第117話 Reason to Fight.
なぜ戦うのか。
永く生きたメイヴァーチル、思い出せない事は沢山ある。その根源的な疑問、どうしてだったかすぐに思い出せなかった。
"
当然ながら
メイヴァーチルが戦う理由はやはりどこまでも自分の為だった。自分より強いフェンリルが気に入らない。ただそれだけで、血反吐を吐き、何度も叩きのめされそれでもまだ戦うのは何故なのか。
死闘の中でフェンリルという悪魔の事が少し理解できた。思えば他の存在を理解しようとするなんて、随分久し振りの事だった、あの男は、魔神王は、力以外の全てを棄て去った存在。そうして辿り着いた境地にただ独り立っている修羅。
修羅道こそがこの男の生き様、奪う為に力を求めたボクとはまた違う。
メイヴァーチルはリインカーネイションの発動の中、夢現。自身が歩んできた血塗られた道を振り返る。
*
千年近く前の話だ、かつて、この王都がある場所がまだ深い森に包まれていた頃。夜の森の静寂の中に、今はもう死に絶えた獣の鳴き声があった頃、幼き日のメイヴァーチルことメイリーが暮らしていた街は、丁度フェンリルとメイヴァーチルが雌雄を決している王都がある辺りに生えていた樹々の上に存在した。
今ではもう失われたエルフの古代建築技術は、樹木の枝、木材を巧みに用いて、木の上に都市を築いていた。メイリー達、古いエルフは精霊とは友人で、大自然と共に生きていた。エルフ族の中でも特に歴史ある都市だった。それがメイリーというエルフの少女の故郷、もう二度と戻る事のないメイヴァーチルの原風景。
エルフの首長である父は聡明だったが、一つだけ決定的な間違いを犯した。エルフと人間と友好が結ぶなど、まやかしに過ぎなかったのだ。
交易の為人間を大樹の上に招いた、都市の安全保障の要が破られた。
そのたった一度の過ちで、エルフの発展の為に尽くしたメイリーの憧れだった父、メイリーが大好きだった母、メイリーが暮らした家、家族、きょうだい、友人、同胞、故郷。全て焼け落ち、灰になった。
メイヴァーチルになってからは徹底した、人間など利用し、奪い、殺すだけでいい。
当時の王国軍の攻撃、実態としては魔法を使う武装した山賊も同然だった。炎上した大樹は切り倒された。エルマ人達の火炎魔法。勿論彼等にも大義名分はあった。同じく女神エルマに創られた種族でありながら、当時のエルフというのは精霊と共にあった。
邪教とされた精霊信仰、耳長の亜人種、理由は様々だが、本質的にはでっち上げだった。エルマ人達の目的は土地の開拓、木の上に暮らすエルフが邪魔だったのだ。
多くのエルフが虐殺され、奴隷にされた。首長の娘だったメイリーは高値で取引された、"希少品"扱いだ。メイリーは幼いながらも特に才覚に満ちたエルフで、特に計算は得意だった。
奴隷の役割は肉体労働や性的玩具だけではなく、頭脳労働も含まれる。メイリーは、いずれはエルフ達を率いていたかもしれない。画期的な発明をしたかもしれない。
今のメイヴァーチルは冷徹な打算の下、人間を殺す為の魔法を開発させた。それを自らに忠誠を誓う冒険者ギルドで独占し、荒くれ者共を率いて破壊と殺戮の世界を生き延びている。
彼女はエルフとして、人間の社会で時代が変わるのを何度も見届けて来た、その度にメイヴァーチルも変化した、まるで脱皮を繰り返しながら延命する老蛇の様に。
*
今でも鮮明に覚えている。ルクレイシアは隣の家に住んでいた同い年のエルフの女の子、個体数の少ないエルフには珍しいことだった。
共に育った姉妹も同然だった。寝食を共にし、一緒に森を駆け回って遊んだ事もあったし、大人になったらどんな仕事がしたいか、血の通った思い出は幾らでもあった。
人間の奴隷になったのも同じだった、唯一の救いは奴隷労働にも賃金を得る機会はあった事だった。だから金を貯めて、お互いを買い合って自由になろうと約束した。
儚い希望はあっけなく踏み躙られた。
メイリーを買った持ち主はろくでなしのクズだった。日中の労働、夜の陵辱、メイリーは過労の末に病に伏した。
ルクレイシアを買った持ち主は、商会の主だった。
ごみの様に捨てられたメイリーは死体の様に王国の路地裏に横臥していた、死の臭いを嗅ぎ付けて全身の傷口に蛆が集っていた。あの時の彼女にはそれを払う気力も、時間も、あまり残されていなかった。
死は、たった一つ残った救いの様に思えた。少なくとも死ねば、皆と同じ様に風に還る。メイリーが精霊信仰を信じた最後の瞬間だった。
「……」
「ルク……私……だよ……だす、けて……」
ともすれば思ったより容易く声は出た。
"ムシケラ"の様に打ち捨てられていたメイリーに、偶然通りかかったルクレイシア。メイリーは掠れた声で、助けを求めた。
「ルク、君の知り合いかい?」
ルクレイシアを"買った"商会の男。
「ううん、知らない子」
メイリーには、そっぽを向いたルクレイシアの言葉は聞き取れなかった。或いは理解するのを拒否したのか。
*
「……」
メイリーは、その紅い瞳に滂沱と涙を浮かべていた。
蝿、蛆虫。生ごみに埋もれながら、メイリーは心の底から死を望んでいた。否、死んだのだ。あの時にメイリーというエルフの少女の心は、一切死に絶えた。
一方で、肉体は死の間際、有りっ丈の力をもたらした。命の最後の灯が勢い良く燃え上がったのだ、メイリーはそれで初めて自覚した。彼女はずっと怒っていたのだ。エルフを滅ぼした人間。自分から全てを奪い去った人間。人間。人間。人間。
次に通り掛かった人間の喉笛を嚙み千切る。全く釣り合わないが、後は地獄でツケを払わせてやる。
待ち構え、次に通り掛かったのは大柄な女だった。メイリーは最期の力を振り絞って、その大柄な女に襲い掛かった。喉笛に喰らい付いて、思い切り歯を立てた。
「あら?」
ぶしゅ、と血が飛び散ったが、メイリーが噛み付いた大女は微笑みさえ浮かべていた。角に尻尾。ともすれば、人間ではなかった。
「がぁッ……」
「貴方、エルフ?面白い子ね」
「待、て……」
「もう死んじゃうの、つまらない」
「……」
「ねえ、貴女。たとえ悪魔と契約してでも、生きてみたいと思う?」
「だま……れ……」
「もしそうなら、貴女に残った全てを私に差し出して。そうすれば、この"色欲の悪魔"が貴女に力を与えましょう……」
そうしてメイリーは、たった一人の友人だったルクレイシアを、アスモデウスに差し出した。あの日、彼女は"メイヴァーチル"になった。古代エルフ語で"復讐者"を意味する。
最初は奴隷として自分を買った
次に目障りな人間の奴隷商人を潰して回った。ついでに解放した
力。
ああ、そうだ力だ。
力が欲しい。
メイヴァーチルが信じるのは神でなく、精霊でもなく、力だけ。すべてを破壊する暴力だけが、この狂った世界に正義を保障してくれる。つまるところ、フェンリルのことが気に入らないのは同族嫌悪だった。
ここで負けたら、"私"の今まではなんだったんだ?ただ一人の親友さえ差し出して、私はこの地獄で戦い続けると決めた筈だ。人間共への復讐を誓った筈だ。
勝つ為に、奪う為に、エルフとしてこの無常の世界を生きる為に、二度と何も奪われぬ為に、私は力を求めた筈。
ようやく思い出せた。何故戦うか、それは生き残る為だ。
ギルドは勢力を増した、自らが手を下さずとも、ギルドの勢力で厄介事が片付く事が増えた。自動再生に自動蘇生、独自に開発した次元魔法。独占する魔法という軍事力。
永く生きていつしか見失っていた。全てはたった一つの目的の為。闘争に勝てないのなら、それ等に何の意味もない。
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