第118話 誂え向きの勝利

 ずる、と血塗れになったメイヴァーチルが毒蛇を思わせるしなやかさで身体を起こした。リインカーネイションの発動、蘇生間は全くの隙だらけなのだが、律儀な事にフェンリルの影武者は腕を組んで待っている。


自動蘇生リインカーネイション。もはや勝負あったな、メイヴァーチル」


「……」


 メイヴァーチルは、何の表情も浮かべていない。

 徹底した吝嗇。自動再生の応用、残存する全ての魔力を攻撃に回しコイツを殺す。それだけの為に立ち上がった、絶対的な暴力でこの魔神王を破壊するまで止まらない。


「諦めろ。どれだけ足掻いた所で、この魔神王オレは倒せん。何故ならお前も所詮、耳と寿命の長い人類に過ぎないからなァ……!」


 フェンリルの分身は変わらず本体同様の傲慢さを見せる。


「フフ、フフフフ……あはははは……!」


 気が狂った様にメイヴァーチルは高笑いした。


 一度まるごと消し飛んだ己の血で赤黒く染まったメイヴァーチル。

 墓標の様に地面に突き刺さっていたマーリアの長槍を拝借すると、砕けた穂先を拳で粉砕した、長槍の柄を長棍に見立て振り回し始める。


「"私"が人間だと?侮辱するのは止めて貰おうか、魔神王」


 彼女はマスター・クレリック。

 銃器に関する教えは存在しない。しかし刃物を扱うのは教義に反する、よって長槍の柄を棍の代用とする事とした。


「……ほう?」


 フェンリルは興味深そうに両腕を組んだ、ともすればこの魔神王は他者を観察する時、この姿勢を取る癖がある。それは観察対象が、魔神の俯瞰的思考の外にある時。


「アスモデウスに言っておきながら、私も現場から意識が離れていたようだよ。"殺るか殺られるか"。一度死ななければ、こんな簡単な事も思い出せないなんて耄碌したものだ」


 メイヴァーチルは右手に棍を構え、振り抜いた。

 アスモデウスに現場離れを指摘したものの、自身も"自動再生"頼りで闘争の本質を見失っていた事に気が付いた。


 残存魔力はほぼ枯渇している。自動再生は最早発動しない、保険リインカーネイションも切れた。相対する魔神王も弱体してはいるが、ほぼ無傷。


 絶対絶命の窮地、だからこそなのか何百年かぶりに、生の実感がメイヴァーチルの全身を満たしていた。凄まじい充実感。燃え上がる様な闘志、それでいて思考はいつも通り永久凍土より凍て付いていた。

 彼女の頭の中に今あるのは、打算でも、人類の滅ぼし方でもない、どうやって魔神王を粉砕するか、それだけだった。


 メイヴァーチルが棍に見立てた槍の柄を振り回し、構えた。

 メイヴァーチルがいつも纏っている闘気さえ、絶えつつある。或いは、フェンリルと同じく、闘争以外全て捨てた領域に足を踏み入れつつあるのか。


「……ハハハ、悪魔に懺悔とはな」


 フェンリルはあざ笑う。


「来なよ、その頭叩き割ってやる」


「あァ?まだやる気か」


「当たり前だろう、私はまだ立っている」


「……上等だ」


 世界を破壊する絶大な破壊力と引き換えに、膨大な魔力を消耗する"黒呪大剣"を維持することは出来ず、原型となった魔神王自作のマスティフに戻っていた。


 フェンリルは影を伝ってメイヴァーチルの死角へ回り込んだ。

 既に大剣マスティフを振りかぶった姿勢。メイヴァーチルを狙って補正し、勢い良く振り下ろす。


 しかし、メイヴァーチルは2度目にして影渡りからの大剣攻撃を見切った。


 マーリアの長槍ヴェリトゥーラの柄を巧みに操り、フェンリルの一撃をいなす。

 己の攻撃の勢いに、メイヴァーチルが柄を振るう勢いを加算され、フェンリルはつんのめって大きく体勢を崩した。


「何ィッ……?」


 よりによってこいつが、何故。


 "朧月"だった。

 それは雲に霞む月の如く、そこに身が在れど決して掴めないブランフォード流、受け技の極地。カゼルやマーリアが得意としていた、相手の打ち込みにこちらの得物を振る勢いを加算して崩す技。


 フェンリルとて知る由もなかったが、自身がメイヴァーチルの"金剛破砕"を真似て見せたように、彼女も防御技の粋を"拝借"したまでのこと。


 全体重の乗った必殺の攻撃をしたたかに受け流され、完全に無防備な隙を晒したフェンリル。メイヴァーチルは身体ごと大きく回転し、存分に遠心力とその僅かな体重を乗せた渾身の一撃を放った。


暴君棍撃タイラント・スレッジッッ!!」


 べきべき、と棍として振るわれた長槍ベリトラの柄が、フェンリルの頭部にめり込んだ。


「ぐァ、が……ッ……!」


 黒い外骨格の破片が飛び散った。それどころか、330㎏を越えるフェンリルが錐揉み回転しながら吹き飛んだ。


 地面へ叩き付けられたフェンリルを、更に追い打つメイヴァーチルの棍術。目にも止まらぬ速さで膝関節、膝、腹部のそれぞれの外骨格を突き崩した。


「はァッッ!」


 フェンリルの機動力を奪うと同時に、腹部の外骨格を破壊したメイヴァーチル。すかさず右手での"死神手刀"を突き刺した。

 残存する魔力が枯渇しようが知った事ではない、フェンリルの体内で何度もターン・アンデッドを発動させる。

 

「ぐァッ!!」


 さしものフェンリルも、尋常ではない様子で苦しんだ。メイヴァーチルを掴み投げ飛ばそうとしたが、手刀を引き抜いたメイヴァーチルは、目にも止まらぬ速さで魔神王の腕、肩、頭を蹴上がり、棍を振り回しながら空高く飛び上がった。


 メイヴァーチルは勢い良く縦回転し、渾身の力を込めて棍をフェンリルの頭蓋に叩き込む。空中で踵落としを放つ技、"奈落墜とし"の戦棍版といったところか。

 金属がひしゃげる音が凄絶に鳴り響いた。棍もへし曲がったが、フェンリルの頭蓋も砕け散った。


黒狼ネロ……」


 フェンリルは頭がひしゃげ、闇が漏れ出している。その状態で黒狼災禍を放とうとした。


魔神破砕デモンズ・パニッシュメント!」


 乾坤一擲、有りっ丈の多重超過発動をもう一度叩き込んだ。

 フェンリルが遂に膝から崩れ落ちた。


 見込んだ通りだった。

 やはり、貴様こそ新しい世界の支配者に相応しい。


「見事だ……メイヴァーチル……」


 遂にその憎悪の思念が尽きたか、フェンリルの砕けた外骨格が再生せず、中の暗黒のエネルギーが漏れ出している。今のフェンリルにその憎悪の奔流を束ねることはできず、メイヴァーチルの神聖浄化魔法によって霧散していく。


「キミのお陰で思い出せた、感謝するよ」


 メイヴァーチルは己が全存在を賭けて戦う相手を求めていた。

 フェンリルは己の終焉を求めていた。死闘の末、お互いの渇望は叶えられたという訳だった。全て筋書き通りだった。


 自動再生を全て攻撃に回し、死闘を制した筈のメイヴァーチルがへたり込む。

 既に立ち上がる力さえ残っておらず、息の切らし方も尋常ではない。


「何か言い遺す事はあるかい……死に損ないの王様よ」


 しかして鋼鉄の様な意志で残る力を振り絞り、メイヴァーチルは体を起こした。今を逃せば魔神王にとどめを刺す事は叶わない。


「クククク、実に見事だ。見事なり、メイヴァーチル……!」


「だが"この俺"を倒しても何一つ変わりはしないぞ」


 メイヴァーチルがもう一度、魔神破砕を放つ。

有りっ丈の神聖浄化魔法を受け、フェンリルは光の粒子に打ち消されていく。


 分身は最期に千切れた右腕と、残る左手でまるで祈るような所作を取った。それは貴様の為だと言わんばかりにくっくっと嗤いながら消滅していった。

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