第120話 みんななかよし、すてきなせかい

「はー、忙しい忙しい」


 大総統府。

 真っ黒な軍服に身を包んだメイヴァーチルは、伸ばした銀髪を束ね、執務を行っていた。


 アルグ連邦は今、発展期にあり、労働力が不足している。


 資源はともかく、急速な発展により深刻な人材不足に陥った。政府関係者、研究者、学者、技師、労働者、絶対的に足りなかった。となると、そこに人種の垣根はない。人種に関する諸問題がない訳ではないが、殺し合っていた頃よりはマシだ。


 人間が名誉エルフという事実上の爵位を得る為、連邦に、そしてメイヴァーチルに忠誠を捧げる事が求められる。


 経済力、資産に基づく納税、在住歴、学歴、職歴、軍歴、魔法の習得、社会的信用度、犯罪歴、など様々な要素から多角的に評価される連邦市民評定ランクがA以上であること。そして優美なルックス。それが名誉エルフとして"洗礼"を得る条件だ。


 この社会システムは、前身となった冒険者ギルドの冒険者しょうひんへのランク制度を拡大し、連邦市民向けに適応したようなものだと言えるだろう。


 例えば、北部スラーナ州のツヴィーテ・ニヴァリス知事の連邦市民評定はBとなる。


 彼は現在、連邦の国家公務員。現職の州知事で、魔法も習得しており、戦闘能力も折り紙付きだ。

 犯罪歴については、帝国特務騎士時代まで遡及すれば幾らでも連邦警察によってしょっ引けるのだが、今のところ公式には存在しない。


 なのに何故彼の市民評定がBなのか、先の統一戦争でバルラドに肩入れして統一政府軍と戦った為、大総統府からマイナス評価を受けているといった具合だ。


 何故、州知事を名誉エルフで固めないのかという疑義もある。


 それが大総統メイヴァーチルの連邦統治の上手い所で、自身の膝元である旧王国地域、ニューエルフヘイムには熱狂的なエルフ信者の人間が数多く集まっている。色々な意味で最もホットな連邦直轄地だ。


 ブランフォード州とスラーナ州は、そのホットな直轄地で暮らすのを嫌った市民にオススメの州という訳だ。


 エルフの"純粋種"が頂点に立つ権威主義。メイヴァーチルによる独裁、資本主義を基本とする国家経済の技術開発と経済の加速。そして、兵役と言う名の"平等"と"義務"。神が殺されたこの世界では、"力"と"勝利"とメイヴァーチルが宗教の代わりを果たした、軍国化と無神論は進む。


 カルト的思想と軍国化。

 それが、どれ程の狂気を孕むのか。どれほどの破壊と殺戮を産み出す殺戮機械として国家を成立しうるのか、メイヴァーチルが理解していないとは思えない。


 この国ではメイヴァーチルの言う事、メイヴァーチルの行いは絶対的な正義だ。たとえそれがどんなに残虐で、どんなに無慈悲であったとしても。


「ボス、もう……やす……ま……せ……」


 ローゼンベルグは過労で倒れた。

 冒険者ギルド本部を前身とする大総統府にて、大総統の補佐として勤務する彼は、メイヴァーチルにとことん扱き使われている。


「あ、ロズが過労死しちゃった……」


 ローゼンベルグはもう息をしていない。しゅん、とメイヴァーチルは肩を落とした。人間の命はなんて儚いのだろう。


蘇生リザレクト


 メイヴァーチルは蘇生魔法を使った。


「うッ!げほッ……!がはッ……!」


 ローゼンベルグは息を吹き返した。


大回復グレーターヒール


 メイヴァーチルは回復魔法を使った。


「こ、殺せ……いっそ……!」

 

 ローゼンベルグは咳き込みながら苦言を呈した、急速に増設された政府の各部門を総括する彼は、恐らく連邦でも最も過酷な労働環境に囚われている事は間違いない。

 ある意味、州知事という形で直轄地からの圧力に晒されながらも、メイヴァーチルとは物理的に距離を置いて居られるツヴィーテやバルラドの方がまだマシだ。


「フフフフ。ロズ、まだまだ勤務時間は残っているよ」


「もういやだあああああァ!!!!」


 ローゼンベルグの悲痛な叫び、無理もない。


「ははは、それにしても冒険者ギルド時代が嘘みたいに忙しいねえ」


 メイヴァーチルはけろりとしている。


「だから、政府の人員を……増やせっていってるでしょうが……!」


 ローゼンベルグは恨みつらみを絞り出す様に言った。


「それがさー、いい人材がいないんだよねー」


「この際……読み書きができる人間なら誰でもいいでしょうが……!」


「えー、だって名誉エルフじゃないとさー」


「人間がエルフになれる訳ないんだから、そんなのどうでもいいでしょうが……!」


「いやいや、どうでも良くないよ!」


 メイヴァーチルが声を荒げた。丁度そこへ、足音一つ立てずに姿を現したのは見覚えのある金髪の大男。続いて、人間に化けた魔神帝国の面々。


 ローゼンベルグと戯れていたメイヴァーチル、大変珍しい事に口を開いたまま呆然とした。


「久しぶりだなメイヴァーチルに……どうした、ローゼンベルグ。随分顔色が悪いな」


「まっ、魔神王!?」


 ローゼンベルグは更に青ざめた。椅子から転げ落ちて後退りし始めた、彼もカゼルの姿はフェンリルが化けたものである事を知っている。


「フェンリル……!何故生きているんだ!?」


 メイヴァーチルは叫んだ。フェンリルはそれを聞いて、実に満足そうにくっくっと笑っている。


「メイちゃん、おひさー」


 アスモデウスはひらひらと手を振った。


「よォ、その節は随分世話になったなァ、メイ公」


 ベリアルはメイヴァーチルを睨み付ける。ともすればこの場で襲い掛かりそうな雰囲気だ。


「答えろ、あの時確かに消滅させた筈だ」


 メイヴァーチルはそれどころではなかった。フェンリルに再度問う。


「ハハハハハ……どうしてだろうなァ?メイヴァーチル。いや、今は大総統閣下か?」


 よくぞ聞いたとばかりにフェンリルはその丸太の様な両腕を組んでふんぞり返った。


「それは、最初からそういう筋書きだったから」


 最後に大総統の執務室へ入って来たベレトがそういった。


「おい……」


 遮られたフェンリル、幾つもの眼がもの言いたげにベレトの方を向いた。


「この大陸を比較的穏便なやり方で統一してできるのは、リサール、スラーナ、エルマ人の多民族で構成される大陸国家。それをなるべく公平に纏め、我々に都合良く管理させる為に、冒険者ギルドという国際機関を展開していて、寿命が長いエルフの貴女が適任だったというだけよ」


 ベレトは相変わらず魔力不足によって人間の少女の姿のままだが、見た目とは裏腹に、語る様にはかつて魔神王だった時相応の荘厳さがあった。


「そゆこと」


 びし、と人指し指を弾いてアスモデウスはメイヴァーチルを指差した。


「俺も異世界にブッ飛ばされた時は流石に肝が冷えたがな……所詮てめェは俺達の掌の上で踊ってたに過ぎないって事だ、メイヴァーチル。ウハハハハ!」


「だが、ボクは確かにお前を消滅させた筈だ……」


「ああ、確かにお前は消滅させた。俺の分身をな」


 フェンリルはまさにしてやったりという顔をして悪辣に嗤った。


「なんだと……?」


 騙し合いで負けていた事にも気づかず5年ものうのうと支配者ごっこで遊んでいた……?

 流石のメイヴァーチルもがっくりした、少々堪えた様子だ。


「ハハハハハ!エルフ風情が俺様達を出し抜こうなんざ一億年早いんだよ!」


「何か言い残す事はないかい……!死に損ないの王様よ……!ハハハハ!傑作だったぜ!」


「うふふふ、メイちゃんもまだまだってコトねぇ」


 魔神帝国のベリアル、フェンリル、アスモデウスはそれぞれ笑い転げた。今回はメイヴァーチルをおちょくりに来たようなものだからだ。


「うるさい出ていけクソ悪魔共。今更出て来て何の用だ?」


 半ば自棄になっているメイヴァーチル。単独でこの面子を丸ごと相手にして勝算はない。


「まぁそう怒るな。せっせと人間かちくの管理をしているお前を冷やかしに来たついで、国家運営に魔神帝国おれたちの力を借してやろうと思ってなァ」


「……余計なお世話だ」


「果たして本当にそうかな?では当ててやろう。向こう十年の急速な人口増加に対して食糧供給が追い付かなくなり、お前は今、人口削減計画を立てているだろう」


「チッ」


「わざわざ茶番を演じてお前にその席を用意したのだ。幾ら独裁と言えども、無暗に支持を落とす様な真似は控えて貰わねばな」


「貴女の為に、我々が連邦の食糧供給問題を解決するいい方法を考えてきたわ」


 ベレトがわざわざ手袋越しに、メイヴァーチルに骨を渡した。

 一見すると人骨に近いが、マナ的な反応がある。


「んん……?肥料にでもするのかい」


「5年前、俺が魔神形態で喰い殺した女神エルマの"一部"だ。ソイツをお前の魔法研究所で解析してみたらどうだ」


 怪訝そうなメイヴァーチルに、フェンリルは説明を述べる。


「……?それで何がどうなるって言うんだい?」


 確かに何かしら使えそうではあるが、現状でも旧魔法、ギルド系の開発魔法を使って環境改善を実施している。それでも人口増大に対して食糧生産が追い付いていないのに、これで何がどうなると言うのか。


「察しが悪いな。5年前、お前は女神の力を使って、俺を異世界にブッ飛ばしただろうが」


「あー、"そういう事"か」


 メイヴァーチルは察しがついた様だ。


「あァ、そうだ。女神の力を解析し、我が連邦は人工的な異世界転生を可能にする。そして異次元との次元連結を……!」


「つまり、魔神王様は貴女に異次元への接続を可能にするポータル技術を開発しろと言っているのよ」


「それで異世界を侵略して食糧を略奪したり、農地を接収するという訳かい。ベレト」


「それだけではないぞ、異世界を植民地にして資源や労働力を徴収すれば連邦ほんごくの発展は更に加速する。連邦市民は豊かになる。俺たちは豊かに育った人間の魂を食える。お前は異世界の人間共を虐殺できる。三方良しって奴だな!」


 それは、侵略者の理屈だった。侵略される側からしたらたまったものではない。


「ふーん、なるほどねえ。悪くはない……」


 先程まで生きていたフェンリルに対して愕然としていたメイヴァーチル、大概切り替えが早い。早くもその異世界侵略計画に興味を惹かれた様だった。


「断るといったら?」


「私がお前を焼き殺す」


 メイヴァーチルは一応確認の為、言ってみた、という感じだった。

 そこで、ずっと押し黙っていたアシュタロトが口を開いた。


「……キミ……エストラーデか?」


「エストラーデなど、知らぬ。我が名はアシュタロト。魔神王様の忠実なる配下だ」


「……やいフェンリル。嫌がる女の子を無理矢理 魔神デーモンにしたのかい?あまりいい趣味とは言えないな」


 蒼い炎が垣間見えた事でメイヴァーチルは確信した。

 この魔法的反応、間違いなくこの悪魔はエストラーデの成れの果てである。仮にも元エルマ人、女神の使徒であった爆炎の女王を堕落させて魔神にするとは、結果だけ見れば大した手練手管と言えなくはない。


「ハッ、人聞きの悪い事を言うのは止して貰おうか。俺は人間だった時のコイツを人の身に余る絶望から"解放"してやっただけだ。なァ?アシュタロト」


「はい……私は魔神王様に、心から感謝しています……」


 アシュタロトと呼ばれた女悪魔、一切感情の篭らぬ機械染みた口調でそう言った。


「……で、実際のところは?」


 メイヴァーチルは自身の机で椅子に座り、手と足を組んでもう一度尋ねた。

 統一政府軍のエリート部隊は通常勤務においても黒い制服を着用している、彼女はその最高司令官。黒く、エレガンスな軍服と相まって随分と様になっている。


「俺様は本人の意志を尊重したまでだぞ」


「まあ、魔神王様の初勧誘成功って感じね」


「我々としても人員が増えるのはいいことなので」


 魔神王の配下3名は微妙に言い難そうにしていた。この3体は正真正銘の悪魔である割に、妙に人間臭いところがある。というより、フェンリルが筋金入りの悪党なのだ。


「トチ狂ったコイツが巷で暴れられると事だからな、口封じがてら拷問いろいろしていたらこうなったのだ」


「やれやれ。また友人が減って悲しい限りだよ。……ロズ、女神サマの亡骸だ。魔法研究部に回してくれ」


 おくびにも上げず、メイヴァーチルはそういった。どうせそんな事だろうとは推測していた。


 エストラーデのポテンシャルを鑑みれば、彼女が悪魔鎧紛いの魔物ではなく、魔神デーモンになった事に不思議はない。だが、魔神デーモンという存在には一切救済などない。

 魔力が尽きてその存在が滅びるまで、人間だった頃の宿業に囚われ続けるのだから。


「はい」


 ローゼンベルグはあっと言う間に執務室を後にした。


「……女神の献体が在れば人工異世界転生も可能になるだろう。試作魔法が出来たらまたこちらから連絡するよ、という訳で今日は帰ってもらおうかな」


 大総統としてメイヴァーチルはきっぱり言い放った。


 5年前の時点で、自身が独占する次元魔法は既に実戦レベルの魔法だった。

 加えて女神の献体があれば開発によって人工的な異世界転生は決して難しくはない。連邦が推進した技術統合、そこには魔神帝国の"政府開発援助"も少なからず含まれているという訳だ。


「相変わらず愛想のねェ女だな……ではまた会おう。メイヴァーチル」


「ばいばいメイちゃーん」


「魔神王、俺様はメカ屋に寄りてえぞ」


 ベリアルはまた何やら設計書を入手した様で、自作の機械兵器を作るつもりなのだろう。


「魔神王様、私も折角だから街の下見がしたいわぁ」


 アスモデウスは子会社あすもんしょうかいの出店計画を練るつもりだ。

 魔神帝国の表会社カバーカンパニーは旧冒険者ギルド支部と同様にこの連邦の各地に存在する。


「私も愛を求めて夜の街に消えるとします」


 ベレトは、そういう事である。


「ぐ……ぎ……」


 アシュタロト以外の魔神達はまるで旅行気分だった。

 アシュタロトはというと、旧王国にやって来た事でエストラーデだった頃の記憶が蘇り、不調を来しているようだ。仕方がないのでフェンリルが同伴する事になるだろう。


「よーし、たまには息抜きしていくか。ちゃんと人間に化けろよ、お前等」


 来た時と同じように、フェンリル達はぞろぞろとメイヴァーチルの執務室を後にした。


*


「クソッ!クソッ!あの犬野郎ォ!!」


 大総統府が丸ごとひっくり返りそうな勢いでメイヴァーチルは怒り狂った。

 5年越しの再会、無理もない話だ。大総統府も、連邦も、この連邦の発展も、全ては魔神帝国やつらの掌の上だったのだ。

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