第119話 剣と魔法の時代の終焉
今では歴史の教科書に載っている"魔神戦争"の終結から、たった5年の間に"連邦"は目覚ましい発展を遂げた。
膨大なリソースを戦費に投じていたこの大陸中の勢力がメイヴァーチル率いる冒険者ギルドの下に統一されて出来たのが"アルグ連邦"という国家。
議会は存在せず、属州制、エルフのメイヴァーチルの長寿独裁政権。連邦直轄地は旧王国にあたる。丁度、旧王国の宮殿地区だった辺りに、大総統府と呼ばれる白大理石製の超高級建築が建てられているという。
冒険者ギルドを率いるマスター・メイヴァーチルの手によって、女神を殺し、人類に甚大な被害をもたらした魔神王フェンリルは倒された。
彼女は人類に滅ぼされたエルフの生き残りでありながら、人類を救った稀代の英雄。少なくとも巷ではそういう事になっている、誰しもが魔神帝国の攻撃で破壊された後、"建て直された"学校でそう学ぶ。フェンリル達の描いたシナリオ通りに。
"世界を救う"には、女神も、王も、貴族も、人類連合も、力不足だった。宗教や武力。心と生活の拠り所を失った民衆は、魔神戦争ただ一人の勝者となったメイヴァーチルと冒険者ギルドを熱狂的に支持するようになった。盲目な羊たちは、恐るべき黒い狼を倒した羊飼いにいたく懐いたという訳だ。
メイヴァーチル率いる冒険者ギルドの勢力は増した。国際組織であった冒険者ギルドを前身に、"連邦統一政府"が発足。
今の奴は、冒険者ギルドのマスターではない、連邦統一政府の大総統であり、統一政府軍の最高司令官である。
*
戦乱の絶えなかったこの地の果ての様な世界に、遂に統一国家が打ち立てられた事は、たとえそれがどんな形であったとしても大変目出度い出来事であろう。
メイヴァーチルは敵対していた"旧"ブランフォード領でもそれなりの支持を獲得した、北部スラーナはもとよりメイヴァーチルの支援のお陰で立ち直れた部分が大きい。
特に人間の若い世代からの人気が高かった。分かり易い経済、雇用政策、分かり易い武力の誇示、統一政府軍のエリート部隊"黒服"のエレガントな制服、彼等の一糸乱れぬ軍事パレード、ギルドが独占する開発魔法など、若い奴等の興味を惹くプロパガンダは多々盛り込まれている。
彼等が愚かだとも一概には言えない、魔神帝国や魔物の人類への攻撃、真っ先に戦いに駆り出されるのは大抵の場合、若者達なのだから無理もない話だ。
魔神帝国の仕掛けたさしずめ、"泣いた赤鬼作戦"。
企画はベレト、調整はアスモデウス。実行担当はフェンリルとベリアル。魔神帝国という鬼役が人類を大々的に攻撃し、大陸唯一の国際組織である冒険者ギルドを率いるメイヴァーチルがそれを討伐する。
言って見れば何の変哲もないマッチポンプ、実行に当たって様々な障害があったものの、作戦は無事成功した。
その甲斐もあり、英雄性、ルックス、社会的地位、エルフという種族特性。人類を支配するに誂え向きの
連邦の町を行くフェンリル、かつてのカゼルの姿を借りている。メイヴァーチルによって統一された世界各地をその足で歩いて見渡した、かつて死闘を"演じ"、戦禍の中、瓦礫と化していた王都にやってきた。
一言でいえば、全く別の、全く新しい街だ。
小さなエルフの女が大きな狼の悪魔を倒す、金メッキの施された銅像が目に留まる。あの女は、自然主義的なエルフの種族優位性を全面に出す割に、成金趣味も全開だった。その実に"人間的な"矛盾は全く理解できず、フェンリルは苦笑した。
かつて黒い狼と白銀の悪魔が激戦を繰り広げた旧王都に、カゼルの姿に化けたフェンリルの姿があった。何をするのかと思えば、在りし日と変わらない。店でパッケージングされた煙草とウイスキーを購入し、紫煙を吸い込み、酒瓶を喇叭飲みしている。
とうとうこの世界でも煙草が生産され市販されるようになった、メイヴァーチルの経済政策は成功と言っていいのだろう、民間の蒸留所で作られた酒にはリサール風の酒もある。フェンリルには有難い話だった。
「おい君、市街で酒を飲むんじゃない」
「……あァ、悪ィな」
カゼルに化けたフェンリルは酒を飲むのは止めなかったが、注意した連邦市警を見つめ返しその手に"連邦紙幣"を握らせてやった。折角苦労して作り上げた"秩序"、無闇に荒事を起こすつもりはなかった。
「……今回は見なかった事にしよう」
市警はがっしりとした体格でかなりの重武装、恐らくリサール人だろう。
見たところ、武装は拳銃、魔法式電気警棒、ボディ・アーマー。治安維持には手を焼いていると推測した。
煙草を吸い終わり、人間に化けたフェンリルは立ち上がった。
『連邦市民として、公衆衛生の維持に努めましょう』
そう書いてあった。フェンリルは煙草の吸殻と飲み干した酒瓶をきちんと指定されたゴミ箱に捨て、歩き出した。激しい戦闘で壊滅状態だった市街は、今や建設ギルドの大規模な都市区画の下、全く新しい街に生まれ変わった、通りは行き交う人でにぎわっている。
*
フェンリルが貶す"下らねェ世界"は多少なりとも変わった、マシになったのかは分からない。少なくとも、今のところ飢え死にする奴や、一目でそれと分かる奴隷は見かけていない。
大総統メイヴァーチルの指導の下、連邦統一政府は実に様々な改革を行ったが、そのコンセプトは"統合"。それは技術、経済、そして人種、連邦市民の統合だった。
それは人類が皆平等だとか差別のない世界だとか、そうした理想論ではなかった。あの狂ったエルフからすれば人間などすべてが劣等生物。まとめて効率的に統治、管理し、税を徴収し、社会保障費などのコストを下げたいのだろう事が伺える。
大陸中央部に位置する旧帝国領ブランフォードの指導者バルラド、大陸北部のスラーナの事実上の指導者になったツヴィーテらは当初、メイヴァーチルが指導する強行的な連邦統一政府に反対した。
それに対するメイヴァーチルの措置は実にシンプルで分かり易いものだった。
魔神戦争の終結は、統一戦争の始まりだった。結局、戦争は人間の本質の一つに過ぎないのだとフェンリルは再び思い知らされた。フェンリルは魔神の俯瞰的思考に基づいて武力介入を計画したが、その必要はない程に決着は早かった。
交戦勢力はメイヴァーチル率いる統一政府軍。対するに、魔神帝国との闘いでマーリア率いる主力部隊を失ったブランフォード軍、そしてエストラーデへの報復に燃える北部の過激派武装勢力。
両陣営は大陸中央、ブランフォードに流れる河を挟んでにらみ合った。だが、動員数、技術力、兵器。動員された魔法使いの数。結果は火を見るより明らかだった。
良かった探しをするのなら、旧王国元老院派、ブランフォードの旧貴族諸侯、北部の反王国の過激派、反政府勢力はメイヴァーチルによって徹底的に粛清され、政治的安定度が増したこと。
悪かった事、連邦の正規軍である統一政府軍は最高司令官の残虐性と無慈悲さと徹底性を如実に反映した軍隊だった、規律が行き届いており、命令に忠実で、精強だった。
ジェイムズの亡命によって王国軍に帝国軍のドクトリンや軍事、運用ノウハウが伝わっていたからだ。メイヴァーチルはそれを更に発展させ、"連邦"風にアレンジしたのだ。
統一政府軍が従来の軍と違うのは、将校以上の階級は皆、メイヴァーチルの洗礼を受けた"名誉エルフ"である事だろう。つまり、メイヴァーチルの為なら喜んで命を捧げるカルト的な軍隊だという事になる。
要するに、メイヴァーチルはエルフの"純粋種"。純粋種であるエルフの洗礼を受けた人間は名誉エルフになれるのだとか。
悪魔であるフェンリルには全く理解できなかった。
実体としては従来の時代に於ける爵位や、市民階級の様なものに過ぎないのは明白だが、動乱の世界で心の拠り所を失った人間には、統一政府の発布するプロパガンダと相まって驚く程刺さる様だ。
そして何よりも、統一政府軍はメイヴァーチル率いる連邦統一政府の実施した"技術統合"によって新設した軍需工場で製造される、連邦でも最新の銃火器や戦車、装甲車、火砲、機関銃で武装している。
最早、連邦の技術水準は異世界の技術さえ取り入れ、アレンジするレベルに達していた。
ブランフォード領での戦闘では、ギルド系魔法研究機関で開発されたと思しき魔法兵器の使用も確認された。今回の戦争でも夥しい数の"人間"が死に、メイヴァーチルに歯向かった人間は徹底的に弾圧された。
一つ断っておくと、メイヴァーチルの洗礼を受けたからと言って人間がエルフになれる道理はない。
*
旧王国。大陸統一政府の最高指導者、メイヴァーチル"大総統"のお膝下、大総統府がある。新しい首都はニュー・エルフヘイム。
人類に故郷を滅ぼされたエルフの生き残りが、人間を支配し、人間の文明を整え、エルフの街を名付けた。奴は人間に囲まれながら、もう二度と敵わないエルフの復興を求め続けている。
フェンリルは、非常に皮肉が効いていて、メイヴァーチルの寂寞感と無常感が透けて見える様な、この街の事が好きになれそうだった。
メイヴァーチルの率いる冒険者ギルド系の
軍事、建設、魔法、などが元々の畑だったが、最近この企業連合は、金融、重工業、造船、海外貿易にまで手を伸ばし始めている。
強靭な経済力に裏打ちされた軍事力を背景に海洋進出、有利な貿易を強いる。あのエルフの考えそうなことだった。概ねフェンリルの見込み通りだった。
ブランフォード。統一戦争の末、連邦へ併合された。この州はニュー・エルフヘイムに並んで発展しており、連邦の工場と食糧庫を兼ねる。技術統合の恩恵を享受したのはブランフォード州も同じだった。
バルラドはメイヴァーチルに灸を据えられた形になったが、今は同州知事として大総統に尻尾を振っている。彼は、事実上市民を人質に取られていると言っても過言ではないからだ。
ツヴィーテ率いるスラーナも同様に連邦へ併合された。スラーナ州は現在免税・経済特区に指定されている。要するにとっとと支援金を返済しろ、と尻を叩かれているのだ。
スラーナ州も連邦の技術統合の恩恵を受け、かつてない規模での復興・開発が進められている。メイヴァーチル、人格には何一つ褒めるところはないが、やはり経済政策には聡いと言わざるを得ない。
*
5年の歳月、魔神帝国だけは何も変わらない蒼炎が渦巻く灼熱地獄。相も変わらず死霊と魔神王が製造した悪魔鎧などの魔物が跳梁跋扈する帝都跡地は闇を、鬼火の様な蒼白い炎が照らす。
女神エルマと戦神ルセイルの骨で出来た玉座は、フェンリルが自前で拵えたものだ、瓦礫の玉座よりも座り心地と、時折、ひじ掛けの先に取り付けた頭蓋骨から響いて来る怨嗟の声がとても気に入っていた。
神の頭蓋骨は、今も恨みがましげにカタカタと鳴る。
フェンリルは元来神を殺す獣。本懐を果たした今、実に満足そうに酒を飲んでいる。
「世界情勢はどうだった?魔神王様よ」
ベリアルも相変わらず健在だった。メイヴァーチル戦で受けた傷跡が黒獅子の姿に更に凄みを与えている。
「……まァ、及第点ってトコだな」
メイヴァーチルの運営に不備があれば魔神帝国が武力介入、内政干渉によって"調整"する予定だった。少なくともあの王都での戦いから5年、大総統になったメイヴァーチルの采配にさして文句はない。
「そうだ、そろそろあの女を冷やかしにいくとするか」
のそ、とフェンリルが髑髏の玉座から立ち上がり、まるで悪戯でも思い付いた様な軽い口調だった。
「お!俺様も行くぞ!あのクソエルフには煮え湯を飲まされたからな」
「私もいくわぁ」
「じゃ、私も」
ベリアルにアスモデウスとベレトも続いた。彼等もそれぞれメイヴァーチルに会いに行きたいようである。
「そういえばお前も人間だった時はアイツと仲良しだったよな、お前も行くか?アシュタロト」
フェンリルは対等の"仲間"として、その女悪魔に気安く話しかけた。
「……仰せのままに、魔神王様」
魔神帝国は4体の魔神が主要メンバーだったが、外骨格に包まれた女悪魔が一人新たに加わった。アシュタロトと呼ばれたその悪魔は、フェンリルやアスモデウスの魔神形態によく似た黒い金属めいた鎧風の外骨格を纏い、時折隙間から蒼い炎が漏れ出している。
それは、この帝都跡地を焼き続けるものと全く同じものだった。
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