは熾烈な格闘戦を繰り広げている、丁度会議室の壁を突き破って場外乱闘が始まったところだ。
自由。連邦市民には、メイヴァーチルや、彼女が率いる大総統府へ内政干渉する魔神帝国によって支配される自由がある。政治や特定の市民活動は言わずもがなだが、企業・経済活動は比較的自由なのが唯一の救いと言える。
平等。連邦市民には兵役が課されている。国民皆兵制が平等の根拠足り得るのかは定かではない。
平和。主として3つの人種で構成される統一政府軍の装備、練度、魔法の実戦運用レベルから判断するに、この大陸の歴史上最強の軍組織と言っていいだろう。
現在は、反乱を起こしたスラーナ州やブランフォード州のデモ隊や民兵ゲリラを機甲師団で
愛。それでも、殺し合うしかなかった以前よりはだいぶマシになった。
「……じゃあどうするんです?」
「以前頼んでいた次元連結・ポータル魔法技術の進捗はいかが?」
「試作段階にあります。実験データが取れれば完成に向けて開発が進むとのことですが」
「いいわね、我々が実験台になりましょう。魔神王様、いつまで
丁度、大総統の更迭を巡った
フェンリルは顔が半分程吹っ飛んでいる、メイヴァーチルは地面に叩き付けられ、頭スレスレに黒狼災禍を撃たれた。
「どうした、運動不足か?メイヴァーチル」
「フン、キミこそ自慢の鎧が錆びたんじゃないかい」
メイヴァーチルは黒い軍服に付いた土ぼこりを払った。
「よーし、異世界を侵りゃ……俺達もイセカイ・テンセーし、現地で食糧を略だ……取引し、土地を接しゅ……租借するぞ。これで連邦の食糧問題は解決だな」
一応、国内向けにも"建前"というものがある。
その辺りも踏まえてフェンリルが再度方針を宣言した。
「まずは情報収集から始めたらどうかな、魔神王?」
「俺を誰だと思ってる」
「……?ただの筋肉魔神じゃないのかい」
「……こう見えても俺は元帝国軍の特務部隊、現地潜入や情報収集、破壊工作、暗殺は得意分野だ。覚えておけ」
「あー、そういえばそうだったね」
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