第113話 ラウンドツー

 フェンリルがその身体の一部になった二刀の剣を振るえばメイヴァーチルは絶対的に不利だ。特に"しがみ付く暗黒"から"黒狼災禍ネロ・ディザスター"を放たれれば、再生する間も無く全身を消し飛ばされて一巻の終わりである。


 ならば、絶対に剣の間合いに退かない。抜かせない。非常に強引なフェンリル対策だったが、メイヴァーチルは尋常ならざる速度で魔神王の懐へ疾駆することで実現した。


 迎え撃つフェンリル、左手に埋め込んだ散弾砲を構え速射した。

 メイヴァーチルは散弾をモロに受け筋肉が断裂し身体ごと転倒したが、すぐさま再生し軌道を改めフェンリルに飛び掛かり直す。


 M2と違い散弾砲は連射が効かない、フェンリルはそのまま魔剣マスティマの柄に左手をやった。


 フェンリル神速の抜刀斬り、懐に入る前のメイヴァーチルを迎え討つ。

 仮に実力が伯仲しているとして、先に攻めた方が不利になる事が多い、だがフェンリルの剣速は速過ぎてそれどころではなかった。


 血飛沫が飛散する。フェンリルの一太刀は確かにメイヴァーチルを頭から真っ二つに一刀両断した。

 しかしすぐに傷口が塞がってしまい、ただ隙を晒しメイヴァーチルのミドルキックを受けた。


「……てめェ、ナメクジか何かか!?」


 フェンリルとしては、メイヴァーチルの"自動再生"も承知の上で脳天ごと叩き斬ったつもりだったが、切れ味が良すぎるのも考えものであった。


「失礼しちゃうな」


 剣の振るえる間合いではない、フェンリルは左手のマスティマを逆手に構え、鉤打フックを放つ要領で薙ぎ払う。


「金剛!破砕!!」


 メイヴァーチルは紙一重で魔剣の刃から逃れ、躱し様、左右掌底の二連打を叩き込む。フェンリルの外骨格の内で何かが破裂する様な音、まずクリーンヒットだと見て良いだろう。大柄なフェンリルが二、三歩後退した。


「躱せるか?」


 嗤笑するフェンリルに、この世の憎しみという憎しみが闇となって集う。人類に魔神王たる様を示す。


「"しがみ付く暗黒"!」


 魔神王は打ち合いの距離を嫌って後退した。メイヴァーチルは件の暗黒の泥濘に脚を絡め取られる前に、地面を大きく蹴った。何度も同じ手を喰らう間抜けが、1200年も人間の社会で帝王として君臨出来る訳がない。


「離れたくないなぁ、魔神王」


「しつけェのは嫌われるぞ?」


 次にフェンリルが放ったのは垂直方向への"紅雨"。魔力合金矢槍の一斉掃射がメイヴァーチルに襲い掛かる。メイヴァーチルはその紅い花を散らす矢槍の雨を掻い潜り、打ち落としながら、フェンリルへ接近する。


「"貫徹する暗黒槍"」


 紅雨の軌道は、射程内ではフェンリルの意のまま。ならば今のメイヴァーチルの回避軌道は誘導されている、そこへ精製した槍の二連投擲。


 あわやと言うところで、メイヴァーチルは"金剛破砕"を防御に使った。左右の二連掌底が、勢い良く投擲された魔力合金の槍をグシャグシャにひしゃげさせて廃材へと変えた。こんな攻撃を、フェンリルは何度も喰らっているのである。


黒狼牙撃ダムドファング!」


 どちらかと言えば意表を突く事を狙った頭部からの魔術攻撃は、仇となった。メイヴァーチルは白銀の残光を残して地にしゃがみ込む様にして躱した、しゃがんだ体勢で力を溜めていた。フェンリルの猛攻そのすべてを掻い潜ったメイヴァーチルは、フェンリルの懐から跳び上がる様なボディブローを放つ。


「ぐォお……!」


 尻尾を含めれば330kg近いフェンリルの巨体が浮かび上がり、背面装甲の方まで衝撃波が走った。


 フェンリルはメイヴァーチルの打撃を露骨に嫌がった。元が大柄なフェンリル、メイヴァーチルとの体格差から一見子供にじゃれ付かれている様にも見えるが、その一撃一撃には彼女が生きて来た1200年分の研鑽と敵を屠る為の知恵と工夫、重みが乗せられている。


 普段なら、この程度の打撃や魔法攻撃による損傷は全く問題にならない。だが、エストラーデやマーリアとの連戦で魔力を消耗した所に奇襲うらぎりを受けて魔力の補給を妨げられた今、少々話が別だった。


 僅かな逡巡のちフェンリルは、格闘戦を真骨頂とするメイヴァーチルに"殴り合い"で応戦する。侮りではなく、魔神王として真っ向から力で捻じ伏せるつもりだ。


 フェンリルの格闘術はあくまで基礎的なもの。徒手空拳によって遍く敵の悉くを捻じ伏せて来たメイヴァーチルほどではない。人類の想像を絶する膨大な時間を魔法や格闘の鍛錬に投じたメイヴァーチルに劣るのは当然だった。


「せェあァッッ!」


 火花が飛び散った。

 フェンリルの打拳、メイヴァーチルの上段蹴りが激突し両者痛み分け、再生し始めた。


 それでも今フェンリルがメイヴァーチルと渡り合っているのは、それだけ魔神王の肉体が強靭無比で、カゼルだった頃の戦闘センスと経験をそのまま持ち越しているからだ。


 徐々に相対するメイヴァーチルから高次元の格闘戦のイロハを学びつつある。長引けば、体格とパワーで遥かに劣るメイヴァーチルの不利が浮き彫りになるだろう。


「存外貴様も狭量だな。それだけの力を持ちながら、自分の為にしか使わねェ!」


 突如踏み込んだフェンリルの牙顎撃、ややタイミングをズラして左のアッパーと右の打ち下ろしを放つ。


「当たり前だろ!ボクはいつだって自分の望む未来を実現する為に戦ってきた」


 メイヴァーチルはいなすとも弾くとも取れぬ絶妙なブロックのち、打拳を打ち返す。


「この下らねェ世界に未来などありはしない!」


 フェンリルは胴にメイヴァーチルの打拳の直撃を受けながら殴り返す。


「キミにはそう見えるだけだ」


 切り返すメイヴァーチルの冥界蹴ケルベロス・ショット。モロに入り、フェンリルはやや仰け反った。


「ならば貴様にはどう見える?」


 フェンリルは猛然たる前蹴りを放つ、まるで、槍で突く様だ。


「世界は世界でしかないよ」


 打ち抜かれて大きく仰け反ったメイヴァーチルだが、体勢はまるで崩れない。


「世界中の苦難や憎しみを背負ったつもりか?フェンリル。キミはただ世界が憎いだけだ、何の信念もない!」


 メイヴァーチルの猛攻撃が悉く直撃しながら、フェンリルは悠然と構えを取った。


「信念だと?笑わせるな。力こそ全てだろうが!」


「力だけで支配の存続は不可能だ。人類を支配するのはこのボク、冒険者ギルドだ!」


 フェンリルとメイヴァーチル、互いに足を止めて打ち合った。

 大男の魔神王、小柄な女エルフ。全てを破壊する剛力と、技と膨大な経験が統合した理合。相反する白黒の両者は互いに一歩も譲らず無数の火花を散らす。

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